第3話 貴方のために復讐という名の花束を(3)

「これは一体何の騒ぎだ、セシリア。お前はまた何をした?」


 母違いの妹であり、白銀の聖女であるセシリアに公爵ゼニス・シャル・ルーゼントは話しかけた。

 死んだ父にかわりに20代後半で公爵を務める若き領主だ。


『金色の聖女』になるために試練を受けにレデルニア大神殿に行って聖女の修行を終え帰って来た妹セシリアは、記憶をなくしていた。

 ごくまれに『金色の聖女』の覚醒の儀式に耐えられず記憶を失うものはいるらしく、セシリアもその特例に当てはまってしまったのだ。


 生まれ育った場所の方が記憶を思い出すかもしれない――そう神殿が判断し『金色の聖女』に選ばれたもう一人の妹シャルネは神殿に残り、ルーゼント家に白銀の聖女セシリアだけが戻ってきた。


 けれど、セシリアは記憶をなくしているにもかかわらず、帰ってきてそうそう問題を起こしたらしい。

 執事に何か揉めていると連絡を受けてきてみれば、セシリアは侍女頭に何かをつきつけ暴力をふるっていたのだ。


「……なるほど。よくわかりました。この公爵家での私の立ち位置が」


 セシリアはゼニスを一瞥したあと、ふぅっとため息をつく。


「どういう意味だ?」


 セシリアは妖艶に微笑んだ。


「だってお兄様、この状況で何もわからないはずなのに、理由を聞きもせず私を犯人と決めつけたではありませんか」


 そう言って、腐ったパンを興味なさそうに持ち上げ一瞥する。


「記憶をなくして昨日ここについたばかりの私が、用意できるはずもないかびたパン。

 飲めばたちまち眩暈と吐き気に襲われるシャーテの実の入ったスープ。

 シャーテの実は特別な手順を踏まなければ手に入れられない野菜です。

 そのような物がはいったスープを、昨夜この屋敷についたばかりの私に用意できるわけなどありません。

 取り寄せるだけで三日はかかるでしょう。

 まさか公爵家にそんな毒物や一日できるはずもないかびパンが用意できるなどと、私が予測できますでしょうか?

 あるかわからないものを私は事前に侍女に用意させその侍女に嫌がらせしたと?

 それともわたくしが神殿から持ち込んで用意できるとお思いで?」


「……そ、それは」


 セシリアの言葉にゼニスは血の気が引くのがわかった。

 確かにそうだ。

 昨日ついたばかりで誰も共を連れていないセシリアがこのようなものを用意できるわけがない。


「これを用意できるのは屋敷側の人間です。

 少し考えれば状況を把握できそうなものなのにあなたは何も考えず私が悪いときめつけた。

 ああ、それともこれは公爵でありこの館の主であるお兄様主導の嫌がらせなのかしら?」


「な!? そんなわけがあるわけが!」


「……そうですか。ではなぜこの状況で何故まず私を責めたのでしょう?」


 そう言ってセシリアが妖艶な笑みを浮かべる。

 その姿にゼニスはぞくりとなった。

 普段うつむいてオドオドしていたセシリアの姿しか知らなかったがために、セシリアの放つオーラに異質な何かを感じてたじろいでしまう。


 威圧的なオーラ。


 銀色の聖女の力を得たからなのか、公爵で魔力が高いはずのゼニスでさえ圧倒できる魔力を帯びている妹にゼニスは冷や汗をかく。


「そ、それは、記憶がなくなる前のいままでの行いが……っ!」


「それもどうなのでしょう?

 このような明らかな証拠があるにもかかわらず全て私が悪いとしてきたのでは、記憶のなくなる前の私への疑いも本当かどうだか。

 とにかく、これ以上ここにいるつもりはありません。

 お兄様がどこまで関与していたかは知りませんが、関与していないのに聖女にこのようなことをできてしまうならそれはこの公爵家の管理の杜撰であることを示しています。

 そしてもしお兄様が関与していたのだとしたら、次は命を落としかねません。

 神殿に避難させていただきます」


「ま、まちなさい!!それでは我が家の責任問題となってしまう!」


 ゼニスが止めようとするが、肩に手を触れようとしただけで、魔力でゼニスの手がはじかれる。


「な!?」


「お忘れですか、金色の聖女ではありませんでしたが私も聖女の試練を経て白銀の聖女になりました。

 たかが帝国の公爵家如きが行動を制限できる立場ではないということを。

 聖女に死なないとはいえ毒を用意した……この家はどうなるのでしょうかね?」


 セシリアの言葉とともに白銀のオーラが沸き上がる。


「記憶が戻るかと思いこちらに戻ってきましたが……。

 このような扱いだったとは残念です。神殿に報告させていただきます」


「お、お待ちください!

 食事はすぐ作り直させます!

 このような事をした侍女たちもすぐに処罰いたしますので、何卒、何卒もう一度チャンスを!

 もしあなた様が戻られてしまえば家は取りつぶしになる可能性もあります」


 今にも歩きだそうとしたセシリアをゼニスの後ろに控えていた執事が止める。


「……。このような料理をだした時点で調理場のものたちも手を貸したのは一目瞭然です。

 次はわからないように毒をだす可能性を考えれば、ここに残る選択肢はありえません」


「すまなかったセシリア。これは私の落ち度だ。もう二度とこのような事をさせない」


 ゼニスも状況が不利と察しセシリアに頭を下げる。

 ここでセシリアが毒をもられたと神殿に告げてしまえば、公爵家ごと罪に問われ最悪この家も取りつぶされるだろう。


 それに何より、妹がこのような不遇な扱いを受けていたのを見抜けなかった自分にも苛立ちを覚える。


「では誠意を見せていただきましょう。

 処遇はそれで決めさせていただきます。

 まず私にこのような事をした者たちを全員捕まえそれ相応の罰を。

 そして今後私の部屋は結界を張りますので、許可なく入室することを禁じます。

 食事についても結構です。毒が怖いので」


 セシリアの嘲笑にも近い笑みに、ゼニスは大きくうなだれるのだった。


★★★



「侍女頭!」


 セシリアが部屋に戻ったのを確認した後、執事が腰を抜かして座り込んでしまった侍女頭にきっと視線を向けた。


「は、はい!?」


「貴方は自分がしたことがわかっているのですか!?」


「でも、シャルネ様は金色の聖女なのですよ、何も頭をさげなくても!」


「シャルネが『金色の聖女』だからなんだ!?

 お前には何ら関係ない話だろう!なぜこのような事をした!

 まさかセシリアに嫌がらせをするのがシャルネの命令だったと言うつもりか!?」


 ゼニスの激高で侍女マリアははっとする。

 そうだ、何故自分はシャルネ様もいないのに、シャルネ様の威光をかりようとしたのだろう。


「そ、それは……」


「……もうよい、今すぐこいつをむち打ちにして、嫌がらせをしていた関係者を吐かせろ!」


 口ごもる侍女頭を指さし執事に怒鳴る。


「わ、わたくしはシャルネ様のために!」


「シャルネの名をだすな!! 自分のしたことをこともあろうに我が妹のせいにするつもりか!?」


「そ、そんなつもりでは」


 すがるようにゼニスにすがるがゼニスは侍女マリアを一瞥して舌打ちする。


「連れていけ!!!」


「はっ!!!」


 マリアは兵士たちに連れていかれるのだった。

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