海人が魅せる一ノ谷の合戦【ローダ・スピンオフ】

🗡🐺狼駄

第1話 元・フォルデノ城の騎士

 アドノス島の最北にあり、目と鼻の先にある大国エタリアからこの島を守る最重要拠点である要塞都市フォルテザ。


 此処から一隻いっせきの軍艦が、たった二人の男女を移送する為に出航した。その後から物語は始まってゆく。


「んっ? ちょっと待て! 彼奴等が船を使ったって事は、俺達は陸を往くのかぁ?」


「……何言ってんだ団長。あったり前だろ」


青い鯱あおいしゃち』の異名を持つラオのハルバード使い。『ランチア・ラオ・ポルテガ』はりながら頭を抱えた。


 その隣、『赤い鯱あかいしゃち』と呼ばれるランス使い。『プリドール・ラオ・ロッソ』が、ひじをついて実にあわれそうな目を向ける。


 二人共、いざ戦場となれば異名通りに青と赤の全身鎧フルメイルで、先陣切って暴れ回る槍使いだ。


 ミドルネームに地名のが入っているのは、その自治区で最も優秀な者である証だ。


「だってよぉ、俺は元々漁師。海の男よっ! それなのにまた馬上かよッ!」

「アタイは元々、馬上槍ランス突貫とっかんする騎士だから望む処さ」


「あ、二人共、大変言いにくいのだが……」


 騎馬の話題でさわぎ立てる二人に、186cm、39歳。この中で最も隆々りゅうりゅうたる身体をほこ戦斧バトルアックスの騎士。

 『ジェリド・アルベェラータ』が、身体に似合わず小さくなりながら告げる。


 その実力は折り紙つきであり、元・ラファン自治区の総司令。彼のミドルネームにの文字が入っていないのは、彼自身が丁重ていちょうに断ったからである。


「ラファン自治区は、そのほとんどが山だ。船はおろか、その馬ですらお役御免やくごめんの場所も多い」


 実に当然の事をまるで罪人の様に、今さら伝えなければならないのは辛い処だ。


「…………」

「ま、まあ、アタシは勿論知っていたけどねっ!」


 ランチアは言葉を失い、プリドールの方は、強がりなのか冗談なのか、何だか良く判らない。


「ハイハイッ、そこふざけていないでラファン奪還だっかん作戦の会議中ですよ」


 見兼みかねた学者『ドゥーウェン』が、手を叩いて、此方を見る様にうながした。


「ふ、ふざけてなどおらんよ」


「あ、はい。大変失礼しました。ふざけてるのは青の海豚いるかさんでしたね」

「い、イルカじゃねえっ!」


 そう、ジェリドは決してふざけてなどいない。彼は地元を占拠せんきょした最も憎むべき敵。

 黒騎士マーダ率いる『ネッロシグノ』より我が故郷を奪還だっかんすべく、これまで以上に気合が入っている。


 本来なら自由騎士を望む彼が、本作戦の総司令を引き受けた事でもうかがい知れる。


「と、処でジェリドさん。本当にこの面子メンバーで?」


「ああ、そうだ。俺と元・フォルデノ兵200。それに青と赤シャチが率いるラオの槍兵40。それから君には大変申し訳ないが、ハイエルフのベランドナを随伴ずいはんする」


ベランドナをお貸しする事は構いません。ただ…『森の天使リイナ』は、本当に此処フォルテザの守りにして宜しいのでしょうか?」


 リイナは可愛い顔を真っ赤にしてふくれ上がっている。14にして戦之女神エディウスの天才司祭。彼女を置いてゆくという事は、回復役ヒーラー不在を意味する。


 さらに言えば彼女はジェリドの一人娘。ラファンを救いたいという思いは、父におとらないのだ。


 そしてベランドナ。普段の彼女はドゥーウェンをマスターと呼ぶ程に傾倒けいとうしてしている。


 言わば普段、自分の元にいる者同士を交換する様、ジェリドは要求しているのだ。


