第20話 ヴァルクロプス
古くからは魔人の塔。
なぜそう呼称したかは不明。
現在は魔導士の塔。
その塔は長年封鎖されていた。
一般人も、各国の権力者でさえも近づくことはない。
冒険者でも、盗賊でも近づくことは許されぬ地。
伝承のように、伝え聞くことは膨大な魔の力に満ちていることだけであった。
人工建造物でありながら、閉ざされた秘境。
魔力の宝庫とも聞いている。
その最上階に足を運んだ三人の人間の名がある。
剣士バキ、魔法使いルク、賢者フレリッド。
息づく彼らの面前に、その目的となる者が横たわる。
名はヴァルファー。
クロニクルの城下を火の海にした張本人である。
その折に神の一族、または神そのものであるかのように自称したという。
◇
「名はヴァルファーといったな。まことに神か?」
巨躯の魔物ヴァルファーに向けて、フレリッドが問いかけた。
とどめを刺そうと主張するバキ。
フレリッドはバキの前にでて、自分の腕を水平に差し出した。
「待て」という意思を示したのだ。
「話をしようというのか、コイツと?」
「この国を狙った理由があるなら、これで終わるとは思えない。何者かを知る必要があるのだ。もし、援軍が駆けつけたらどうする?」
見た所はひとりだ。
だが正体と目的を探る必要がある。
この国の犠牲はあまりにも大きい。
このままひと思いに殺傷するのは軽率である。
そして仲間がいれば厄介なことになると、フレリッドはバキに理由を示す。
「一理あると思うけど、弱ったふりをしてたらどうするんすか?」
バキは一理あると思う反面、対峙したことのない敵に油断は禁物と答える。
ちらりと後方に目を配った。
ルクを見たのだ。意見があるだろうと。
「その時はお前さんが、狩ってくれりゃあいい」
国を守ろうと立ち上がる者の応援に来たのだ。
バキはルクの言葉にそっと肯いた。
魔物の方へに向き直り、眉根を寄せた。
「おい、お前っ! 下手な悪あがきをしたら、容赦なくとどめを刺すからな」
バキは横たわる魔物に憤りながら告げ、フレリッドに視線を送る。
「バキよ、協力感謝する」
バキの剣先は変わらず魔物の首筋に突き付けられたままに。
「問われたことに答えるつもりがあるなら、今すぐに話すがいい!」
再度、ヴァルファーに問いかける声が塔内に鋭く響く。
犠牲になった民たちの気持ちを代弁するようにフレリッドは語気を強めた。
魔物の口元がピクンと動く。
「我が神か……と。……ふぉっふぉふぉ…」
地鳴りのような低い声。
呟くように、笑う。
「その笑い声、あの日の朝に聞いたときより、確実に勢いがない。いまや虫の息とは
「お前のような者には理解できぬ……我の苦しみなど」
苦しみだと?
叩かれる側になり、体が痛み、死を目前に息が苦しいとでも言うのか。
「貴様の苦しみとは何のことだ……我々に何の恨みがあるのだ?」
「たわけが、恨みしかないわ。……そもそもこの塔はなんだ? こっちが聞きたいというものだ。我は……気づけばここに、飛ばされていたのだ」
「この世界を恨んでいるとは!? 気付けば飛ばされていたとはどういう意味なのだ?」
「飲み込みが悪いのだな人間とは。──何者かを問う時点で、我の姿を見たことがないのだな。ならば……こちらの世界には我が種族がいない、とういことだろう」
やつの言っていることはわかる。
三人は、「それはそうだが」と互いに目を見合わせる。
「我の頭部に角があるだろう。目もこのようにひとつで大きい……」
自分の容姿について触れた。
「魔物なら数多く見て来たが、怖くなんかないぞ。大抵そんなもんだろ」
バキが口を挟んだ。
「やはりな。……我は魔界において、一つ目の巨人と称される、本来サイクロプスという種にあたる。だがそれには翼はない。翼を得られる種は魔界の神ヴァルファー様の意思の下に動く特別な者だけだ」
「なにほざいてやがる? お前がそのヴァルファー様じゃねぇのかよ!」
「……」
バキの反応はもっともだ。
ルクもフレリッドも食い入るようにやつに訊いた。
益々、詳細を知らねばならないと。
「魔界の門番だった我の頭上に、ある日、激しい落雷があった。魔界の門にあたるダークホールというゲートがある。そこと、ここは繋がりを持った場所のようだ。我が現れたあの日だ。こちらでもなにか天変地異があったのではないか……」
その言葉にフレリッドが大きく顔色を変えた。
「ま、……まさかっ!? あの地震のことをいっているのか?」
「フレリッドどの、例の地響きがあの封印を解いたというのでしょうか?」
フレリッドには何か心当たりがあるようだ。
青ざめたフレリッドに気づけず、後方からルクが意見をした。
バキは剣を握る指先の力を弛めることなく、魔物をたしなめる。
「おいおい、それ自然災害だろ! そもそもってどういう了見なんだよ。てか、ここが何かは俺もよく知らんのだが」
バキは、塔の事情を少なからず知っているであろうルクに目をやる。
「なんて目をして見つめるのじゃ。わしだって地震に原因があるかと問われてもわからぬ。だが、この塔には『女神のルーン』が奉納されていたはずじゃ」
「それが、封印されていたモノなのか。一体なんだそりゃ?」
バキとルクの会話に魔物の耳がピクンと動く。
「やはりな。……異なる神のチカラが働いていたのか。うっぐ……ゲホゲホ」
魔物の傷は致命傷だったようで、血を吐き出した。
「おい、まだくたばるな! まだ知りたいことがある」
「どうやら演技じゃないみたいだね」
フレリッドが慌てて言うと、バキが感想を付け加えた。
後方から声がした。
「こやつの傷を少し癒しますか?」
ルクがフレリッドに向けた。
だがフレリッドは首を横に振る。
フレリッドも魔力がギリギリで尽きたのかもしれない。
これ以上、奴と相まみえるのは危険だから止めておこうと。
ルクも回復させてまで話を聞くのは無茶だと理解した。
「ルク、馬鹿も休み休みになさい」
「うむ。もう虫の息じゃ。話ができる状態じゃなくなってきたのう」
何も具体的なことが聞き出せていない。
種族名が、サイクロプスということぐらいしか。
魔物がゴロリと身体を起こす素振りをみせる。
手の指先を必死にどこかに向けているようだ。
「我はもう長くない。お前らに残すことになろうとは……」
魔物はそう言い残し、そこで息絶えた。
「おい、デカブツッ! しっかりしろ……てのもおかしいかな。俺達が討伐しにきたんだもんな」
「致し方ないじゃろうな」
「あいつ、どこかを指差してなかったか?」
「ああ、なにかを残したと確かに言いおった」
壁際を見た。
ちいさな本棚を見つけた。
これといって書物はないが、そこには一冊の日記が置いてあった。
「あやつが書いたのかの?」
「だろうよ。賢者さま、賢者さま。これ読んで、読んで!」
「すみませんなあ、バキは読み書きがちぃと苦手でしてのう」
フレリッドは、二人が見つけた日記を手に取り、目を通した。
これは大きな手掛かりになるかもしれないと開いた。
その表紙には、こう記されていた。
『ヴァルクロプスとして誇り高く』
ヴァルクロプス、それが奴の名前なのだろうか。
魔物の死体を横目に三人が日記の内容に息を飲んだ。
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