第33話 草原エリア


 ――再び時はさかのぼり、救出ゲームがスタートして間もない頃。


 緑の平野が続く広大な“草原エリア”に、ゲーム参加者の生徒達がチームごとに固まり、空を仰いでいた。その中の一人、おとなしリツも浮遊する執着のテンシを見上げながら、攻略方法を考えている。


 相棒奈ノ禍の能力のおかげでリツ自身は浮く事も可能だが、彼女以外のチームメイトは誰も自力で空中あそこまで辿り着けない。ゆえに、ミッション開始前とクリア後の手助けができるのはリツだけだ。


 そのため、リツは最初、チームメイトを順番にテンシの元まで連れて行こうと考えた。しかし、一人ずつ運ぶより、テンシ達に方が効率的かつ、安全だと結論付ける。


「少し待っててくださいっす!」

 リツはチームメイトにそう言うと、契約時にからもらった四葉のクローバーを。そうして、それぞれをギターとスタンドマイクに変形させる。


 リツは一度、深呼吸してからギターをかき鳴らす。そして数秒の前奏の後に、歌い始めた。優しくて柔らかい歌声が、草原に響き渡る。まるで子守歌のような唄に、テンシ達の意識は徐々に遠のいていき、それと同時にゆっくり降下していく。


 リツの歌声のおかげで、暑いの中にいる奈ノ禍や他の生徒の契約相手達に、余裕が生まれる。


 降下中に奈ノ禍は体内から周囲を見渡していた。リツの歌声とギターの音色の効果で、彼女の演奏が届く範囲のテンシ達も軒並み下降している。その事に他の生徒達は困惑しているようだった。


 それらを一通り目にした後、奈ノ禍はリツ達がこうりゃく学園に転入してくる数日前の出来事を思い出す。




「――やけに急じゃない? なんかワケアリとか?」

 運営から鳴無リツ新しい契約者の話を転入間近に聞かされた奈ノ禍は、怪訝そうな顔で問いかける。すると運営は、元々リツの契約相手になる筈だったセイレーン族の“長”の行方が結局、つかめなかったからだと説明した。


「……あーしは誰が相棒でも全然、構わないんダケドさ。クラスの相手と組めるようなコが、あーしの相棒で良いワケ?」

 奈ノ禍の問いに、「能力的には相性が良いから問題ない」とだけ、運営は答える。その時の運営のどこか含みのある物言いに、奈ノ禍は少し引っ掛かりつつも、特に何も聞かなかった。




「――奈ノ禍サン? 奈ノ禍サン! 大丈夫っすか?!」

 リツの声にハッと我に返った奈ノ禍は、反射的に「ごめん」と言ってからニコッと笑う。


「ちょっと考え事してただけだから大丈夫だよ★」

「ほんとっすか? 無理だけはしないでくださいね」

「うん。ありがと。ほんじゃまぁ、ミッションを進めよっか」

「はいっす! えっと、それじゃあ……奈ノ禍サン、無事ゲームをクリアして、また一緒に歌ってくださいっす!」

「うん。勿論もちだよ★」

 リツと奈ノ禍の心が一つになった瞬間、檻の扉体の一部が開き、一つ目のミッションをクリアした。


 その後も、リツと奈ノ禍は順調にミッションを突破していき、難なくゲームをクリアする。の中でもリツはギターを奏でながら歌い、今度はテンシの無力化に成功した。更にリツの演奏はまたしても、彼女の歌声が聴こえる範囲に効果をもたらし、チームメイトも全員、無事にゲームをクリアできた。


 本来ならルールを破った時点で毎回、警告や何かしらのペナルティが発生している。だが、何事もなくゲームが終了したため、奈ノ禍は首を傾げ、チームメイトと話すリツを見つめた。


 ――意図的にやった訳じゃなさそうだから許された? それとも執着のテンシのボスをらしいからすれば、ミナっち達以外には興味がなくて、他はどうでもいいとか? あるいは……の能力をリッツーがどこまでさせられるか、が観察するために見逃された……?


