第35話 - 王国闘技場 真骨頂
エルセイドが手を伸ばし、レウに迫り来る。
怪力の騎士とは言え、相手は今徒手だ。剣を持つこちらが、間合いとしては有利のはずである。
レウは剣を握りしめ、冷静に相手との間合いを計る。
エルセイドは一切臆することなく、真っすぐレウに突っ込んでいる。
そしてレウは、彼女が間合いに入ったことを知覚した。
瞬間、少年は雷撃のような速度で、騎士の兜に向かって鋭い突きを放つ。
洗練された容赦の無い突きは、武器など持たない相手にとって、防ぐ術の無い攻撃であろう。切っ先は正確に、兜の隙間に向かって差し込まれるはずであった。
だが、それは叶わなかった。
剣が兜に届く前に、彼女は両手を思い切り合わせた。手と手の間には、レウの刃が挟まっている。
白刃取り――レウの剣は、エルセイドの目の前で捕まったのだ。
「やべ……!」
あまりに予期していないことであった。そして、最悪に近い状況でもある。
怪力の騎士により、己の唯一の武器が握られているのである。
黄金の騎士が、いやらしく笑ったような気がした。
そして、両手に力が籠る。剣を真っ二つに折ろうと、そのまま捩じり込む。
「レウ、避けて!」
その時、シャロの声が、後方から聞こえた。
その声に合わせ、レウは体を左に傾かせる。その空いた空間に、赤い閃光が走った。
それは真っ赤な線を描いて、エルセイドに衝突する。
かなりの衝撃にたじろぐエルセイド。そして、黄金の鎧と衝突したその赤い線は空中に跳ね上げられた。
それは、かつてラスタが手放した――【ゴッドバード】の原型であった。
シャロは、思い切り投げた格好のまま、エルセイドを睨みつけている。
先の戦いで妖精武器とラスタの魔法をコピーした。最速最強の切り札を放ったのだ。しかし、可能であれば勝負が決するタイミングで切りたかった。
レウの窮地を救うためだけに使用したことが、悔やまれる。
彼女の黄金の鎧も、かなりの逸品なのだろう。まともに槍の攻撃を受けたはずなのに、少し傷がついた程度で、槍は跳ね返った。
エルセイド自体へのダメージにはなっていない。
彼女は、ぎろり、とシャロを睨んだ。
「ラスタ君の槍をさぁ、おめーみたいな尻軽が使ってんじゃねえよ……!」
明確な怒りと殺意を、少女に叩きつける。
ターゲットが変わった。レウにだけ集中していたエルセイドは、この怒りを雪ぐには、女を殺すしかないと確信しているかのように。
黄金の騎士は、一歩、シャロの方向へと近付いた。
だが、その間にはレウが立ちはだかる。
そうはさせまいと、剣の鋭い斬撃を黄金の騎士に振るう。
「邪魔だよ三下剣士!」
エルセイドは無造作に拳を振るう。掠っただけで肉体が破壊されるであろう、凶悪な拳を、だ。
レウはそれをすんでのところで避ける。
耳元で、ごうん、なんて、空間ごと削り取られたかのような轟音が鳴った。
回避と共に振り下ろした斬撃は鎧に当たるが、紅い槍と同じく、微かな傷が付く程度である。
だが、当然ながら攻撃が止むことはない。間髪を入れず拳が再びレウに放たれる。
その間際。シャロが叫んだ。
「見えた! 手首の付け根……! そこの妖精文字!」
それを聞いたレウは再び拳を紙一重で避ける。そして、籠手を剣で弾いた。
だが、籠手自体は相当に硬い。そんな攻撃はまるで食らわらない。
逆の手の拳が襲い掛かる。レウは低く屈んで、これも危うく避けた。その最中で、剣を籠手に当て、弾く。
「てめえさっきから、鬱陶しいコバエみたいにちょこまかとよォ!」
神業のような回避を見せていたレウだが、最後の回避はまずかった、
低く屈むように避けたせいで、かなり窮屈な体勢となっている。次の攻撃を避けるのは非常に困難であろう。
エルセイドの足元で蹲るような恰好となっているレウ。その鬱陶しい敵を叩き潰さんと、騎士は右手の拳を振り上げ、思い切り叩き下ろした。
