119話 幼馴染のふたり言


「ナナー、やっほ! 一緒に学校いこうぜ!」


 今から二年前、中学二年の夏。

 さいは突然口調が男っぽくなった。


「別にいいけど、漫研の人たちに見られると少し面倒なんだよなあ」


「おれってモテるもんね?」


「自分で言うかそれ。まあお察しの通り、『我ら漫研が誇るくま氏を独占は良くないですなあ』とか『人気イラストレーター【くまくまさい】先輩とどういう関係なんですか!?』とか地味に追及がだるい」


 初夏はただでさえ蒸し暑さが増してくるのに、さらに湿度の高い絡みをされるのはけっこう億劫だった。


「とか言ってさあ、美少女な幼馴染と一緒に登校できるのが嬉しいんでしょ」


「まあ、嫌ではない」


 というか俺は最近、さいについて気になっている点がある。

 ちょうどいい機会だしその件について聞いてみよう。


「なんかクラスの女子がお前のこと変な風に言ってたぞ? 大丈夫なのか?」


「ん? 変な風って……わたッ、おれが漫研の人たちとヤりまくってるって話?」


 さいは一瞬だけ焦ったような素振りを見せ、すぐに平坦な声色で確認してくる。


「ヤりまくってるって……まあ言葉を選ばないとそんなようなことを話してたぞ」


「ナナは……どう思った?」


「どう思ったって……」


「おれってさ、絵を描くのが好きだから漫研に入って。部の人たちと話してるうちに、もっともっと上手くなりたいって思って。すっごく練習して、一応は絵でご飯を食べれるようになって? それで気付けば、ほとんど男子部員しかいない漫研の連中としか絡んでなくてさ」


「おう、そんな感じだよな」


「で、ナナはその噂を信じたの?」


「まあちょっと無防備なところはあるけど、別にそんなビッチなことしないだろ」


「無防備なのはナナにだけだけど」


「おいおい、そういうことをポロっと漫研の男子にも口にしてるんじゃないのか? だから————」


 俺が照れ隠しでいじると、さいは本気で怒った目つきを向けてきた。


「だからわたしがビッチって言われるって……そう言いたいの?」


「あっ、いや……」


「バカ名無しナナシ! もういい! 迷惑かけるのも嫌だし、別々に登校する!」


 それからさいはしばらくして中学に来なくなった。

 俺はなんとなく気まずくてたまに連絡したりするぐらいには疎遠になっていった。それこそ最近じゃ、父さんが失踪して義妹二人が家に転がり込んできた時に、パニくって家に呼んだぐらいだ。


 なんとなく中学時代の記憶を辿りながら、俺は今……隣に座って異世界パンドラの月を眺める幼馴染の話に耳を傾ける。



「ナナも薄々気付いてると思うけど、おれって子供みたいなことしてたんだ」


「そう、なのか?」


「ほら、自分をおれとか言ってみたりさ」


「それは……漫研の男子たちに媚びを売ってないって証明したくて、だからわざと男っぽく振る舞っていたと?」


「ご明察。さすが幼馴染」


 まあアレだけ状況証拠がそろっていればな。

 いない方がマシと言われた空気認定の名無しナナシですら、その辺は勘付ける。


「でもね、『今度は無理にキャラ変して男子にアピールかよ』とか『漫研の姫ちゃん痛い』って言われるようになってさ」


「おおう……」


「イラストレーターとして成功してるとか、いつも男子に囲まれてて目障りとか、そういう妬みから来てるってのはわかってた」


 さいは辛かった当時の記憶を絞り出すように語る。


「あとはほら、おれってこういう性格だから衝突しやすいし?」


「まあ、俺にも脅し半分で連絡してきたしな」


「そういうところは、うちの子たちも似ちゃったのかな?」


「【鹿角の麗人エルフィン】たちも、相当【熊耳の娘ベアルック】の要求には堪えてそうだったもんなあ……」


 でも、と俺は続ける。


「自分が描いた子たちを愛して、どんな犠牲を払ってでも守り抜こうとする強さも似てるのかもな。ほら、【熊耳の娘ベアルック】は【鹿角の麗人エルフィン】の主神を解放したんだろ? それって相当、友達のために頑張ったってことだし」


「えへへ……そうだといいなあ」


「義妹二人が転がり込んできて、俺がパニックになったときも何だかんだフォローしてくれたしな」


「ふーん……やっぱりナナは成長したんだね」


 それからさいは少しだけ寂しそうに、夜空に咲いた龍の花火を見上げる。


「【にじらいぶ】の配信を目にして、だけ止まってるみたいで……正直焦ってた」

 

 自分を昔みたいに『わたし』と呼ぶさい

 

「絵を頑張ってただけなのに、周りからは色々あることないこと言われてさ……あの頃は何もかもが、私を攻める敵に見えちゃって。絵を描いてなければ、こんなに辛くならなかったのかなって思うようになっちゃって」


