105話 魔王メシ!
俺様の名はレオニダス。
人間たちの間じゃ、【金獅子レオニダス】と恐れられる
それもそのはず!
俺様はかつて人間1万の軍勢をたった一人で殺し切ったからなあ。
あらゆる獣が俺様にひれ伏し、あらゆる人間どもが倒れ伏す。
それが魔王と言われる
だが、同じ魔王どもは不甲斐ない奴らばかりだ。
【天下人ノブナガ】は自身の
俺様は納得いかねえなあ。
何もかも納得いかねえ。
脅しに脅して、【天秤の世界樹】にけしかけた獣たちの弱さも。
愛情をたっぷり注いで作ってやった、俺様の
それでもって、【
俺様の偉大なる嗅覚が告げている。
【天秤の世界樹】の上部、ナントカ牧場とか抜かす場所から奴らの匂いがすると。
俺様の鋭すぎる聴覚が告げている。
戦勝祝いだが慰労会だが知らないが、呑気に料理を堪能していると。
『きるる様、ぎんにゅう様、そらちー様、ヤミヤミ様、ウタ様、お疲れ様でございます。今回は色々と大変でしたので、ここは景気づけにパーッと豪華なメニューをご用意いたしました』
『へえ、
『ライオン? のお肉もなかなかいけます! コリコリステーキです!』
『蛇って聞いたときはおえーってなったけど、ぷりぷり唐揚げとしては食べ堪え抜群だね』
『獣臭さがなかと。
『………………ちゅき…………お慕いしております……』
そして俺様の千里を見通す視覚が告げている。
あいつら間違いなく! 俺様の【
クソがッ!
もう我慢ならねえ。俺様自ら出向いてやる!
『そうだ、フェンさん。そろそろお願い』
『アオォォォォォォオオォォォンッ!』
その遠吠えを耳にした瞬間、俺様に怖気が走った。
馬鹿な。
ありえない。
獣魔の王たる俺様が、一瞬とはいえ戦慄しただと?
ハッ、気にするな。
進め。それで奴らを喰い殺せ!
……いや、まて。なぜ俺様はわざわざ自分に言い聞かせている?
今までもこれからも蹂躙するだけの俺様が、一歩踏み出すことに躊躇してるだと……?
しかも、なんだ、あれは……。
急激に寒くなって……雪が降り始めた!?
その範囲は超局所的で、ほんのわずかな領域だけに降り注ぐ豪雪を目にした俺様はさすがに動揺してしまった。
直径にしておよそ5メートルほどだろうか……。そこだけに雪が降り積もるなんて芸当は、膨大な魔力が練り込まれているのはもちろん緻密なコントロールが必要だ。
そんな大仰な魔法を、息をするかのように発動しているのは……小さなワン公だと!?
ありえねえ。
俺様は認めねえ。
だが、一体何をするつもりなのか気になった俺様はしばらく様子見をすることにした。
『きゅー、お願いできる?』
『きゅくぅぅぅぅぅううん!』
今度は金色の子狐か?
そう認識した瞬間、俺様の視界はまばゆい閃光に侵略された。
くそ! 視覚を潰された————と認識した時には、轟音が鳴り響き聴覚までもがおしゃかにされそうになる。
なんだ!? 何が起きた!?
俺様の聴覚はまだ生きている。視界も回復しつつある。大丈夫だ、あんな奴らに焦る俺様じゃない。
あ?
すぐ傍にあった木が崩れているのか?
この焼き焦げた匂い……落雷? いや、何かで木が切り裂かれた?
ちっ! 俺様の居場所がバレたのか!?
子狐の気配がどんどん迫ってきて————ん? 戻っていった?
……俺様の目が完全に回復する頃になると、正確に事態を把握できた。
あの子狐はなぜか木を切り倒して持って行った?
あのちっこい身体でどうやって?
ダメだ。一部しか見れてない俺様じゃ、全てを理解することはできない。
だが俺様の嗅覚と気配察知が、間違いなくあの子狐が木を持って行ったと告げている。
いや、待て。
俺様が今までこうも後手に回ることがあったか?