「奈ノ禍サンもお水どうぞっす」

 険しい顔で考えを巡らせる奈ノ禍にリツは、ヨウセイ達が届けてくれた水入りのペットボトルを差し出す。いつの間にか目の前にいたリツに、奈ノ禍は少しだけ驚きつつも、「ありがと」と言ってそれを受け取る。


 二人は同時にゆっくりと水を飲み、先にペットボトルから口を離した奈ノ禍は、汗だくのリツを見た。


 そもそもリツの性格上、ルールを破るような行為は絶対にしない。その上、チームメイトにこっそりお礼を言われた際にも、リツはきょとんとしていた。彼女のその表情を見て、リツは何も気づいていないのだと、奈ノ禍は確信する。それゆえ、リツに余計な不安は抱かせまいと、意図せずルールに反していた事は黙っておこうと決めた。






 それから時間は進み、ゲーム終了のアナウンスが流れる。


 執着のテンシのゲームは初参加のリツをはじめとした、生徒達がほっとしたのも束の間。遠くから他チームの生徒達の悲鳴やテンシの笑い声が微かに聞こえ、それが徐々に近づいてきた事で空気が張り詰める。


「もしかして……ルール説明の時に言ってたアクシデントが、向こうで起きてるんじゃないっすか……?」

「多分そうだと思う。だからなるべく遠くに――」

「だったら加勢しに行かないと!」

「は……?」


 奈ノ禍は相棒リツをなるべく危険な目に遭わせたくない。それに加え、他チームの生徒から発生したアクシデントの対処など、リツがする必要はないと考えている。だから奈ノ禍は一刻も早く、リツをアクシデントから遠ざけたい。けれども、リツは他チームだろうと助けに行く気満々だ。奈ノ禍はリツが言いそうな台詞を予想してはいたが、実際に口にされ、間の抜けた声が出てしまう。


「リッツーは……どーしていつも、他人を助けようとするの?」

「そんなの……助けられるなら、助けたいからに決まってるじゃないっすか。流石に全員を助けられるなんて思ってない……。ただ、助けられるかもしれない人まで、見捨てるなんてできないだけっす!」

 真っすぐなリツの目に見つめられ、奈ノ禍は瞳を揺らす。


 ――あー……やだなぁ。真っすぐ過ぎて、眩しくて……弱い自分は飲み込まれてしまう。そんな弱い自分がイヤになる……。


 奈ノ禍は心の中で自己嫌悪に陥りながら、リツから目を逸らす。それでもリツは必死に目を合わせようと、奈ノ禍の手を取る。


「そ、それに……皆で協力して戦ったり、助け合った方が、全員で生き残れる確率も上がると思うんす。だから……」

「あ~も~……分かったよ……。ま、リッツーの言うコトも一理あるし? ……逃げるより、戦おっか。一緒に」

 リツに押され、奈ノ禍はとうとう腹を括った。一理あると思ったのも本心だが、リツとは違って後ろ向きな理由だ。


 逃げたところで、他の生徒が全滅すれば結局、自分達が戦わなければならない。そうなるくらいなら、誰かしらと共闘できる可能性が残っている内に、戦っておいた方が良いと思ったからだ。


 奈ノ禍のそんな思惑など当然、知らないリツはうれしそうに「奈ノ禍サン、ありがと」と微笑んだ。その優しい表情が眩しくて、奈ノ禍は思わず顔を逸らし、手は繋いだまま、喧噪の方へと歩き出す。


「リッツー、無茶だけはしないでね。あと、状況がはっきりするまでは飛び出さないコト。いい?」

 奈ノ禍はクローバーを大鎌に変形させながら、リツにそう告げる。それに倣い、リツも大鎌を手にしつつ、「了解っす!」と元気よく返事をした。



 少し離れた場所で、リツと奈ノ禍のやり取りを眺めていた少女が一人。リツとは違うチームのゲーム参加者、あくつおとだ。彼女は小さなため息をつくと、リツ達と同じ方向にテクテクと歩を進める。


「あら。乙ちゃまも加勢に行くのね。リツちゃまの事、嫌いじゃなかったの?」

 乙和の契約相手でハポンバル三姉妹の次女、スリプはクスクス笑いながら耳元で囁く。彼女のその言葉に、乙和は首を傾げる。


「きらい……? 別にきらってないよ? ただ、あの子の言動が理解不能なだけ」

「ふーん……理解不能なのに、リツちゃまと同じ事をしようとするのね」

 スリプは周囲を軽く見渡し、自分も加勢に行くべきかと迷っている生徒達を目にすると、またクスクスと笑う。そんな生徒達の脇を通り過ぎた乙和は、スリプを一瞥する。


「リツちゃんのお歌のおかげで、楽にクリアできたでしょ? だからそのお礼をするだけ」

「あら。きっと、意図的に手助けしてくれた訳じゃないのに、わざわざお礼をするのね。リツちゃまの歌なんてなくても、乙ちゃまなら余裕でクリアできたのに?」

「うん。もらった恩は返すって決めてるからね。それでもお礼はするよ?」

 乙和は淡々とそう答え、スリプはどこかうれしそうに「ふーん」と適当な相槌を打つ。それから彼女達は、小走りで先を進むリツと奈ノ禍の後を、ゆっくりとマイペースについていく。

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