記憶を共有できる地球の僕と異世界の私の日常はどうやら普通じゃないみたいです 〜現代知識を使って便利な暮らしを追い求めていたら、なぜか国を作ることになりました〜

高坂静

第1話 これのことは母さんに内緒にしてもらえないか?

「うぅ、ドキドキしますぅ」


「ああ、やべえな。手が震えてやがる」


 私だって人の向けて撃つのは初めて。さっきからずっと手に汗がにじんでいる。


「ちっ、やっぱ決裂したか」


「わ、わ、大変です。奴らこっちに向かってきます」


 怒声と馬の鳴き声とひずめの音が一緒くたになって耳に届く。


 ここでやらないと、大切な人たちを守れない。

 汗を拭きとり、できたばかりのクロスボウを構える。


 練習してきたんだ。やれる!


 馬の速度、風、そしてこの子はちょっと右にそれるから、少しだけ左を狙って……

 人を殺す技術、これ以上そんなものをこの世界に広めないために!


「おい、ソル!」


 引き金を引く。


 当たれぇぇー!




〇(地球の暦では5月3日)??



 目の前がだんだんと明るく……

 うーんと一伸びして起き上がり、羊毛の布団を折りたたむ。

 地球でもこちらでも朝日と共に目が覚めちゃうな。


「テムス、朝だよ」


 隣の弟に声を掛ける。

 反応がない……スースーと寝息が……

 この春10歳になったばかりだから寝かせてあげたいけど、こっちじゃそうもいかない。


「ほら、テムス起きて」


 今度は体を揺らしながら声を掛ける。


「ふわぁぁ、朝? んー、ソル姉、おはよう」


 寝ぼけまなこのテムスを連れ、台所の横にある井戸に向かう。

 東の山の方が明るくなってきた。そろそろ日の出だ。


「顔を洗って、仕事をしよう。今日もいい天気だよ」





 中庭の洗濯物を干してないスペースに、わらで編んだむしろを敷く。そこに平たいかごをいくつか置いて、昨日収穫したばかりの薬草を並べる。今日は天気がいいから、よく乾きそうだ。


「ソル、手は空いているかい?」


 中庭に繋がっている診療室の扉が開き、父さんが顔を出した。


「うん、後は干すだけ、何か手伝うことがあるの?」


 今は太陽が傾きかけているから、お昼を過ぎたくらいかな。地球なら学校で昼休みを満喫している時間だけど、こちらでは、子供も仕事をしないと食べていけない。5歳年下のテムスも薬草畑で母さんの手伝いをしてるはずだし、私ができることなら何でもやらなくちゃ。


隊商たいしょうが来たらしい。ついてくるかい?」


 隊商!!!


「行く!」


 隊商とは、地球ではキャラバンと呼ばれることもある行商する人たちが集まった隊のことで、お店なんかないこっちの世界で生きていくために必要なものや、情報を運んでくれる大切な存在。だから、隊商が来た時にはとにもかくにも行くことにしているの。たまに地球でも見たことも無いようなものを運んでくるから、いつ見ても飽きることが無いんだ。


 父さんの操る馬に乗って村の中心部にある広場まで向かうと、隊商の人たちがむしろを敷いてその上に商品を並べ始めていた。


「一人で見てきてもいい?」


 父さんに断りを入れ、広場を歩いて回る。

 村の人が集まっていない今ならまだ掘り出し物があるかも。

 ほら、この人形なんて……えーと、人形だよね?


「あのー、これは?」


 緑色が目立つ服に身を包んだ行商人のおじさんに声を掛ける。


「嬢ちゃん、目ざといね。これはほんとにおすすめだよ。なんてったってこれが一つあれば、家に盗賊がやってこないという代物だ」


「本当ですか! それはすごい!」


 日本と違ってこちらの世界は治安があまりよくない。それに、国というものがなくて警察も軍隊もいないから、盗賊が出たら自分たちで何とかしないといけない。だから、もしこの人形が本物ならみんな欲しがると思うけど……この人形を置いてたら、盗賊が近づかないってことかな……原理は何だろう?

 手に取って眺めてみる。

 うーん、さっぱりわからない。こちらの世界も地球と一緒で魔法のようなものはない……ような気がするから……気休め?


「欲しいときは声を掛けるんだよ。取っといてあげるから」


「はい、先に一通り見てきますね」


 人形を元の場所に戻し、他の人の商品を見てみる。


 ……いつものように織物が多めかな。このあたりではどの村でも羊を飼っていて、羊毛を染めてそれを織って売ることが多いんだよね。もちろん、私の家でも織っているけど、違う人が織ったものは色合いや柄が違うから惹かれちゃうんだ。


 でも、今回はめぼしいものはなさそう。村人も集まって来たし、そろそろ……


「お、ソルちゃんじゃねえか」


 父さんのところに戻ろうとすると、後ろから声を掛けられた。

 えっと、このおじさんは……この髪型に服の色は……そうだ、この隊商の、


「隊長さん。こんにちは」


「今日は村長むらおさは来ているかい?」


「父さんですね。すぐに呼んできます!」


 父さんはこの村の村長。隊商の隊長さんが父さんに用事があるということは、何か伝えたいことがあるに違いない。






 父さんと隊長さんは、邪魔が入らないように広場の端っこに移動した。


「村長、ちょっと小耳に挟んだんですが……」


 私も近くで耳をそばだてる。情報は大事。場合によっては地球の仲間たちと相談しないといけない。


「なんと! 水が……それで?」


 み、水?