仮にも捕食者の頂点であるこの俺様が……狙いを定めた獲物に対して、こうも、こうも、機先を削がれることがあったか?
そもそも……。
獣魔の王たる俺様の動体視力をもってしても、あんな子狐が発動した雷撃? のような魔法に全く反応ができなかっただと?
あ、ありえない。
俺様は認めねえ!
『よーし、イイ感じに雪も積もりましたので……木を小さな丸太サイズに切ります。そして真ん中をくりぬいてと……断面から火の様子が見えるように少し削って』
俺様に気付いているわけでは、ない……?
一体何してやがるんだ?
白い雪が積もった場所に丸太をぶっ刺して、そんで中から火をつけた?
雪の寒さで丸太は燃え尽きず、少しずつ少しずつその身を燃やしながら熱を上へと押し上げる。そして丸太の上に平石をセットして、ガラスポットを乗せていた。
『まずはマンティコアのお乳を入れます。次にコーヒーを入れます。そして熱します』
『あら、木の
『お乳……ドラゴン牧場でもいつか乳しぼりしたいです!』
『え、もしかしてカフェラテかな!?』
『ちょうど一息つきたいところだったばい』
『…………配慮の神様です…………私の神様です』
ありえねええええええ!
飲み物つくるだけなのに、何であんな大層な魔法を連発してやがんだ!?
この俺様が警戒し、反応すらできなかった超魔法を……!
ただ飲料をつくるだけに発動しただと!?
俺様は認めねえええぇぇぇ……!
『一応マンティコアのお乳は生で飲むと危ないので一旦熱しましたが————できあがったら、ガラスポットごと雪へ置きます』
しゅぅぅぅぅーっと周囲の雪が溶け、ガラスポットはまふっと埋まってしまう。もちろん一気にガラスポットは冷え切ってゆく。
キンキンに冷えたクリーミーな飲み物の完成だ。
なんだ、あの飲み物は……下層は雲のような白がゆらめき、上層はカラメル色のやわらかい茶が踊っている?
あの二重層が織りなす味とは一体……。
ゴクリ。
想像するだけで————
いや、これはアレだ。緊張の連続で喉が渇いただけで、別にあいつらが作った飲料水を飲んでみたいとかそいうのじゃねえんだよなあ。
「ありゃ? なんだお前は? 名無しの友達がうか?」
ふと気付けば俺様は何者かに背後を取られていた。
それは一撃決殺の間合いで、獣としてどちらが上位なのかをわからせるための牽制で……ありえねえ……。
この俺様がこんなにも容易く後ろを取られるなんてありえねえ……。
「なーに恥ずかしがってるがうか。お前も名無しんとこに顔出しに来たがうな? 一緒にいくがう」
ゆっくりと振り向けば、極々自然体で呑気に頭の後ろに手を組みながら歩く猫耳の少女がいた。
だが、こいつの見た目に騙される俺様ではない。
この力強い獣臭さ……それに圧倒的な存在感。
間違いなく神獣の類だ。
「んで、お前。名はなんていうがう」
「……レオニダスだ」
「ふーん、見た感じ獅子がうな。
西の神獣と謳われた獣の神、白虎だと!?
どうりでさっきから俺様の全身から冷や汗が止まらねえと思ったら……。
「ほら、早くしないと名無しのご馳走を食べ逃すがう」
「や、俺様は……」
「うだうだ言うながう」
「あ……は、い……」
なぜか俺様は間抜けにも敵前まで姿を見せるはめになってしまった。
だが、白虎に逆らえば……いくら魔王である俺様でも無事では済まない。
ここは穏便に行くしかねえんだ……!
「おや、白虎さんですか」
「やっほー名無し。なんだか【天秤の世界樹】が騒がしいって聞いたから応援にきてやったがう」
「それはありがたいですね。ただ、もう全て丸く収めましたので」
「そっかーそっかーそれは申し訳ないがうなー。ちょっと遅かったがうなー」
ありえねえ。
あの白虎が頭を下げた!? それでいてあの白虎を前にして気さくに、対等に会話をしているこの執事は何なんだ?
