第7話 報復と制裁を(3)

「でていけっ!!!」


 ばしゃりと水をかけられて元侍女頭のマリアは後ずさる。

 自らの屋敷に戻るなり、屋敷に入れてもらうことも叶わず、門の前で男爵である父に水をかけられたのだ。


「ま、まって、私は悪くないの、悪いのは……」


「また悪いのはセシリア様とでもいいたいのか!?

 いいか、よく聞け。

 シャルネ様が正しいからと、病人であるセシリア様に何をやっても許されると思っているお前は異常だ!!! 

 神殿の聖女になんてことをした!しかも黒の烙印を押されたお前など一族の恥だ!さっさとされ!」


 そう言って男爵は水の入った桶を無造作に床に叩きつけた。


「違うの!悪いのはセシリア様!聞いてお父様!」


「二度と顔を出すな!一族の恥さらしが!! 誰かこの者をつまみ出せ!!!」


 マリアの父の言葉とともに、マリアは兵士に引きずられ、そのまま門外に放り出され、わざとらしく大きな音を立てて門が閉められる。


 なんで、なんでこんなことになったのだろう。

 シャルネ様を虐めるセシリアを罰しただけなのに、何故みな私につらくあたるの?

 いままで屋敷の者だって誰一人反対しなかった。なのに何故みな急に私を罵倒するのだろう。


 とぼとぼと屋敷から街に向かう道を歩いていると


「本当に可哀想」


 声が聞こえ振り返る。

 そこには街道の木にローブを着て寄りかかっているセシリアの姿があった。


 まるでマリアを小馬鹿にするかのような笑みを浮かべて、マリアの不幸の元凶であるセシリアが立っているのだ。


「貴方のせいよ!!貴方が悪いのに!!なんでみんなわかってくれないの!?」


 思わずセシリアの胸倉をつかもうとして、セシリアに軽くかわされる。

 そしてよろけたマリアをセシリアに組み敷かれた。


「な!?何をするの!?」


「ねぇ、本当に悪いのは私なのかしら?」


 くすくすと笑いながらセシリアが言うのをマリアは後ろ手に組み敷かれた状態でにらみつける。


「なんですって」


「だっておかしいと思わない。

 いくら卑しい娼婦の血がはいっていたとしても、半分は公爵家の血が流れているのに、私を虐めたら公爵家を追い出されるのを少しも考えなかったの?」


 耳元でささやくようにセシリアが言う。


「そ、それは……」


 確かにそうだ。セシリアは確かに卑しい娼婦の血がまざっているが半分は公爵家の血も入っている。


「よく考えて。あなたは頭のいい人よ。

 いくら身分が卑しい妾から生まれた子だとしても公爵家の血も入った令嬢にあんなことをしようと思う?

 下手をしたら今回のように首になることは誰でも想像がつくでしょう?

 兄だって虐めまでは許容していたわけじゃない。

 私が訴えれば貴方達はもっとはやく処罰されていた。それなのになんであんな陰湿な事をしたのかしら?」


 その言葉に元侍女頭マリアの顔が青くなる。

 そう――何故自分はそんな大それたことをしたのだろう?

 急に頭から靄が晴れた感覚になりマリアはごくりと唾をのんだ。


「貴方は悪くない――だれかに私になら何をやっても怒られない、むしろ私を虐めるように仕向けた相手がいるはずよ。あなたはその人に騙されただけ」


 優しく甘い言葉でセシリアがささやいてくる。

 そうだ、思い返せばマリアも最初はセシリアを丁寧に扱っていたはずだ。

 だがシャルネからセシリアから嫌がらせを受けているかもしれないと、相談を受けだしたころから、セシリアが卑しい下賤の身の女にしか見えなくなっていた。


(だけれど、それが何?本当のことじゃない)


「シャルネ様の事を悪くいうのはやめなさい!」


 今までの自分を否定されたような気がしてマリアが叫ぶと、セシリアがくすくすと笑う。


「あら、私は誰だとは一言も言ってないのに。

 何故そこでシャルネの名前がでてくるのかしら?」


「……!!」


 マリアが青ざめていると、急にセシリアはマリアの体から離れ、セシリアに封筒を差し出した。


「これをあげるわ」


「これは……」


「神殿の面会用の札よ。あなたの大好きなシャルネ様はいまこの領地の神殿にいるわ。急いで行けば会えるはず」


「なんでこんなものを……」


「どちらに真実があるにせよ、自分の目で確かめるが必要だと思わない? ね、元侍女頭様?」



★★★


『いいのかい、あんなことをして。復讐するんじゃなかったのかい?』


 小走りに立ち去る侍女頭を見送りながら、セシリアの横にメフェストが現れる。


『姿を現すなと言ったろう』


『大丈夫だよ、ここは心の中だ。僕は君にしか見えない、君の言葉も僕にしか届かない。

 現実の君は唇すら動かしていないはずだよ』


『……ならいいが』


『それにしてもずいぶんと慈悲を与えてやるじゃないか。

 もしかして彼女がシャルネの魔法で魅惑状態だから許してやるつもりなの?』


 メフェストが呆れたように言うと、セシリアは目を細める。


『やはりあの女、魅惑系の魔法が使えるのか』


『まぁ思惑を誘導する程度だけどね、それでも彼女の信者には十分なはずだよ。

 操られて可哀想な使用人達に慈悲でもかけてあげるつもりかい?』


『慈悲?あの女にそんなものを与えるわけがないだろう』


『ふーん。じゃあこれも復讐するための計画の一つってわけ?』


『契約者の心はよめないのか?見た方がはやいだろう』


『答えを見ちゃったらつまらないじゃないか。僕は過程も楽しみたいタイプなんだ』


『なら、説明してやる必要もないだろう。隣で見ていればいい。』


 そう言って、セシリアは歩き出す。その様子にメフィストは肩をすくめてに


『僕の契約者はつれないな。僕たち一心同体なのに』


 と嬉しそうに笑った。



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