103話 私たちの執事


 無数の鋭い刃が自衛隊を、冒険者たちを貫きながら進んでくる。

 ゾンビ武者たちは統率の取れた槍衾やりぶすまを展開し、数にものを言わせる突進で、避難していた一般市民にもその凶刃を突き刺そうとしていた。


「————血戦けっせん:竜血の息吹いぶき————」


 しかし、血で血を洗う少女が立ちはだかる。

 手首きるるによって放たれた双撃は、周囲のあらゆる血を巻き込み吹き荒れた。

 おびただしい血液がゾンビ武者を切り刻む刃となり、その剣風の一太刀一太刀は竜の吐息のごとき炎を纏っていた。

 一般市民の盾となった鮮血と真っ赤な爆炎が、襲い掛かるゾンビ武者を焼き尽くす。


:きるるんすげえ

:まじで強くなったよな……

:これならワンチャンいけるんじゃないか?

:いける! いけるぞおおお!


 避難民たちも、配信を見ていたリスナーたちも彼女の活躍に希望がともる。

 だが、そのともしびはあまりにも小さすぎた。



「はっはっはー! 敵方にも骨のある奴がおるのう! この勝家かついえ、心躍るわい!」


 多くのゾンビ武者が倒れ伏すなか、一人の屈強な騎馬武者が仕掛けてきた。

 彼は燃え立つ炎をものともせず、多くのゾンビ武者を屠ったきるるんへ一直線に迫る。まさに勇猛果敢、強者の覇気を纏ったその人物は織田家に仕える武将、柴田勝家しばたかついえその人であった。


「ぬぅぅぅん! 【がね:百ノ太刀たち】」


 すでに満身創痍のきるるんに対し、柴田勝家はみなぎる闘志をぶつける。

 否、一振りで確実にその命を刈り取らんとするための猛攻だった。武骨で長大すぎる刀を振りかぶり、嵐のごとき連撃を浴びせる。


「はぁっはぁっ……!」


 息が上がり切ったきるるんは、馬上からの攻撃を凌ぐので精一杯。

 そしてきるるんが柴田勝家の相手をしていれば、他のゾンビ武者たちは当然自由になる。つまり一般市民になだれ込む刃となりえてしまう。


「なんとしても! この防衛ラインを守り抜けえええ!」

「「「了解!」」」


 残り少ない自衛隊が連射すれば、ゾンビ武者たちの勢いは一時的に弱まる。しかし、それもただの時間稼ぎにすぎない。

 しばらくすればゾンビ武者たちは息を吹き返し、槍を突き刺してくる怪物となる。


 焦るきるるんとは対照的に、柴田勝家には余裕がにじんでいた。


「面白い。あがいてみせよ」


「————【あなたのユアーズ血はわたしの命・マイライフ】」


「ほう、我が臣下の血をおのが糧とするか。ちょこざいな、【狩りがね千羽せんば突き】!」


「————【血戦けっせん紅き棘薔薇の戦槌ブラッドハンマー】」


 千羽の鳥が襲いかかるような素早い突きに対し、鈍重かつ大量の血で編まれた棘薔薇いばらのハンマーがそれらを打ち砕く。


「なんのなんの、これしき! 【狩りがね大鷲おおわし返し】」


「くっ————【あなたのユアーズ血はわたしの鎧・マイメイル】——けほっ」


 ついに柴田勝家の猛攻に耐えきれず、きるるんは重い一撃をその身に受けてしまう。寸でのところで血の鎧をまといはしたが、彼女は大きく吹き飛んでしまった。

 何度も地面に身体を打ち付けられ、その無残な姿が一般市民の目にも晒される。



「おねえちゃんも……し、しんじゃうの?」


 その中にはきるるんが助けた子供もいた。

 槍で貫かれた母を置き去りにして、必死の思いでここまで逃げてきた少年だ。

 きるるんはすぐに立ち上がれないほどの重傷を負い、地べたで這いつくばる。そんな彼女を目の前にして少年は茫然とした。


 それを避難民は諦めの境地で眺めていた。ああ、子供にも絶望が色濃く広がり始めたと。

 だって自分たちがそうだから。

 もうダメだ、と絶望してしまっている。



「こんなの……いやだ……!」


 だが、少年は母の死からパニックに陥っていたものの、これだけは理解できていた。

 今、この瞬間、目の前のお姉ちゃんを死なせてはいけないと。


「もう、死んじゃやだ……! ぼくだって! 戦う!」


 そんな子供の声が、怯え切っただけの避難民に深くしみ込んでゆく。

 目の前ではボロボロになりながら、血だらけになりながらも身を挺して、自分たちを守り抜こうとする少女がいる。

 それで? 