その両拳を真っすぐ見据えながらレウは、振り下ろされる右腕に沿わせるようにして、再び黒い靄がかかった剣を立てた。
剣の方向に自然と誘導されるようにして、拳が、ギリギリのところでレウの顔の横を掠めていく。
そして、その打撃は地面に叩きつけられた。
その時の衝撃は、かつてないものであった。
爆弾が落ちたかとおもうような、圧倒的な衝撃。闘技場の崩れた地面が更に割れ、地割れが起こり、火山の噴火のように土砂が舞い上がる。
魔法で強化された【破神の籠手】は、圧倒的な攻撃力を得る。
しかし。だからといって、この威力はどう考えても過剰であった。
比類なき怪力と言えど、ここまでの破壊をもたらすのであれば、弊害も出る。
舞い散った土煙が次第に晴れ、そこに立つ騎士の姿が再び露わとなる。
王国の誇る金色の鎧が――奇妙なことに、半分のシルエットしかなかった。
舞い散る土煙が霧散して、その詳細が見て取れた。
金色の鎧が、砕けていた。
右腕から胸にかけて、破砕の連鎖が起こっているかのようで、如何なる刃も防いだ最高の鎧が、ボロボロになっている。
そう。先ほど振り下ろされた拳の衝撃に、鎧が耐えられず破壊されたのだ。
彼女の右手の籠手だけは健在だが、そこから血がとめどなく溢れている。
兜までが砕けていて、彼女の褐色の肌が血を被り壮絶な体躯を顕していた。
「エルセイド。君の、負けだよ」
レウの声が聞こえた。
その声は、闘技場を割いた地割れの向こうから聞こえてきて、晴れた土煙の向こうから、黒い靄に包まれた地面に転がるレウの姿があった。
そして、にやりと笑い、この現象について語る。
「その籠手が与える、怪力の上限を馬鹿にしてやった。殴ったほうが耐えられないくらいの力が流れ込む、爆弾になったんだよ。それを使えば使うほど、君の腕は耐えられない。エルセイド、負けを認めて、その籠手を僕らにくれれば、大人しく退散してやるが、どうする」
「……」
黄金の――いや、褐色肌の騎士は、己の砕けて右手を、じっと見ていた。
魔法を斬る。魔法を狂わせる。魔法を崩す。レウの剣の力は、報告を受けていた。
まさか、こんな芸当が可能であるとまでは、予想できていなかったが。
伝説の武器は、使うたびに持ち主の命を縮める、悪魔の武器へと変貌した。
なるほどレウの言うことも一理あるだろう。潔く負けを認めることが、賢い選択なのかもしれない。
そんな選択肢を、エルセイドは、鼻で笑った。
「かんけー、ねーし」
エルセイドは、ずん、と前に進む。
レウは、剣を構える。
騎士は砕けた右手を振り上げ、レウに向かって振り下ろした。
攻撃力が際限無く増した拳と、打ち合うことはできない。
レウはそれを避ける。
再び地面が破裂した。凄まじい爆発のような衝撃が広がる。
レウも無傷ではいられない。先ほどの衝撃も、今の衝撃も、しっかりと受けている。
ダメージはしっかりと、内臓にまで届いており、思わず口から血を垂らす。
エルセイドの右腕は、先ほどよりも一層、砕けていた。
美しい褐色の肌は、見るも無残な赤い血で塗れている。
半分となった鎧から覗く、傷だらけになった彼女の肢体は、壮絶であった。
「右手が、なんだよ。傷が、なんだよ。そんなんで王国騎士団長のウチが止まると思ったら――大間違いだろ、馬鹿野郎が」
エルセイドは一切の痛みを見せず、レウにずんずんと向かってくる。
衝撃の余波でレウは血を吐くほどなのだ。それをモロに受けるエルセイドの痛みはどれほどであるだろうか。
だがそんなものを気にすることも無く、彼女は真っすぐレウに迫る。
それが為せる理由は唯一つ。
彼女が背負い、彼女が護る輝かしき騎士道が、如何なる迷いも断ち切るのだ。
手負いの騎士は、これまでよりも一層強い決意で以て、王国に仇名す剣士に向かっていく。
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