80話 西の神獣


 俺は今、一人で【ひび割れた水宮殿アクアリウム】に来ていた。

 というのも先日、夜宵やよいと【機械仕掛けの劇場世界デウス・ハロルド・マキナ】に行った際、気になる話を耳にしたからだ。


 いわく、かつてのボスキャラ【孤独な人形姫マリートワネット】が冒険者たちに襲われ反撃したという事件。そこにたまたま居合わせた夜宵やよいが静止したおかげで、大事件にはならなかったらしいが……その後、【孤独な人形姫マリートワネット】がどうなったかは聞いてない。


 一応かの地を統治する【雨を守護する神象レイン・キーパー】と【孤独な人形姫マリートワネット】を仲立ちさせた身として、少しだけ気になってしまう。


 騒ぎを起こさず平穏に時間が流れてればいいのだけど……。


 そんな心境で【ひび割れた水宮殿アクアリウム】に到着したのだが……蒼き砂の海、【砂の大海サンドブルー】に囲まれたガラスの中の街並みは相変わらず美しかった。

 

『みゅ? 名無しの盟友みゅ!』

『みゅみゅ? 神しゃまの盟友みゅ!』

『みゅみゅーむ! 神しゃまにお伝えしゅるみゅ!』


「あっ……」


 俺が水宮の街を堪能していると、空飛ぶジョウロこと【虹を呼ぶ天使エレファン・エンジェル】に見つかってしまった。


 これはもしかして丁度良いタイミングか?

 彼ら彼女らは【雨を守護する神象レイン・キーパー】の眷属であるわけだし、さっそく神様に通してもらえるなら、【孤独な人形姫マリートワネット】がどうしているか聞ける。


虹を呼ぶ天使エレファン・エンジェル】たちがふよふよと、どこかへ行くのをのほほんと眺める。

 うーん、なんだか平和だなあ。

 街を行き交う人々も、このオアシスに一時の休息を求めているのか緩やかな足取りだ。

 

 しかし、数瞬後は誰もが慌てふためき、激しい足取りになってしまった。



『パァオオオオオオオオオオオオオムッ!』



 巨大すぎる神象、【雨を守護する神象レイン・キーパー】がすぐ近くの【砂の大海サンドブルー】から顔を出したのだ。

 しかも都市部の全てを揺らしながら、ズンズンズンッと俺に急接近してくる。

 うわ……山みたいなゾウが迫ってくるとか、想像以上に怖すぎた。


『名無しの盟友殿、久しぶりぱおーむ! 壮健ぱおーむ?』


『あ、どうもです。きょ、今日は【孤独な人形姫マリートワネット】がどう過ごしているのか気になって来ました』


『ぱおーむむむむ……かつての敵にして、汝の友、そして今は我の友マリー。彼女は今、我の友と遊戯をかわしてるぱおーむ』


『【雨を守護する神象レイン・キーパー】さんのご友人とですか? どんな方なのですか?』


『ぱっぱっぱっぱっぱー』


 どうやら【雨を守護する神象レイン・キーパー】は笑っているようだ。


『ちょうどよいぱおーむ。名無しの盟友殿にも紹介するぱおーむ』


 おお。

 神象さん、話が早い。

 これなら大きな騒ぎを起こすことなく、スムーズに【孤独な人形姫マリートワネット】の近況をこの目で確認できそうだ。


「おい……見ろよ! 【雨を守護する神象レイン・キーパー】様だ!」

「どうして突然……? まだ雨降りのときではないよね?」

「あれ? あそこの人間と何かやり取りしてる……?」

「にわかに信じられぬ……【雨を守護する神象レイン・キーパー】様が、たった一人の人間のために、おんみずからお出迎えに……!?」


 いや、周囲の人々は大騒ぎになっていた。

 どうやら俺は超超超VIP待遇のお出迎えをしてもらったようだ。





『————リュンクスの親類ぱおーむ————リュン——は——黒くて小さいが————今日の友は————白くて大きい————ぱおーむ』


 山のごとき巨大な【雨を守護する神象レイン・キーパー】の背につかまり、俺は【砂の大海サンドブルー】の中へと潜っていた。

 ぎゅんぎゅんと青い砂が全身を叩き、非常に過酷な砂中遊泳だ。正直、【雨を守護する神象レイン・キーパー】が何か喋っているけど、よく聞き取れない。

 しかし、それほど痛くもない状況だ。


 そんなこんなで【雨を守護する神象レイン・キーパー】に案内された場所を目にする頃には、目の中に入った砂粒を洗うことよりも、周囲の景色に圧倒されていた。


 そこはまさに青いサバンナだった。

 どこまで行っても深い藍色の壁と天井は、まるで夜明け前の空模様のように静かだ。さらに文字通り、青々と茂った木々や植物の合間には大小様々な生物が息づいており、砂漠の真下とは思えないほど生気に満ちあふれていた。

 というか太陽らしきものはないのに……この不思議な光は何なのだろうか?


