90話 推しと秘密の待ち合わせ


 魔王ちゃんとの思わぬ遭遇から一週間が経った。

 彼女からプレゼントされた魔剣をメンバー全員が受け取り、その性能に驚愕させられた【にじらいぶ】は、より一層活動に精を出すようになっていた。

 

 魔王ちゃんは単独で登録者数900万人を超える大御所だ。

メンバーたちは魔剣に感謝しつつも、同じライバーとして刺激を受けないわけがない。

 それは彼女たちを支える裏方としても同じだ。



「今日の仕事は埼玉県で話題の……【鈴木さんちのダンジョン】か。気合を入れていこう」


 そんなわけで俺は現地近くの川越駅に来ていた。というのも、【断罪と天秤の森】を攻略した功績を評価されて俺とウタには、最難関ダンジョンの調査依頼が来ていたのだ。

【鈴木さんちのダンジョン】は約一年前に、鈴木さんちの庭に出現した地下型のダンジョンだ。階層が深くなってゆくにつれて危険度は増してゆき、過去にくれないも行った事があるらしいが、一層を生きて帰ってくるのが精一杯だったとか。


 そんな【鈴木さんちのダンジョン】が最近はどうやらきなくさいらしい。

 

 通常、日本国内にあるダンジョンは自衛隊と中堅冒険者によって監視されている。ダンジョンからモンスターが出て来ないように処理したり、ダンジョンの規模が肥大化して街を呑み込まないかといったリスクを危惧しているのだ。

 モンスターは基本的に色力いりょくの伴った攻撃でなければ死に至らない。つまり通常の銃弾や爆撃での衝撃・・は通じるものの、モンスターを倒し切るのは不可能なのだ。おかげでモンスター出現当初は不死身の化け物と恐れられたものの、今では自衛隊が足止めをしてるうちに、招集された冒険者たちがモンスターを狩るといった方針が基本だ。

 

 そしてダンジョンの傾向として、モンスターがあふれ出てくるようになったダンジョンは内部で何かしらの変化が起きている可能性が高い。


 一つ目は生態系の変化。

 二つ目は冠位種ネームドの誕生。

 三つ目はダンジョン肥大化の前兆である。


 一つ目はさして問題はないものの、二つ目からは事情が変わってくる。

 冠位種ネームドとはかなり強力な個体で、中には神に匹敵する存在も確認されている。冠位種ネームドによって統率されたモンスターにより、ダンジョンの難易度が爆上がり、冒険者の死亡率も高くなる。

 そして三つ目はいわずもがな、日本国民の安全が脅かされる事態に発展してしまう。


 つまり【鈴木さんちのダンジョン】はここ最近、頻繁にダンジョン外にモンスターがあふれ出てくる事象が報告され続けている。



「そこで斥候として抜擢ばってきされたのが俺とウタってわけだけど……」


 一体、【鈴木さんちのダンジョン】で何が起きているのか。

 他の上位冒険者パーティーとレイドクエストにあたるが、間違いなく主戦力として俺たちは扱われているようだ。



「それにしても紫凰院しほういん先輩、遅いな……何もなければいいんだけど」


 今日は一旦、先輩と川越駅で集合してから【鈴木さんちのダンジョン】に向かう手筈となっている。

 さすがに現地に集合するまでは、紫音ウタに変身することはないだろうけど、少しだけ心配だ。

 そんな風に紫鳳院しほういん先輩を駅前で待つこと5分。

 