「村長、あっしらもやっとのことでここまで来てまして……」


 私たちが住むカイン村は、東西に延びた盆地の東の奥に位置しさらに標高も高いところにあるから、隊商の人たちが来るのは大変だと思う。うちの村の隊商以外で来てくれるのは、この隊長さんのところと隣村の隊商くらいしかないんじゃないかな。


「おお、すまない。今日は、何がおススメなんだい?」


「そうですな……村長、すいやせんがこちらに来てください。これなんかはどうですか? この広さでここまでの細工があるものはなかなか見かけませんよ」


 私たちは、若い行商人の前に広げられている大きな絨毯の前に案内された。


 ほぉー、赤地にこれは羊の柄かな、模様も色鮮やかでハッキリとしていてキレイだ。かなり手間がかかっていると思うけど、これ地球で買ったらどれくらいするんだろう。こっちに機械なんてないから、当然手作りだし……


「ふむ、なかなかの出来だね。これはいくらかな」


 父さん、買う気なの? 高そうだよ。


「村長、この広さになると運ぶのも大変で……」


 隊商の人たちは馬やラクダに荷物や商品を積めるだけ積んで、自分たちは歩いているって言っていた。この広さなら馬に括りつけるのも大変だったろう。


「もったいぶらずに言ってくれ」


「わかりやした。いつも村長にはお世話になっているから、まけにまけて麦15袋でいかがでしょう」


「15袋か……」


 こちらの世界にはお金がない。なら、買い物をするときにどうしているかというと、なんと物々交換!

 ただ、値段というか交換するものを闇雲に決めているわけじゃなくて、一応基準になるものがある。それは麦。麦一袋が大人が食べる10日分だと言われているから、地球の重さでいったらだいたい5キロぐらいかな。それで何個分の価値があるかで取引をしているんだ。

 それを15袋だからかなりの高額なんだけど、手間暇を考えたら高いとも言えないか……


「わかった。支払いはいつもの薬でお願いしたいのだが、少し勉強してくれるかい」


 いつもの薬と言うのは婦人薬。危ないのじゃないよ。うちはまっとうな薬師(医師兼薬剤師)の家系で、麦を作ってないからこういう時は薬で支払わせてもらっている。薬一袋の量を麦一袋分に調整しているから計算もしやすいしね。


「毎度あり。ちょっと待ってください」


 隊長さんは若い行商人と相談をしているようだ。


「村長の薬は評判がいいから12袋でいいですよ」


 うちの薬の評判がいいって言うのは嬉しい。私も月のものが来るようになってから母さんに言われて飲むようになったけど、楽になったし万一の時に安心だから。


 でも12袋か……結構まけてくれているけど、また薬草を摘みに行かないといけないな。







 絨毯が括り付けられた馬の横を父さんと並んで歩く。


「買っちゃったね」


 手綱を引く父さんは何か思案顔。


「ああ……」


「どこに敷くの?」


 家のどの部屋にも絨毯があるし、そうそう傷むものでもない。


「ま、まあそれはあとから考えるとして、いいものだったろう?」


 うんと頷く。

 確かに、いいものではあった。


「それに、有益な情報も得られたじゃないか」


 情報か……


「ねえ、それって間違いないの?」


「ああ、あの者たちが私のような村長に伝える情報は確かなものが多い、そうしないと次から商売ができなくなるからね」


 そういえば、行商人は情報も売り歩いているって聞いたことがある。


「ウソをついて信用を落としたら、次から誰も相手にしてくれないってこと?」


「それもあるが、この村で行商をするためには私の許可がいるんだ」


 さっきも言ったけど、こっちの世界にはまだ国というものが存在しない。村々を渡り歩いている行商人や旅人に聞いても誰も知らなかったから、間違いないと思う。

 ということは、村のまとめ役である父さんが一番偉いような気がするんだけど、大事なことは村の人と話し合って決めなきゃいけないし、無給だしで、どちらかと言うと地球の自治会長さんのような感じ。これもなぜか世襲になっているから、父さんが仕方なくやっているみたいなんだ。


「ねえ、父さん。この村にも盗賊が来るの?」


 隊長さんは、西の方で水が枯れたせいでいくつかの村が住めなくなっていて、逃げ始めた人の中に盗賊に身をやつす者がではじめたみたいだから気を付けろと言っていた。もしそれが本当なら、武装した盗賊がこの村にやってくるかもしれないということだ。私たちが住むカイン村はこれまで平和だったのに、怖いよ……


「それはどうだろう。この村は端っこだし干ばつが起こったところからも離れている。直接奴らが来ることはないんじゃないかな」


 ふぅ、安心したよ。


「しかし……」


「しかし?」


「あちらの方で、食べることに困る人たちが増えていたら……」


 いたら……


「この村にも影響があるかもしれないな」


 この村にも……

 た、大変だ。地球の竹下と海渡に相談に乗ってもらって……いや、その前に村の人たちに伝えないと……


「わ、私、村の人を集めてくる」


 隊商のバザールはそろそろ終わるころだけど、いまならまだ広場に何人か残っているはずだ。その人たちに頼んだら、すぐにみんなを呼んできてくれる。


「待て、ソル」


 走っていこうとする私の肩を父さんは掴んだ。


「まだ情報が足りない。そろそろ我々の隊商が帰ってくるはずだ。セムト義兄さんの話を聞いてからでも遅くはないだろう」


 そうだ、この村の隊商の隊長のセムトおじさんはベテランの行商人。きっと確かなことを教えてくれるに違いない。


「わかった。しばらくは様子見だね」


「そうだな。と、ところでソル、相談があるんだが……」


 何だろう。もうすぐ家に着くのに?


「これのことは母さんに内緒にしてもらえないか?」


 父さんの手は、馬の背に括られた赤い絨毯の上に乗せられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る