第5話 戦乙女と斧騎士の思惑

「おっ、どうやらオッサン達、始めたらしいぜ」


 ランチアはベランドナの風の精霊術、風の便りでラファン山中側の戦闘が始まった事を聞いてそのまま口にした。


 戦いと聞けば途端とたんにテンションを上がるのがこの男である。


「そ、そうかい……」


 それを聞いたプリドールの顔は、なんだか浮かない。ランチア率いるラオの槍騎兵そうきへい40は既に砦の真後ろに辿り着きつつも、出撃のタイミングを見計みはからっていた。


 しかしそれ以上に眼前に映る光景にプリドールは尻込しりごみしていたのだ。この砦の後ろには断崖絶壁だんがいぜっぺきがあると初めから聞かされていた。


 カノンに入ってから途中まで道案内をした老人にたずねた処、その崖を馬で下る事はの骨頂であり、そんな無謀むぼうな行為に手を貸す気はないと答えた。


 なれど老人と共にいた孫の少年は違った。彼はこう告げたのだ。


「馬で降りた事はないけど、鹿が降りてゆくのを幾度いくども見ている」


 それを聞いたプリドールはニヤリッと笑いこう返した。


「鹿が降りられる? じゃあ馬が行けない道理はねえなあ?」


 この彼女の軽率ともいえる一言がこの進軍を決め、老人に代わりその少年を馬に乗せて此処まで案内させたのだ。


 そして実物を見るなりプリドールは絶望感に支配された。これは絶対に無理だ。自分が無謀過ぎたと落ち込んでいる処なのだ。


 一方、ランチアはこの崖を少年の案内で詳細に観察した。確かに足跡らしいモノがある。400mはありそうな断崖絶壁。これを背後にした砦の主人は実に頭がいい。


 しかし本当に果たしてそうなのか? 彼の冒険心はくすぐられていた。


 ◇


 ラファン山中の戦闘。ジェリド率いる本隊と一番大きな石塁せきるいとの戦いは膠着こうちゃく状態であった。


 此方側は約100。相手の総数は不明だが元々砦にいた数が100前後という情報に変動がなければ、此方に回しているのは多くてもせいぜい40といった処か。


 はっきり言ってこの戦闘も人数だけ見れば小競り合いだと言える。


 しかし実際の戦闘は実に激しさを増していた。石塁の規模もそうだが、何よりも敵一人の強さが尋常じんじょうでない。


 力・技、その全てにおいて一人で此方の三人を相手にしても釣りがくる。


 そして何よりも厄介やっかいなのが、敵は元味方という事実に皆が気づき、真剣に戦う事が難しくなった事だ。


 そこへ新たにファグナレン隊がとした塁の生き残りが加わった。恐らくさらにベランドナが墜とした分も、間もなく追加される事だろう。


 彼女を加えた部隊が負ける筈がない。ますます本隊の争いは苦戦を強いられるに違いない。


 だがこの2隊は勝利したら振り返る事なくラファン砦攻略へ向かう様に厳命げんめいされている。


 この一連の流れ、実はジェリドの描いたシナリオ通りに進んでいた。本隊は出来る限り砦の戦力を此方に向けさせて、あわよくばさらに此方へ引きずり出す。


 その間に動きの良い精鋭せいえい部隊とラオの遊撃隊が本丸を攻め落とそうという動きなのだ。


 ◇


 そのベランドナを含む30は砦に最も近い方角に向かう道を進む。


 彼女はこの30人全てに自由の翼を既に与えており、うち彼女を含む5名には精霊『戦乙女ヴァルキリー』も付与済だ。


 この戦乙女ヴァルキリー、元々は勇気の精霊とされ、何者にも恐れぬ勇気を与えられた者は、自らの本来の力を完全に引き出すといわれる。


 ベランドナ隊は先ずこの5人が先陣で空を低空で飛びながら進み、残った連中は少し離れた後ろで矢が届きにくそうな比較的高い所を飛んでいる。


 塁からこれを見た敵は先ず後ろの連中を弓矢やボウガンで狙いを定めた。


 その程度の高さなら此方の攻撃が届くし、弱い敵から削り落とすのはごく自然の選択だと言えた。


 しかし放たれたモノはことごとく見えない何かに防がれて、墜とされる者はいなかった。


 ベランドナの風の精霊による守護がかけられていた。この程度の人数ならこれも一度にこなす程の実力を彼女は持っている。


「炎の精霊よ、我が脚に宿れっ!」


 ベランドナはさらに自らの精霊付与エンチャントを増やすと、一度を地面を力強く蹴り、誰よりも速く敵陣のど真ん中に跳び込んだ。


 彼女は元々弓矢による攻撃を得意とするが、実は身体能力自体が高く、格闘術も造作ぞうさもない。


 弓やボウガンを持っていた連中に襲い掛かったので、相手は武器を持ち替える動作すら許されずに全滅した。


 その長い金髪をなびかせつつ、炎の蹴りを見舞う姿は形容けいようする語彙ごいが見つからない程に美しい。

 ファグナレンの無駄のない演舞えんぶにさらに美麗びれいを上乗せしていた。


 飛び道具を失った敵陣に先ず戦乙女がかかった4人が悠々ゆうゆうと続く。彼等の主兵装はレイピアや片手持ちの出来るバスタードソード。


 ファグナレンの兵にも言える事だが、ジェリドはこの別働隊に何れも機動力を重視している様だ。守りではない一点突破を狙っての布陣であろう。


 敵も剣で応戦するし、謎の人間離れした剣技はここでも健在なので、そう易々やすやすとはいかないのだが、ベランドナの風の精霊守護はまたも如何なく発揮され、敵の剣は味方に届かない。


 こうなっては敵が攻勢に出られる事はない。此処で戦乙女ヴァルキリーがかかっていない連中が空からの攻撃を始める。何と彼等はボウガンを背中から取り出した。


 この元フォルデノ兵の兵装の多彩さには驚かされる。戦斧、ダガー、手槍、レイピア……およそ騎士の主兵装とは思えない。


 とにかく剣を主兵装とする敵が、同じ剣技で抑えられつつ、空から一方的に飛び道具で狙われてはどうにもならない。


 ベランドナ隊は一人として手傷すら追わずに敵を掃討そうとうした。逃げおおせた敵すら皆無の完全勝利だ。


「まあ、こんなものでしょう」


 ベランドナは涼し気な顔で勝利の余韻よいんひたりすらしなかった。


 戦闘開始2時間後にはファグナレン隊とベランドナ隊は、ほぼ無傷で合流を果たし、即座に砦への進軍を開始した。


 もっともジェリド自身、此処で終わるつもりはないのだ。彼には既にさらなる追い風の準備があった。


 エドル神殿の際には全く振るわなかった元フォルデノの兵士達が、ジェリドという有能な上官とベランドナの支援により、敵を圧倒し始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る