第6話 捜索
クロニクルの領土へ突入する。手前から見えていた雑木林のなかを、2人は和気あいあいと突き進んだ。
深い樹海のなかでもないため、間もなくそこを抜ける。駆け足というのでもなかったが、2人の足はまるで救助犬のように山道の起伏をものともせず、軽やかで迅速だった。
舗装のない山道をぬけると、足元がしっかりとした堅い石畳を踏みしめるようになった。町についたようだ。
兵士の言葉通り、広範囲に多くの家屋が軒を連ねる様子が見えた。
「ここが、兵士のいっていたサクレノになるのか?」
街並みをザックリとその目で見渡すと、バキがそう漏らす。
ルクも見渡す動作を素早く行うと、その様だの、といった。
「たしか、戦禍に飲まれたんだよな? 大地震が起きて物が散乱しているって感じはするけどねぇ」
国が壊滅したと聞かされていた。なのに想像していたほどの被害に遭った形跡が見受けられない。街並みはしっかりと原型をとどめていた。
バキの言わんとする意味は心得ている。涼しい目を見せてルクが前に出る。
「バキよ。背後は林だ。この地点は町外れに過ぎん。相手が怪物だろうと意思を持って街を襲うのなら、こんな隅っこからにするだろうかの」
「あっそうか。もっと踏み込んだ中心部で暴れたってことだな」
「そうじゃ。中心部は火の海になったそうじゃ。おそらくその辺りは瓦礫の山となっておるだろう。──わしらは、ちょうど良いところに出くわしたようじゃな」
ルクがいう、ちょうど良いところ、の意味が不透明だったバキが首をかしげる。
「なにが?」
「考えても見ぃ。街が原型をとどめておる場所があるのはそこの被害は最小限だった証拠じゃろ? 生存者が残っておる可能性はあると、わしは見た」
あっそうか、と二度も言わされるのが悔しいと顔には書いてあるが、
「そういうことなら、手分けして生存者を探してみるか」
クイクイと指先を動かしてルクに指示を出す。
俺は向こう側を当たってみるから、ルクはそっちを頼むとその場を仕切り、バキは早々に民家に向けて走り出した。
「やれやれ。まあ、事を飲み込めれば即断してくれるのは頼もしいことじゃの」
バキの姿があっという間に街のなかへ消えた。急きょ、別行動を余儀なくされた。
一人でポツンとその場に置いていかれるのは、ルクにとってもなんだか出し抜かれたようで悔しい。バキが駆け出していった方に目をやると顎下を軽く指でなぞってつぶやく。「この場所での人探しを舐めておると無駄骨、折ることになるぞい」不敵な笑みを浮かべて、ルクはゆっくりと慎重に歩き出した。
──誰にも胸の内にひとつやふたつ、他の誰にも易々と語れない弱い生き物を飼っている。
そいつはすでに手に負えないほどの傷を負い、怒りや悲しみに身悶えしながらいつも胸の片隅で震えているのだ。その実、癒しを求めてその者の胸の内側を食い破る勢いで、時折り身を抉るのだ。
誰かを守れる強さを生まれつき持ち合わせている者などいない。
そのような強さがあるのなら、その哀れな生き物を救済できるのだ。その哀れな生き物は他人のものを奪わなくとも、羨まなくともいい。人は生まれながらに屈強であり続けられはしない。だからこそ、その身と心を錬磨する必要があるのだ。
たとえば、胸の内に棲みつづける生き物が、その身を食い破って他者にとっての害獣とならぬように。
さらに例えるなら、その生き物と己自身は光と影。あるいは表裏一体というものである。
人は生まれながらにして屈強ではなくとも、愛し、愛されたいと願ってしまう生き物だ。しかしながら、愛に恵まれぬ者はいつしか己のなかに他者の愛を喰らい尽くさんとする醜い生き物が生まれてしまっても仕方がないと思い込むようになるのだ。
異界の怪物により、蹂躙された哀れな国家。雪原のクロニクル。
わずか数日前に起きた悪夢とともに滅んだとされる町。
生存者がいること、無事である民が手掛かりを与えてくれることを望みながら。
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