第33話 草原エリア
――再び時は
緑の平野が続く広大な“草原エリア”に、ゲーム参加者の生徒達がチームごとに固まり、空を仰いでいた。その中の一人、
そのため、リツは最初、チームメイトを順番にテンシの元まで連れて行こうと考えた。しかし、一人ずつ運ぶより、テンシ達に降りてきてもらう方が効率的かつ、安全だと結論付ける。
「少し待っててくださいっす!」
リツはチームメイトにそう言うと、契約時に
リツは一度、深呼吸してからギターをかき鳴らす。そして数秒の前奏の後に、歌い始めた。優しくて柔らかい歌声が、草原に響き渡る。まるで子守歌のような唄に、テンシ達の意識は徐々に遠のいていき、それと同時にゆっくり降下していく。
リツの歌声のおかげで、暑い
降下中に奈ノ禍は体内から周囲を見渡していた。リツの歌声とギターの音色の効果で、彼女の演奏が届く範囲のテンシ達も軒並み下降している。その事に他の生徒達は困惑しているようだった。
それらを一通り目にした後、奈ノ禍はリツ達が
「――やけに急じゃない? なんかワケアリとか?」
運営から
「……あーしは誰が相棒でも全然、構わないんダケドさ。
奈ノ禍の問いに、「能力的には相性が良いから問題ない」とだけ、運営は答える。その時の運営のどこか含みのある物言いに、奈ノ禍は少し引っ掛かりつつも、特に何も聞かなかった。
「――奈ノ禍サン? 奈ノ禍サン! 大丈夫っすか?!」
リツの声にハッと我に返った奈ノ禍は、反射的に「ごめん」と言ってからニコッと笑う。
「ちょっと考え事してただけだから大丈夫だよ★」
「ほんとっすか? 無理だけはしないでくださいね」
「うん。ありがと。ほんじゃまぁ、ミッションを進めよっか」
「はいっす! えっと、それじゃあ……奈ノ禍サン、無事ゲームをクリアして、また一緒に歌ってくださいっす!」
「うん。
リツと奈ノ禍の心が一つになった瞬間、
その後も、リツと奈ノ禍は順調にミッションを突破していき、難なくゲームをクリアする。
本来ならルールを破った時点で毎回、警告や何かしらのペナルティが発生している。だが、何事もなくゲームが終了したため、奈ノ禍は首を傾げ、チームメイトと話すリツを見つめた。
――意図的にやった訳じゃなさそうだから許された? それとも執着のテンシのボスを乗っ取ったらしい彼からすれば、ミナっち達以外には興味がなくて、他はどうでもいいとか? あるいは……
「奈ノ禍サンもお水どうぞっす」
険しい顔で考えを巡らせる奈ノ禍にリツは、ヨウセイ達が届けてくれた水入りのペットボトルを差し出す。いつの間にか目の前にいたリツに、奈ノ禍は少しだけ驚きつつも、「ありがと」と言ってそれを受け取る。
二人は同時にゆっくりと水を飲み、先にペットボトルから口を離した奈ノ禍は、汗だくのリツを見た。
そもそもリツの性格上、ルールを破るような行為は絶対にしない。その上、チームメイトにこっそりお礼を言われた際にも、リツはきょとんとしていた。彼女のその表情を見て、リツは何も気づいていないのだと、奈ノ禍は確信する。それゆえ、リツに余計な不安は抱かせまいと、意図せずルールに反していた事は黙っておこうと決めた。
それから時間は進み、ゲーム終了のアナウンスが流れる。
執着のテンシのゲームは初参加のリツをはじめとした、生徒達がほっとしたのも束の間。遠くから他チームの生徒達の悲鳴やテンシの笑い声が微かに聞こえ、それが徐々に近づいてきた事で空気が張り詰める。
「もしかして……ルール説明の時に言ってたアクシデントが、向こうで起きてるんじゃないっすか……?」
「多分そうだと思う。だからなるべく遠くに――」
「だったら加勢しに行かないと!」
「は……?」
奈ノ禍は
「リッツーは……どーしていつも、他人を助けようとするの?」
「そんなの……助けられるなら、助けたいからに決まってるじゃないっすか。流石に全員を助けられるなんて思ってない……。ただ、助けられるかもしれない人まで、見捨てるなんてできないだけっす!」
真っすぐなリツの目に見つめられ、奈ノ禍は瞳を揺らす。
――あー……やだなぁ。真っすぐ過ぎて、眩しくて……弱い自分は飲み込まれてしまう。そんな弱い自分がイヤになる……。
奈ノ禍は心の中で自己嫌悪に陥りながら、リツから目を逸らす。それでもリツは必死に目を合わせようと、奈ノ禍の手を取る。
「そ、それに……皆で協力して戦ったり、助け合った方が、全員で生き残れる確率も上がると思うんす。だから……」
「あ~も~……分かったよ……。ま、リッツーの言うコトも一理あるし? ……逃げるより、戦おっか。一緒に」
リツに押され、奈ノ禍はとうとう腹を括った。一理あると思ったのも本心だが、リツとは違って後ろ向きな理由だ。
逃げたところで、他の生徒が全滅すれば結局、自分達が戦わなければならない。そうなるくらいなら、誰かしらと共闘できる可能性が残っている内に、戦っておいた方が良いと思ったからだ。
奈ノ禍のそんな思惑など当然、知らないリツはうれしそうに「奈ノ禍サン、ありがと」と微笑んだ。その優しい表情が眩しくて、奈ノ禍は思わず顔を逸らし、手は繋いだまま、喧噪の方へと歩き出す。
「リッツー、無茶だけはしないでね。あと、状況がはっきりするまでは飛び出さないコト。いい?」
奈ノ禍はクローバーを大鎌に変形させながら、リツにそう告げる。それに倣い、リツも大鎌を手にしつつ、「了解っす!」と元気よく返事をした。
少し離れた場所で、リツと奈ノ禍のやり取りを眺めていた少女が一人。リツとは違うチームのゲーム参加者、
「あら。乙ちゃまも加勢に行くのね。リツちゃまの事、嫌いじゃなかったの?」
乙和の契約相手でハポンバル三姉妹の次女、スリプはクスクス笑いながら耳元で囁く。彼女のその言葉に、乙和は首を傾げる。
「きらい……? 別にきらってないよ? ただ、あの子の言動が理解不能なだけ」
「ふーん……理解不能なのに、リツちゃまと同じ事をしようとするのね」
スリプは周囲を軽く見渡し、自分も加勢に行くべきかと迷っている生徒達を目にすると、またクスクスと笑う。そんな生徒達の脇を通り過ぎた乙和は、スリプを一瞥する。
「リツちゃんのお歌のおかげで、楽にクリアできたでしょ? だからそのお礼をするだけ」
「あら。きっと、意図的に手助けしてくれた訳じゃないのに、わざわざお礼をするのね。リツちゃまの歌なんてなくても、乙ちゃまなら余裕でクリアできたのに?」
「うん。もらった恩は返すって決めてるからね。それでもお礼はするよ?」
乙和は淡々とそう答え、スリプはどこかうれしそうに「ふーん」と適当な相槌を打つ。それから彼女達は、小走りで先を進むリツと奈ノ禍の後を、ゆっくりとマイペースについていく。
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