『ぱおーむ、ようこそ我らが【青き楽園】へ』


『青い植物に青い木、そして青い砂漠……異質な空間ですね』


『ぱっぱっぱー、青い水もある。そして人間たちはこの水のおかげで生を得ているぱおーむ』


『というと、【雨を守護する神象レイン・キーパー】さんはここの地下水をくみ上げて、その御鼻で【ひび割れた水宮殿アクアリウム】に雨を降らせていると?』


『いかにもぱおーむ! さすがは聡明なる名無しの盟友殿』


 何気にすごい発見をしてしまった?



『ギィッぎぃぎぃー? アキャッ? かわいい象さんと仲直りさせてくれた人』


『【孤独な人形姫マリートワネット】さん、お久しぶりです』


 青い木の葉から顔を出したのは、ちょっと不気味な人形姫マリットだ。しかし、前に遭遇した時より、かなり満ち足りた表情をしているようだ。

 人形だからその感情はしっかりと把握できないものの、なんというか前は重暗いオーラのようなものをまとっていた気がする。

 それが今では、はつらつとしている。


『アキャッ、アキャキャキャキャキャッ! 人も一緒にかくれんぼする? かわいいトラさんとかくれんぼ!』


『可愛いトラと隠れんぼですか』


『アキャキャッ! 見つかったら噛み殺されるアキャッ!』


 なにそれ、全然かわいくない虎じゃん。

 むしろ怖すぎ。



『グルゥゥゥゥゥオオオオオオ! 見つけたガウーン、人形姫マリット!』


 おおっと、噂をすればさっそくやばそうな虎が現れ……、虎のサイズじゃなかった。

 フェンさんと同じか、きゅーより少し大きいぐらいの威風堂々とした白い虎だ。軽く10トントラックを引きちぎれるほどの爪と牙を持ち、その巨体に見合わぬ俊敏さで俺たちの背後を取っていた。

 ぬるり、と木々の隙から白い壁が動いたかのように、その純白の巨大な虎は俺たちをジロリとねめつける。



『ぱおーむぱおーむ、こちらは名無しの盟友殿であるぞ、白虎びゃっこ殿』


『えっえっ、雨守あまもりくんのお友達!? ふーん、ふーん、人形の次は人間がうか。雨守くんは変わってるがうねー』


『ぱっぱっぱー、人だからこそ、盟友殿はこのぱおーむを救ってくれたぱおーむ』


『あー雨守くんを救ってくれた例の人間がうか。でも白虎は人間きらい』


『ぱっぱっぱー、白虎殿は人間嫌いと申す。だから自身が治める領域にも人間を一切入れずにいるようだ』


 え……そんな相手に俺を紹介するって……【雨を守護する神象レイン・キーパー】さん、あんたやってるね!?



『ぱっぱっぱー、ちょうど東西南北の友が集う時期でな。その中でも西の白虎殿は、人間嫌いすぎる。だからこそ、名無しの盟友殿を引き合わせたくぱおーむ』


『ふん、そんなことしたって無駄がう。白虎は人間きらいがうー。だいたい、脆弱な人間に何ができるがう?』


 くっ。

 俺は今、唐突に試されている!?


 人間代表として、この白虎なる存在にどう人間をアピールすればいいんだ!

 俺ができること、できること、好きなこと……!

 それは料理、うんまいご飯だ!