 自分たちはただ逃げ惑うだけいいのか?

 守られるだけでいいのか?


 大人である俺たちが? 私たちが?

 母親を目の前で殺されて、混乱状態の小さな少年ですらたどり着ける答えに————

 震える身体は、もはや別の意味で震え始めていた。


 やるしかない。

 生き延びてやる。

 目の前の少女のように、戦い抜いてやる。

 きるるんを中心に、武者震いがまたたく間に広がってゆく。


女子おなごの身でありながら、よくぞここまでこの勝家かついえの刃を受けきった。見事なり。手向たむけとして受け取れい、【狩り結び:陣崩し】」


「はぁっはぁっ……【血戦けっせん紅き棘薔薇の玉座ブラッディクラウン】」


 武将、柴田勝家の戦意が一瞬にして膨れ上がる。それは彼の剛腕を物理的に肥大化させ、握った刃をも巨大化させる。

 そして絶大な威力で打ち付けられた。

 何度も何度も何度も、周囲の人間を切り潰さんばかりに振り下ろされる刃は、もはや地震を起こす震源地そのものだ。


 それを防ぐのは棘薔薇いばらの宮殿。

 あかき領域はみるみる間に広がり、の武将が振るう強靭な刃のことごとくを受けきっていた。

 だが柴田勝家の猛攻はとどまることを知らず、あかき花と棘は散ってゆく。



「ほう、存外に粘りおる。だが、ここまでかのう」


 棘薔薇いばらの宮殿は今や打ち砕かれ、中央に座す女王きるるの姿も見える。

 玉座で色力いりょくを解き放ち、棘薔薇いばらの生成に尽力していた彼女だが、ついにその顔に苦悶が広がった。


 限界が近い。

 

 その場の誰もが感じ取っていた。

 配信に熱中するリスナーも悟っていた。



:武将、つよいな……

:力でねじ伏せる感じがガチの柴田勝家っぽい

:勝家と言えば猛将で知られてたもんな

:確か織田信長の古参家臣だっけ

:歴史の評価は伊達じゃなかったわけだ

:そんなこと言ってる場合かよ

:マジで打つ手がなくなってきてないか……?

:きるるん……もう立つ力も残ってない……?

:が、がんばれ!

:これ以上、なにをがんばれって言うんだよ……


 玉座が崩れ去ってゆく。

 それは血の女王が崩御した姿に他ならなかった。


 でもまだ俺たちがいる。

 私たちが抗う。

 自衛隊も、冒険者も、避難民ですら、まだ戦おうとあがく。

 彼女のように必死に……!


「これまでかのう。法螺貝ほらがいの合図じゃ! 騎馬隊をこっちによこせい! 旗手よ、高々と我が家紋を上げよ!」


 しかし、わずかに芽吹いていた希望すらも崩れ去った。

 柴田勝家の号令を皮切りに、ビルの一角から雪崩の如く押し寄せる騎馬隊。

 その数はどんなに少なく見積もっても数百はくだらない。

 圧倒的な物量が自分たちに迫ってくる恐怖に、さすがの自衛隊や生き残りの冒険者たちも動きを止めてしまった。

 

 そして手首きるるも————


:ここで援軍とかオワタ

:さすがにこれは……厳しい

:きるるん逃げて!

:もう十分やったから! できることはやったから!

:生き残ることだけを考えて!

:逃げろおおおおおおお!

:全力で逃げろ。マジで

:逃げるってどこにだよ!?

:あの人数と激突したら大怪我どころか完全に死ねる

:騎馬って間近で見たらすごいんだな……迫力が

:あんなの目の前にしたら足すくむだろ

:馬蹄の響きが重い

:ガチで死へのカウントダウンに聞こえてきた

:おいおいおいおい! 本当にやばいって!

:動け! きるるん!



