第14話 氷雪の少女

 高等部エリアのテンシを、めぐるこう寿じゅ達が全滅させた頃。

 中等部エリアでは、リツと相棒のが中庭で、恐怖のテンシに囲まれていた。


 リツの目の前にはテンシ、後ろには意識を失い地面に倒れている女子生徒がいる。彼女らから少し離れた場所にいる奈ノ禍は、テンシに大鎌を弾き飛ばされてしまった上に、行く手を阻まれている。


 緊張した面持ちで、リツはストロベリーのポンチョのすそを握った。

 が能力で作ってくれた、“着用者の全身を守ってくれる”ポンチョ。それが存在し続けているイコール、が生きている証拠だ。ゆえにリツは尚更、“ここで倒れる訳にはいかない”と思い、自分を奮い立たせて大鎌を構えなおした。


 そもそもなぜ、このような状況になっているのか? 事の発端は、ゲリラゲームが始まる数分前まで遡る。






 ——休み時間、リツと奈ノ禍は廊下に集まって、友人達と談笑していた。

 リツと奈ノ禍には友人達の声だけでなく、“音楽”も絶え間なく聴こえている。和やかな時間が流れる中、不意にその“音楽”にノイズが混じる。


 第一ゲーム終了後、奈ノ禍から彼女のもう一つの能力について、リツは話を聞いた。そのため、リツは勢いよく奈ノ禍の方を見て、二人はうなずき合う。


 シニガミ族は、ヒトの“生と死の音楽”が聴こえる。そのメロディは人それぞれで違い、聴こえる条件は目が合っている事。音楽にノイズが混じっている時は、その人に死が近づいている証拠だ。


 ゆえにリツと奈ノ禍は、友人や他の生徒にもは危険だと伝え、教室の中に避難させる。その直後、テンシの先制攻撃で窓ガラスが割れた。


 その後、恐怖のテンシのボスが話しているのを聞きながらリツと奈ノ禍、それから数人の生徒だけが教室を出て、二手に分かれる。リツと奈ノ禍だけが目立って戦う最中、見知らぬ女子生徒が中庭で倒れているのを見つけた。そして、迷わずリツが女子生徒の元に駆け寄ると……多くのテンシが校舎の上や地面の中から姿を現した——。






 リツをからかうように、テンシはじりじりと距離を詰めてくる。


 女子生徒の契約相手の姿は見えない。恐らく、契約相手がピンチであろうと、“助けない”タイプらしい。奈ノ禍いわく、本来はそっちの方が多く、一緒に戦うタイプの相棒は稀だと言う。故に今、女子生徒を守れるのはリツだけだ。


 奈ノ禍は焦りから考えなしに飛び出してしまい、結果、テンシに棘で吹き飛ばされてしまう。

「奈ノ禍サン!」

 リツは思わずテンシから目を離し、校舎に叩きつけられた奈ノ禍の方を見た。その瞬間、目の前のテンシは複数の棘を伸ばし、リツに襲い掛かる。


 約一ヵ月間、鍛錬を積んだ今のリツならそれを避けられるが、彼女の後ろには女子生徒がいる。だからリツは、避ける事ができない。

 

 それでもリツは諦めずに、なんとか足掻こうと、大鎌を振り上げる。その時、ひんやりとした風が吹き、目の前まで迫っていた棘が凍りついた。よく見れば、棘だけでなくテンシの全身が氷に覆われている。周囲にいたテンシ達も同じようになっており、その場の気温は一気に下がった。


 呆然としていたリツは視線を感じ、目の前のテンシを見上げる。


 テンシの上には、長い黒髪をポニーテールにした少女が立っていた。彼女はスリットの入ったロングスカートのセーラー服の上に、純白の羽織を着ており、周りには氷の結晶をまとっている。黒タイツとローファーを履いた脚は、長くて美しい。