「なー、本当にここにウタちゃんが来るのかー?」


「ほんとだって。今日、【鈴木さんちのダンジョン】でレイドクエストがあるって、冒険者の従弟が言ってたんよ。そのクエストにウタちゃんも招集されてるって」


「この辺で張ってれば、生ウタちゃんを見れるかもだよなあ」


「マジで楽しみだわ」


 ふと数人の男子たちの声が聞こえてきた。

 まずいな、どこかで今日のレイドクエスト情報が洩れてしまったらしい。

 俺は紫鳳院しほういん先輩に一応、集合場所を変えようと連絡を入れようとする。しかし、まさかの男子たちが俺に話しかけてきた。



「ん……あれ? おじ・・じゃね?」

「え、どうしておじが川越なんかに?」

「今更だけどおじってナナシちゃんにうっすら似てるよな?」

「いや、おまえ……キショイこと言うなって」


 俺の名前、桜司おうじをいじったあだ名おじで呼ぶということは……まさかの同じ学校の男子生徒だった。



「おー今日もやつれてんなーおじ」

「まじでくたびれた顔だけど大丈夫かよ」

「おじはこんなところで何してんの? つか何でそんなカッチリした格好? 黒スーツ?」

「まさか俺たちと同じくウタちゃんを見に来たんか!?」


 今日は一応、現地につくまでは紫鳳院しほういん先輩のボディガードも業務の内だから……なんて口に出せるはずもない。


「ばっか、それは俺等だけの秘密だって言ったろ」

「やべ、口すべったわ」

「で、おじはなんでこんなところにいんの?」

「おーい、おじー聞いてるかー? 疲れすぎてぼーっとしてんのかー?」


 えーっと、同じ学校の生徒なのはわかったけど……んん、多分隣のクラスの人たちかな?

 ようやくそこまで把握したところで、彼らはさらに詰め寄って来る。


「え、おじ無視ですか?」

「こいつもしかして、いっちょまえに女と待ち合わせしてんじゃね?」

「いやいや、おじって顔は綺麗だけどさすがにこの悲壮感はないだろ。女子も寄ってこないって」

「じゃあなに、俺らがシンプルにだるいってこと?」



「あ、いや……そうじゃなくて……」


 とっさに誰だか思い出せなかった、なんて口にしたら揉めそうだ。

 ここは無難に————


「おじさー、はっきり喋れよー」

「なんかコミュ障っぽくてキモいぞー陰キャかよー」

「おじなのに一生童貞くさいわ」

「こいつが女と待ち合わせしてたら、逆立ちして駅を一周できるレベル」


「なにそれ、まじで笑えるわ」

「むしろ女と約束しててほしい」

「おじに限ってそれはありえないだろ」

「っていうかちょっと当たり強すぎだろ俺ら」


「まあこの際だからハッキリ言っちゃうかー」

「なんかおじって鼻につくんだよな」

「綺麗な顔してスカしてるっていうか」

「ずーっとだるそうにしてるやん。なに、そういうのがかっこいいと思ってるわけ?」


 いや、シンプルに勤労限界ってやつでして……。


「クールぶってる中学生かよ」

「こんなやつに彼女とかいたらマジで驚愕だわ」

「んで、おじはこんな所で何してんのって話。川越とか俺らの学区からけっこうな距離じゃん?」

「さっさと答えろよー陰キャ」


 当たり障りのないように答えようとしたところで、彼らのちょうど後ろに————

とある美少女が立っていることに気付く。


 綺麗なアメジスト色の瞳を怒りの形に歪め、唇を噛みしめながらぷるぷると両手を震わす紫鳳院しほういん先輩だ。

 怒ってくれる顔も可愛いのだけど、俺はつい動揺で口をパクパクしてしまった。


「おい、おじ。まじでなんなん? なんか喋れや」

「俺らのことあおってるわけ?」

「まじでえるわー」

「ウタちゃんに会う前におじと会ったのが運の尽きだよなー」


 いやいやいや……それ以上、紫鳳院しほういん先輩を煽るのやめて!?

 確かに、うん、きみたちにとっては運の尽きだったかも!?


 紫鳳院しほういん先輩の心の声が……『愛しの殿方を謗る輩は成敗いたしますわ!』とか、響き始めてるよ!?

 紫鳳院しほういん先輩はソリッドさんとの馬車の時もそうだったけど、意外にも怒る時は怒る人で、態度に出ちゃう御方なんだよ!?

 あの様子じゃけっこうな会話をけっこう聞かれてしまったんだろうなあ。


 というか、待って!

 まさか変身とか……しないですよね!?


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