それに両脇に控えていたワン公と子狐……だった奴らは今や、その正体を明らかにしやがった。その巨体と荘厳さ、で以て俺様を威嚇していやがる!?
あ、ありゃ間違いねえ。
ちきしょう、近くに来るまでまるでわからなかったが……神をも喰らうフェンリルと破滅を支配する九尾じゃねえか!
俺ら魔王クラスだって手を焼く化物だぞ!?
それを当り前のように従えてるだと!?
「あー……せっかくですから白虎さんも一緒に食べてゆきます? あと、そのお連れさんも?」
「食べていいがうか!? あっ、こいつはレオなんとかがう! 獅子がう! ほれ、名無しが飯をくれるがう。礼を尽くせがう」
「あ……っす。俺様はレオニダスっす」
「ライオンの獣人さんは初めて見ますね。よろしくお願いします」
「……っす」
俺様は獣人なんかじゃねえけどな。
それから俺様は複雑な思いのまま、自ら愛情込めて作ったマンティコアの残骸を口にした。
どれも驚くほどに美味しく……悲しかった。
俺様の力作を食わせられた敗北感。
だが俺様の舌は美味いと絶賛し、本能からの歓喜を叫ぶ。
もう何が何だかわからなくて涙が溢れてきやがった。
「なんだなんだ、レオなにがしは名無しのメシに感動して泣いてるがうな」
「レオさんにも気に入っていただけで何よりです」
ああ、そっとハンカチを渡してくる執事を見て俺様は確信した。
敵である俺様に塩すら振れるほどの余裕は、まさに王の中の王にふさわしい風格。
化物たちを見事に飼いならし、従えさせる実力。
そして勝ち取った
まさに俺様が目指すべき頂点じゃねえか。
「美味いっす……おかわりいいっすか……あ、あの、その飲み物も……飲んでみたいっす」
「もちろんです。どんどんお食べください」
「っす」
あぁ、俺様はなんて狭い世界で生きてたんだ。
こんな美味いもんがあって、こんな素晴らしい飲み物があるなんて知らなかった。
まったく世界ってのは広いもんだな。
人間とか獣とか、魔物とか、そういうのは多分……名無しさんの中では関係ないんだろう。
だって名無しさんを中心に集まってる連中が雄弁に物語っているからよ。
人間と魔狼に妖狐に、神獣、そして
あ、ドラゴンもいるじゃねえか。
はー、なんだか馬鹿らしくなってきたぜ。
魔王だの人間だの、本当にどうでもいいな!
よし、俺様は名無しさんについていくって決めたぜ!
俺様の知らない新しい世界を見せてくれたこの人の傍にいれば、きっと退屈とは無縁だろうな!
「名無しの兄貴……俺様を……弟子にしてくれねえか」
「え!? それって……」
「名無しの兄貴がやっていることに感服した。どうか、俺にも兄貴の手伝いをさせてほしい」
「手伝い……きるる様、いかがいたしますか?」
「そうね。できる限りやらせてみようかしら?」
「社長の許可も出ましたので、レオさん。今日からよろしくお願いいたします。特に動画編集から重点的に教えますので……! はーよかったあ、もう一人じゃ回しきれないところでしたから」
名無しの兄貴をもってしても一人でやり切れないことだと!?
そんな難易度の高い案件を、いきなりこの俺様に教えてくれる!?
それだけ俺様を認めてくれてた事実がとても嬉しかった————
「だからレオさん! 何度言ったらわかるんですか!? きるるんの凛々しい横顔からのツンデレは絶対に逃しちゃいけないシーンです! あとぎんにゅうのナイスボディが際立つ角度で、天然を爆発してるシーンは切り抜き必至です! そらちーの天真爛漫な笑顔が炸裂しつつアクロバティックな動きが一番綺麗なシーンも……! ああ、こっちのヤミヤミはアンチを論破したと思ったら、論破し返されて泣きそうになってるメスガキ感は絶対に入れて! ウタは王道な歌姫ブランディングですから、裏方を馬鹿にされてキレそうになってる表情はカットしてください!」
「へっ? あっツン、はいっナイス、んっバティック、えっメスガキ、うっブラ、うっす」
————その後、俺様は地獄を見た。
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