 少女はテンシから飛び降りると、ふわりと地面に着地する。その刹那、テンシごと氷が砕け散り、雪が舞い周囲を白く染め上げ、リツ達の姿を隠した。


「……やっぱり、違うわよね……」

 少女は黙ってリツを見据えていたかと思えば、それだけ言うと愁いを帯びた顔で視線を逸らした。


「あの、ありが――」

「リッツー!」

 お礼の言葉を遮るように、奈ノ禍がリツに抱きついた。


「助けられなくてごめん……リッツー、怪我はない?」

「はいっす! 奈ノ禍さんこそ、大丈夫なんすか?」

「あーしは平気。シニガミ族の体ってヒト族よりは丈夫だからね……」

 奈ノ禍はそう言いながら、少女の方を振り返り、リツを守るように前に出た。少女は無感情の真っ黒な瞳で、奈ノ禍をじっと見つめ返す。


「……リッツーを助けてくれたのは感謝してる。ありがとう。それでも……あーしは、を許す気はないから……」

 奈ノ禍はなんとも言えない複雑そうな表情でお礼を言うと、リツの手を引いてその場を去ろうとする。


「あの、奈ノ禍サン! まずはこの子を……」

 リツは意識を失ったままの女子生徒に視線を向け、奈ノ禍を引き留める。

 奈ノ禍はほの暗い目で、「リッツーがそのコを助ける義理はないでしょ」と呟く。


「へ……今、なんて言ったんすか?」

「ん~……とりま、この子を教室まで運ぼっか! って言ったんだよ?」

 奈ノ禍はニッコリと笑い、さっきとは違う言葉を口にした。彼女の言葉にリツは「はいっす!」と返事をしながら大鎌をクローバーに戻し、女子生徒に近づく。けれども、どう抱きかかえるのが正解か分からず、固まってしまう。それを見かねたのか、不意に少女がしゃがみ込み、「ワタシに任せて」と言いながら、女子生徒をお姫様抱っこした。


「それで、この子はどこに連れて行けばいいのかしら?」

「えっと、三年F組にお願いするっす!」

「分かったわ」

「ちょ……一体、どんな風の吹き回し? 何が目的なワケ?」 

 奈ノ禍は警戒心をあらわにし、少女を睨みつける。


「失礼な物言いね……人に手を貸すくらい、ワタシもたまにはするわよ」

「ふーん……ま、なんにしてもの手は借りないから、そのコをこっちに――」

「あ、あの! 先程も今も助けてくれて、ありがとうございます! アタシは三年D組のおとなしリツっす。良ければ、アナタのお名前を教えてくれないっすか?」

 リツは険悪なムードに耐えきれなくなり、思わず奈ノ禍の言葉を遮って自己紹介を始めた。突然の事に奈ノ禍も少女もポカンとし、リツを見つめる。


「……ワタシは、三年B組のささよ」

「篠目玲依冴サン……キレイな名前っすね! それに、B組ってツヨツヨクラスじゃないっすか!」

 玲依冴と名乗った少女は、目を輝かせるリツに若干、たじろぎながらも「ところで……」と話を変える。


「鳴無さんはどこかで他の生徒を見なかったかしら?」

「ほとんどの子はバリアを張った教室の中にいるっすよ。校舎の外にいる子達は一つのチームで固まって戦ってるっす!」

 リツの話を聞いた玲依冴はわずかに眉間にシワを寄せ、ため息をつく。それから難しい顔をして、少し何かを考えた後、玲依冴は二人に向き直る。


「話があるから鳴無さんと……しゅうさんもついてきて」

「は? 急になに? 絶対にイヤ――」

「了解っす! ささ、奈ノ禍サンも行くっすよ!」

「え、ちょっ……リッツー!」


 また険悪なムードにならないよう、リツは奈ノ禍の言葉を遮り、勢いよく彼女の手を掴む。それを確認すると玲依冴は女子生徒を抱えたまま歩き出し、リツも後について行く。

 リツに手を引かれた奈ノ禍も、仕方なく歩き始める。

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