第20話 武鶴義兄弟②
翌日の午後二時頃。ミナトは
その島の砂浜で一人、木刀を振るう少年に、慧介は声をかける。
「
名前を呼ばれた少年はムスッとした表情で動きを止め、慧介を
ミナトは悧音を見た瞬間、『かわいい子だな~』と思いながら、じっと彼を見つめた。
「兄キ……だれだよ、ソイツら……」
明らかに警戒している悧音の目の前に移動し、中腰になったミナトは「はじめまして」と微笑む。
「オレは中学一年生の
「……今は十才。……十一月三十日生まれだ」
「てことは今年、十一歳になるのか~。なんかさ、天使みたいだね、悧音くんって」
「あ゛? ケンカ売ってんのか?」
「あ! 違う違う! “てんし”って言っても、白い翼が生えてる方の天使だよ。ミールゲームのことを知らない人達が思い浮かべるような、可愛らしい天使みたいだなぁと思って」
ミナトはそう言いながら、悧音の頭を撫でる。
「はぁ……? どっちにしろ意味分かんねぇよ……つうか、頭なでんな!」
悧音は少しイラっとしたものの、ミナトの手を優しく払いのけた。
「ごめんね。お詫びにグミ食べる? 手作りなんだけど、オレの」
「……グミって作れんのか?」
「うん。作れるよ~狼とイソギンチャクと薔薇、どの形がいい?」
ミナトはショルダーバックからジッパー付きの透明な袋を取り出すと、その中に入っているオレンジ色のグミを悧音に見せた。
「別にいらねぇ……」
「大丈夫、安心して。今朝、作ったばかりだからさ」
「そういう問題じゃねぇよ……。なんつーか……見慣れない形ばっかだし……」
悧音は、ミナトの真後ろにいるノワールをチラリと見て、やんわりと拒否する。それでもミナトは袋からイソギンチャク型のグミを取り出し、「そう遠慮せずにさ」と言って、悧音の口元に持っていく。
「いや、だからいらねぇよ」
「まぁまぁそう言わずに。はい、あーん」
ミナトに半ば強引にグミを差し出され、悧音はしぶしぶ口を開き、それを食した。
最初はムスッとしていた悧音だったが、グミを
微かに笑う悧音を見たミナトは、「可愛い~」と言いながら彼に抱きついた。
「はぁ!? この
「ちょっと口が悪いところもか~わ~い~い~」
「うぜぇ……まじでうぜぇ……」
悧音に何を言われても、ミナトはニコニコしている。悧音はそんなミナトに呆れつつ、面白がってはいるが目は全く笑っていない
一方、ノワールは体をワナワナと震わせ、「ミナトくんは私の弟だァ!」と、少しズレた嫉妬心を
「おい」
「ん~? どーしたの? 悧音くん」
鮮やかな夕焼け空の下。ミナト達が
引込橋の前で悧音は不意に、ミナトの
薄々、慧介の心の闇に気がついていたミナトは複雑な心境で、悧音の顔を見る。
「うん……ありがとう。心配してくれて。でも多分、大丈夫。オレにはノワにぃがついてるし」
「別に、心配なんかしてねぇし……」
ミナトから思いがけない言葉が返ってきた事で、悧音は慌ててそっぽを向く。どことなく照れているようなその横顔が可愛らしく思えたミナトは、また悧音の頭を撫でて怒られた。
「また遊びに来るね、悧音くん」
「別に来なくていい……」
「うん。絶対に来るね!」
「人の話を聞けよ!」
ミナトは笑顔で大きく手を振り、悧音から遠ざかっていく。悧音はムスッとしながらも、小さく手を振り返し、ミナト達の背中を見送った。
「可愛いですね、悧音くん」
「ははっ……悧音の事、気に入ってくれたなら良かったよ。アイツ、目つきも口も悪くて、誰ともつるもうとしないからさ。
「あー……顔はすごく似てますもんね、センパイと悧音くん」
ミナト自身、誤解していたのもあり、ぎこちない言葉を返してしまう。それでも慧介は「ふーん……僕らって似てたんだね~」と、特に何も気にしていないような口調で言った。
「ところで、悧音くんも……いつかはゲームに参加するんですよね……?」
「うん。二年後の、四月からね」
二人は橋を渡りながら話していたが、不意に慧介が立ち止まった事で、ミナトもノワールも歩みを止める。いつになく真剣な顔をしている慧介を視界に捉えたミナトは、緊張気味に次の言葉を待った。
「ミナト君さ、昨日こう言ってくれたよね。『一緒にゲームをクリアして卒業しましょう』って。あの約束、悧音も一緒じゃ駄目かな?」
「もちろん! いいですよ。てかオレも同じようなこと思ってましたし」
深刻な話かと身構えていたミナトは、自分も考えていた事を慧介が口にしたため、胸を撫で下ろし、ニコリと笑う。同時に、『弟想いのお兄さんだったんだな』と、慧介の認識を改める。
慧介はミナトの返答に“ありがとう”と言いかけるが、ノワールが不服そうな声で「待ちたまえ」と遮った。
「それではミナトくんがなかなか家に帰れなくなってしまうではないか!」
「まぁそれはそうだけど……心配だし、悧音くんのこと。出会った以上は放っておけないよ」
「
ノワールは慧介の目の前に立ち、触手で彼を
ミナトは慌てて間に入り、ノワールを慧介から引き離す。
「ノワにぃ、落ち着いて。センパイはただ、悧音くんを想って――」
「ミナトくんはお人好し過ぎる。君はこんな人間の思い通りに動かなくていい。ミナトくんは早くゲームをクリアして家に帰るんだ」
ミナトの言葉を遮り、ノワールは真剣な声色でそう言った。それからミナトの体に触手を絡ませると、抱きかかえて歩き出す。
「ノワにぃ!」
「……ノワール・ローザの言う通り、確かに僕はミナト君なら悧音を……弟も助けてくれると思って、二人を引き合わせた。僕の力だけでは悧音を守り切れないから、誰かに協力してほしかったんだ。その事を伝えずに、誘導したみたいになったのは謝る。ごめんなさい。けれど、ミナト君をゲームに縛り付けようだなんて事は一切、考えていない。そこは誤解だよ。頼む。少しでいいんだ。ミナト君が僕ら兄弟に協力する事を、許してほしい」
慧介は真剣な声音でそう語りかけ、ミナトは真っすぐな瞳でノワールを見つめ、触手をぎゅっと握りしめた。
「ほら、センパイもこう言ってることだしさ。絶対に無茶はしないし、ノワにぃには迷惑かけないって約束するから……センパイ達に協力するのを許してくれないかな……?」
ミナトのその言葉にノワールは立ち止まり、ため息をつく。そして、慧介の方を振り返り、再び彼を触手で威嚇する。
「……ミナトくんがそこまで言うなら、少しだけ許してあげよう。私も“ミナトくんを守る為”なら、君達兄弟に協力してやっても構わない。だがもし、ミナトくんを傷つけたり、危険な目に遭わせたら、即座に君達兄弟との縁を切らせる。分かったな」
いつも以上に低い声でそれだけ言うと、ノワールは威嚇を止めて、再び歩き出す。
「ノワにぃ……ありがとう」
ミナトはノワールにお礼を言いながら、彼にぎゅっと抱きつき微笑んだ。
「ありがとう、優しいテンシのお兄さん」
「もう一度、言っておくが、私はミナトくんの為に協力するだけだ。故に、君に感謝される
「うん。勿論、分かっているよ。それでもお礼は言っておきたかったんだ」
慧介はそう言いながら、ノワール達の後を追い、密かにニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
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