第6話 シャボン玉の少女
――どうして、こんなことになったのだろう……。
息を整えながら旋は、これまでの経緯を思い返す。
リツと
奈ノ禍
「二手にって言われても、あーしはリッツーから離れられないよ?」
「まさか、旋にぃ……ジブンは一人で魔王城に向かうなんて言わないっすよね?」
当然、リツは兄の勝手な行動を許すはずもなく……地面を蹴って、旋の背中に飛びついた。
「一人で行動することがどんなに危険か分かってないんすか!?」
「分かってるけど! 全員で行動してたら間に合わないかもだし!」
「ちょ……二人共、喧嘩してる場合じゃないっしょ!」
こんな感じで一悶着ありつつも最終的には、意思を曲げなかった旋が単独行動を取る事となった。
「第一ゲームを仕切ってる“恐怖のテンシ”は自分より弱い相手に対して、かなりなめてかかる。それから恐怖する顔を見るのが大好きで、十分に怖がらせてから捕えるなんて悪趣味なコトもする。だからちょこっと怖がるフリをして路地に逃げ込めば、
ムスッとしているリツの頭を撫でながら、奈ノ禍はテンシの性格や遭遇した際の対処法を教えてくれた。そのおかげでテンシに見つかったものの、なんとか逃げ切った、のだが……。
襲われている男子中学生を偶然、目撃した旋はその子を助けようと、近くに落ちていた石をテンシに勢いよく投げた。更には謎の変顔をして、テンシを挑発する。
「おい! テンシ野郎! 勝負しろ! まさか逃げる気じゃないだろうな? この腰抜けテンシ!」
誰かを挑発した事などない旋は精一杯、ひねり出した言葉でテンシを煽り立てる。
果たしてこんな見え見えの挑発に乗ってくるのだろうか……。そう不安になったのも束の間、テンシはあっさりと標的を旋へと変更した。
テンシは棘を地面に刺しながら移動し、確実に旋との距離を詰めていく。
やばいと思った旋は入り組んだ路地へ逃げ込み、ひたすら走り続け……今に至る。
――どうして……うん、全部、ジブンの
回想を終えた旋は目を閉じ、自分自身の行動に思わず苦笑いを浮かべる。とは言え、どの行動に関しても後悔はないため、気持ちを切り替えて慎重に魔王城を目指す。
あともう少し。いつの間にか、テンシの声も聞こえなくなった。きっと近くにテンシはもういない。この路地を抜ければ、魔王城の前まで辿り着く。そう思い、路地を出た旋と魔王城の間に、先程のテンシが上空から音もなく降り立った。
複数の棘と二つのハサミが、旋に向かって伸びてくる。開いたテンシの体から覗く鳥のような顔は、ニタニタと笑っていた。
全てがスローモーションに見える。正面からだけでなく、横や後ろにも棘が回り込み、旋に逃げ場はない。両親、友人達、この島で出会った奈ノ禍や兄妹、最後に笑顔のリツが頭に浮かび、旋は乾いた笑みをこぼす。
「ごめん、リツ……」
旋がそう呟いた瞬間、複数のカラフルなシャボン玉がテンシ目掛けて飛んできて、爆発する。その直前に、旋は地面から出現した巨大な白いシャボン玉に包み込まれ、爆発に巻き込まれずに済んだ。
棘やハサミを失ったテンシは焦げた体を微かに震わせ、残り少ない羽を消費して回復を試みる。そこに追い打ちをかけるように、飛んできた巨大な黒いシャボン玉がテンシを閉じ込めた。
「ばーん」
可愛らしい声を合図に、テンシの体は圧力をかけられたようにベコべコに
旋が声のした方を見れば、ダークブラウンの髪を菜の花色のリボンでツインテールにした、小柄な少女が立っていた。非常に幼い顔立ちだが、ジャンパースカートタイプの制服を着用している事から、彼女は高校生のようだ。
少女はテンシの残骸から種を拾い上げるとポケットに仕舞い、旋の方を見た。そして少女がポンと手を叩くと、旋を包み込んでいた巨大な白いシャボン玉が割れる。
「助けてくれて、ありがとう」
旋は少女と向かい合い、頭を下げる。すると、少女はなぜか背伸びをして、旋の頭をポンポンと撫でた。
「えっと……」
「あのね、あなたに聞きたいことがあるの。いい?」
「へ……? うん、いいよ」
旋は戸惑いつつも、中腰になって少女と目線を合わせ、質問を受ける姿勢を見せる。
「わたし、偶然、見てたの。あなたが男の子を助けるために、テンシをからかっているところ。どうして、お友達でもない子を助けたの?」
「う~ん……正直、見て見ぬふりは出来なかったとしか言えないかな」
「ふ~ん……じゃあもし、さっきの子とあなたの大切な妹、どちらかしか助けられない時はどうするの?」
少女があまりにも真剣な瞳で問いかけてくるものだから、旋はしっかり考えた後に、答えを口にする。揺るぎない瞳で、少女を見つめて。
「あの子には悪いけど、妹を助ける。ジブンはヒーローじゃないから、大切な人を優先する。ところで、どうして妹がいるって知って――」
「やっぱり大切な人を助けるよね。答えてくれてありがと。わたしは
乙和と名乗った少女に話を遮られ、旋は目をパチクリさせながらも「ありがとう」とお礼を言った後に、ん? と首傾げる。
「妹のことだけじゃなくて、どうしてジブンの名前まで知ってるの?」
「関係者の身内だからだよ?」
「へ……それってどういう……」
「あ、そろそろ行かなきゃ。バイバイ、旋くん。また会お?」
「う、うん……またね」
乙和は不意に何か思い出したように、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら、その場から離れていく。彼女のあまりのマイペースさに旋は少しばかり困惑しつつも手を振り、小さな背中を見送った。
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