 さいは今ではハハっと笑みを浮かべているけど、当時はきっとすごくしんどかったと思う。

 今更ながら、どうしてもっと幼馴染として寄り添えなかったのかと後悔した。



「あのままじゃ好きだった絵も嫌いになりそうだった。だから学校から逃げた」


 そうか。

 学校に行かない原因はそこにあったのか……そりゃあ自分の好きなものを穢される前に、守るのは当たり前だな……。

 幼馴染としてどんな言葉をかけるべきか悩む。

 だけどそんな重い沈黙も、ドンッ、ドドンッと夜空に走る龍の輝きが流してくれた。


「ナナと一緒になって【熊耳の娘ベアルック】の原案を話し合った楽しさも、忘れちゃいそうなぐらいには危なくってさ」


「そういえば、俺が熊耳は絶対につけてくれて言ったっけ」


「そうだよ。普段は私のイラストにあんまり興味なかったのに、パンドラの新種族のデザインのお仕事が来たって言ったら食いついてきて、自分好みの種族を出そうと躍起になってたでしょ……」


「その節はマジでありがとう」


「あとは【異世界アップデート】がきて世界がおかしくなった途端、この熊耳だよ? こんなのつけて学校に行ったら、また男子に媚び売ってるケモミミ娘にキャラ変だとかーって言われるのが嫌でさ」


 そしたら本当に自分が描いた【熊耳の娘ベアルック】まで嫌いになりそうで、だから学校に行かなくなったと。


「ま、それから私も引きこもってる間に色々と考えてさ。現実と向き合って、こうしてシャバに出てきたわけだよ」


「牢獄から釈放されたみたいに言うなって」


「あははは。でもこれってナナのおかげなんだよね」


「俺は何もしてないぞ?」


「【にじらいぶ】の配信を見て、焦ったって言ったでしょ?」


「ああ……」


「ナナの家は借金とか色々あって、すごく大変だったのに頑張ってるなあって。それに魔法少女だっけ? ステータスが伸びなくて冒険者として絶望的な彼女たちを、今ではあんなに輝かせちゃってさ。だから私も前を向いて歩き出したいってね」


 そう思わせてくれてありがとう、とさいは恥ずかしそうに呟く。


「俺だけの功績ってわけじゃなくて、みんなが頑張ってくれたからだよ」


「うん。そういうのサラっと言えちゃうのも焦るなあって」


 そこでどうして焦るのかは理解できなかったけど、ここでまた変なツッコミや質問を入れるのはよしておこう。

 今は成長した俺を見せつけようじゃないか。


 あと、さっきから非常に気になっているのだが、俺はいつまでピタコス姿でいればいいんだ? 股間のあたりがほんとにピタピタで、着心地が悪いっていうか気になるっていうか。

 仮面も少し暑苦しいし、【月見もちもち】も食べづらい。


 もういい加減、脱いじゃダメなんだろうか?

 いや、ここでそんなことを聞いたら、また『空気が全然読めないナナシ!』とか言われてしまいそうだ。

 ここはまだ耐えるんだ。成長したナナシを見せつけるんだ!


「今回の騒動もやっぱりナナはすごいなって。負けてられないなって」


 うん、俺もピタコスの不快さに負けてられない。


「ありがとね」


「おう」


 ふー。むずむずする。



「ね、ナナは覚えてる?」


「ん、何をだ?」


 ダメだっ。股間が本当に蒸れて気持ち悪いぞ。

 やっぱりこれ脱いできていいか? って言っていいよな?


「昔さ、二人で花火を見てたとき、ナナが言ってた将来の夢だよ」


「俺の?」


 えーっと戦隊モノのヒーローになりたいとか?

 それとも変態白マントマン————じゃなくて、一秒でも早くこのピタコス白スーツを脱ぎ捨ててやりたいとか?

 違う違う、そんなこと言ったらヤバイ気がする。

 落ち着け、俺!


「えーっと……なんか色々言ってた気がする。なんだっけ?」


 それからさいは妙に恥ずかしそうに視線を逸らす。

 夜空をいろどる龍の火花に照らされて、彼女の頬は少しだけ朱に染まっていた。





「その、ほら……わた、わたしを、お嫁さんにするって……」




 ドンッドドンッと煌びやかな龍咲きと重なり、さいが何て言ったのか聞き取れなかった。


「えっ、なんて?」


「…………」


「なんて言ったんだ?」


「……もういい! ナナのバカ! この、ナナシ!」


 え、えぇ~……どうしてなん?

 意味もわからずさいは急に不機嫌になってしまう。



「熊神様、そして御使いの白マント様! お二人でご歓談のところ、失礼いたしまっす。宴は楽しんでおられまっすか? わらわにできることがあればなんなりと言ってくださいでっす! 何でもしまっす!」


 そしてエルフ姫のめっちゃ尊敬してるムーヴの乱入で、話はうやむやになってしまう。


「なあ、白マント……実は魔王ってやつの話があるんだ。【石眼の姫メデューサ】って言って————」


 さらに【聖剣】からめっちゃ頼ってくる相談ムーヴも来てしまう。

 なあ、本当にそろそろこのスーツ脱いでいい?


「よかったね、白マントマン。みんなに頼られて、戦隊モノのヒーローになりたいって夢が叶ったね?」


 だけどさいから向けられた視線が非常に冷たくて、白ピタスーツをしばらくは脱げないと悟った俺だった。





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