「リイナの絶対魔法防御アンチマジックシェル。あれがなければ今度こそやられるぞ。学者殿ドゥーウェンは、身に染みた筈だ。この間の第4の魔女フォウの襲撃で」


「あ、はい……そ、それはもう勘弁かんべんです」


 ドゥーウェンの顔が青ざめてゆく。どうにか退けたものの、二度とあんな危ない橋は渡りたくない。


「で、リイナさんの詠唱えいしょうさまたげないために、侍大将サムライマスターガロウさんも置いてゆくという訳ですね?」


「構わねえが、俺抜きでを抜けられるのかい? いくらアンタが山の男でも容易よういじゃねえぞ」


 示現流じげんりゅうのガロウ。彼程の豪胆ごうたんが歩いている様な者が心配している。


 それ程にフォルテザ、そしてそれを囲うエディン自治区の南にある自然の要害ようがい、アマン山の森は深いが、彼だけはその道なき道を熟知している。


 そこをジェリドの軍200は、潜って敵の砦を目指す算段さんだんなのだ。


なあに、それこそ心配無用。ハイエルフは森と友達であろう」

「無論、道など知らずともひらく事は容易たやすいです」


 ジェリドの期待がこもった笑顔に、顔色変えずにベランドナはサラリと答えた。


「ただ、いよいよ馬は使えなくなりますが…」

「げぇぇ、ま、マジかよ」


「構わない。ランチア、君達は好きな道筋ルートからラファンとカノンの境界線にある砦を攻略してくれ。但しラファンの街を通る事だけは、まかりならんぞ」


 いよいよドン引きするランチアにジェリド総司令は、制限付きだが自由を与えた。その方が彼等は思わぬ働きをしてくれると信じている。


「よしっ、ではこれにて解散。明朝4時、陽の登らぬ内に出立する。フォルデノ兵は、私が言った通りの装備を整えておくように」


 閉会、既に夕刻を過ぎようとしていた。

 ジェリドが大広間を出てノシノシと廊下を行く。その足に物音を立てない歩みでベランドナが長い金髪をなびかせて追いつく。


「相手の話だな」


「はい、誠に無能で恐縮ですが、私の精霊探知でつかめた情報はごくわずか。ただ全て人間の兵士である事は間違いございません。約100といった処」


「いや、それだけでも有難ありがたい。流石としか言いようがないな」

「ただ…」


 ベランドナの顔色が暗い。冷静沈着で物事に動じない彼女にしては大変に珍しい。そして小声だ。余程周囲に聞かれたくないらしい。


「な、何か気になることでも?」


「はい、彼等は恐らく貴方と同じ、元フォルデノ城の騎士。しかも鎧がでした」


「な、ば、馬鹿な…マーダの前に敗走し、生き残った兵達もエドル神殿の守りに全て使ったと、本人達から聞いているのだ」


「そうです。それが得体が知れないという事です。しかし間違いなく砦には、これ見よがしにフォルデノの赤い竜の紋章を描いた旗が…」


 赤い竜の紋章、それはジェリドが国を抜けた際に鎧から削ったものだ。


「まだ生き残りがいるのか。なれど黒でなく白の鎧…。まさか無理矢理ではなく忠誠を誓っているというのか。あのマーダに!?」


 8ヶ月程前に辛酸しんさんを舐めさせられた相手に、服従ふくじゅうではなく忠誠ちゅうせいを誓う。


 黒色の鎧であるならまだ判る。無理矢理マーダの私兵にされた連中ということだ。


 だが白い鎧だと正規のフォルデノ兵であることを意味している。忠誠を誓っているとはそういう意味だ。


(あ、有り得ん事だ…俺の知っている奴なのだろうか?)


 ジェリドは途端に気が重くなった。エドル神殿に続き、またもやくつわを並べた仲と殺し合いをしなければならないという事に。

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