「————たわむれはしまいじゃ。蹂躙じゅうりんせよ」


 誰もが死の絶望に呑み込まれようとしていた。

 誰もが暗く悲しい結末にひざを屈しかけていた。



「————蹂躙せよ、ですか? そのような不遜を、お嬢様に向けるなど言語道断」


 不意に響いたのは、静かな怒りに満ちた声だった。

 そして大軍ときるるんの間に流星のごとく着弾したのは、白い閃光だ。

 それは一撃で十数人ものゾンビ武者を弾き飛ばし、容赦なく風穴を開けてゆく。迫りくる騎馬隊をも巻き込み、絶望を一瞬で真っ白に染め上げた。


「一介の武将ごときが、身の程を知りなさい————【魔剣:無色の連弾ノーバディア】」


 そう、世界の全てが真っ白に塗りつぶされる。

 何よりも強い光が、周囲を包み込んだ。



「はて、たわむれがすぎたようですね……」


 そこには柴田勝家の首を持つ、一人の執事が立っていた。

 燕尾服はもはやボロボロで、優雅とはかけ離れた格好だ。だが、そこには確かな気品に満ち溢れていた。


 それはまさしく、いつだって気高くあろうとするあるじの傍にいるために。

 しかし、そんな矜持があっても、その怒りは隠しきれるものではなかった。それは敬愛する主をここまで害した敵軍に向けた激情なのか、はたまた守るべき主が窮地に追い込まれるまで駆け付けられなかった、自分への不甲斐なさから来るものなのか。


 そんな怒りに滲んだ執事は、しかし冷静に主のもとへと駆け寄る。

 そして涼やかな顔で告げる。


「きるるお嬢様、遅れて申し訳ございません……! さっ、私にごめいじください。蹂躙なさい、と」


 リスナーたちはナナシちゃんの登場にきにいた。


:ナナシちゃんだあああああ!

:かっけえ……

:いつもより凛々しく見えるぞ!

:一撃で勝家かついえ撃沈ww

:マジで全部もってかれたわw

:いやでもほんと安心

:なんかあっちの方で勝家の騎馬隊にぶつかってく軍が見えないか?

:え、味方の軍?

:あの旗印……水色の桔梗ききょう? 明智光秀の家紋?

:あっ、九尾とフェンリルが暴れてるぞ

:ナナシちゃんが連れてきたんじゃね?

:ナナシちゃんがいれば勝てる!



「がんばりすぎですよ、お嬢様。ここはどうか私にお任せください」


 そして誰もが、きるるんは執事のあるじらしく————


『仕方ないわね、任せてあげるわ!』と言い出すと予想していた。


 それがいつも通りの『にじらいぶ』。手首きるるとナナシちゃんの関係値だから。

 だけれど、この時だけはリスナーの期待をことごとく裏切る結末になってしまった。


 なぜなら、きるるんの視界を通した配信画面は……非常にぼやけていた・・・・・・からだ。そう、きるるんの瞳は涙でうるみきっていたのだ。



「バカバカバカ……!」


 きるるんは力なく、何度も何度もナナシちゃんの胸を叩く。


「ぶ、無事なら……さっさと戻って来なさいよ!」


 湿った声でそのように言われたら、さすがのナナシちゃんも言葉を失ってしまう。



貴方あなたは……! 私のっ! 私たちの執事なのだから!」



:訳『すごく心配したんだからね!』

:訳『あなたが生きていて泣いちゃうぐらい嬉しいわ!』

:訳『あなたがいないと私はダメなんだからね!』

:訳『あなたは私の大好きな執事なんだからね!』

:訳『ずっとそばにいなさいよ!』

:お前らの変換機能にリスペクトwwww


:私の執事……と言いかけて、私たちの、と訂正するあたりに尊さを感じる

:ああ。ナナシちゃんを独占したいけど、それでも【にじらいぶ】のリーダーとしての誇りとか、メンバーみんなへの思いやりとか、団結力とか、なんか色々こもってて……推せる!

:いや、まじで可愛すぎやろ



 この後、めちゃくちゃ蹂躙じゅうりんした。

 ナナシちゃんが敵を。




◇◇◇

あとがき


新作始めました。

TS×悪役×聖女×復讐×無双な王道かつ邪道な物語となっております。


タイトルは『処刑された勇者の俺、なんか悪逆聖女になってて笑う ~婚約者より可愛い竜と金貨に夢中です! ~』です!


よければ覗いてみてください。

◇◇◇

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