『お、恐れながら白虎さん。俺は料理が得意でして。試しに人間の作る料理を堪能してもらうのはいかがでしょうか?』


『美味しい料理なら【猫耳娘ミコリス】たちも作れるがう。あいつらも人間に混じって色々と発見してるがう』


 猫耳なる娘たちの料理、ぜひとも食べてみたい。

 だが、今は俺が白虎さんに人間の料理でわからせる必要がある。



『————【宝物殿の守護者アイテムボックス】』


 俺は機先を制するために、巨大な竜の肉をその場で取り出す。

 白虎さんたちが口を挟む間もなく連続で技術パッシブを発動してゆく。


『————【嵐神の暴風ストーム・シェイク】』


 吹きすさぶ激しい風力に、空中で踊る巨大な竜肉。そして大量の粗塩と黒胡椒を瞬時に融合。それに加えて、小粒状に砕いたガーリックとハーブも混ぜこんでゆく。

 もはや料理といえる料理ではない。


 荒業すぎるが、これぐらい豪快かつスピーディでないと白虎さんが横やりを入れてくる可能性がある。

 なので俺は急いで次の技術パッシブを発動する。


『————【竜神の火遊び】』


 下味をしっかりとつければ、あとは勢いのままに最高の焼き加減を意識しながら炎であぶる。

 こんがりと香ばしい匂いを放つ竜肉、そしてあふれる肉汁を目の前にすれば……肉食動物としての本能には抗えないだろう。



『人間の料理、まずはとくとご賞味あれ』


『グルウゥゥゥゥゥッ、がうっ!』


 俺が言うより早く、竜肉へとがぶりついた白虎さんだった。

 荒々しく咀嚼し、みるみると竜肉を食らい尽くしてゆく。その激しい食事風景には、やはり肉食生物の恐ろしさを感じずにはいられない。特に食物連鎖の上位にいる大型猫科動物の姿に似ている白虎さんが、肉に食らいつく様は見ていて圧巻だった。


『がうっ、がうっ、がうあむあむあむあむむむむむ……』


 しかしその清々しい喰いっぷりは、料理人としては嬉しいことこの上ない。

 やがて白虎さんは竜肉を食べきると満足したのか、その場でごろんと寝そべりリラックスポーズになってしまう。



『人間の竜肉料理、早くて美味しい人間料理、すごいがう。しかも、ぽかぽかぱわー……くるるるるぅぅ人間、名前はなんというがう?』


 コロンとさっきまでの態度を180度変えてくれた白虎さん。


ちまたではナナシと呼ばれています』


『名無し、がう。よし、名無し。この白虎を満足させたお礼に、白虎のそばに寄る権利をあげるがう。ほら、こっちにくるがう』


『あっ、はい……うわ、ふかふかふわ!?』


 きゅーやフェンさんに負けずとも劣らないもふもふ具合に思わず感動してしまう。


『ぐるるるるーん、白虎の毛は触り心地が抜群がう』


『いや、もう、高級羽毛ベッドを遥かに超えた寝心地です!』


 自らの毛並みを誇示する白虎さんに、俺は盛大にダイブしながら、その極上ふかふわベッドを堪能してしまう。



『ぱっぱっぱー、まさか白虎殿を寝具代わりにするとは、さすがは名無しの盟友殿』


『アキャッ!? わたしも可愛いトラさんとねんねごっこしたギィィギィー』


『ぐるるるるーん。よし、決めたがう。名無しなら白虎の領域に遊びに来ていいがう。うんうん、むしろ来てほしいがう。お招きするがう』


『白虎さんが治める領域ってどんな所ですか?』


『【西の終わりの領域】がう。【黄昏領域】とか【時限領域】なんて呼ばれる街もあるがうね』


『黄金領域、ではないのですね』


『くるるるるるぅぅ、【黄金教の女神リンネ】の力が及ばない領域がうよ? あんなつまらない女に尻尾を振っても面白くないがう。おっと、雨守あまもりくんを悪く言ってるわけでないがうよ』


 ちらりと【雨を守護する神象レイン・キーパー】さんを見る白虎さん。

 なるほど。確かに人の生息圏=黄金領域と呼ばれている理由がよくわかった。つまり人を受け入れてない領域は、平和であれど黄金領域といった名称にはならないわけだ。

人形封域ドールクイーン】だって100%、人の出入りを許可していたわけでない。そして白虎さんが治める領域もまた、人を寄せ付けない地。だからこそ黄金領域では、ない。


『さようですか。ちなみに、その……白虎さんの正式なお名前をお伺いしても……?』


『【西を刻む神獣ビャッコ】がうね』


 やはりそうか……。

 複数の領域を治めてるとか、【雨を守護する神象レイン・キーパー】さんの友だとかの辺りで察していたけど……。

 ものすごいフランクに接してくれる目の前の白虎さんは、正真正銘の神様だった。





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【竜の丸焼きガーリック】★☆☆

詩竜しりゅうポエムド』の肉を豪快に丸焼きにした逸品。

簡素な調理法であっても誰かを幸せにする詩の力は込められており、その肉の旨味も神に詠われるにふさわしい味わいである。

『したたるは、貴様の血肉か、肉汁だ』と、神々は上機嫌で詩竜をよく食していたとかいないとか。


基本効果……とっても満腹感を得られて幸福な気分になる。なんだか隣人や友をたまらなく愛おしく感じやすくなる。

★……永久にステータス色力いりょく+2

★★……永久にステータス信仰MP+2

★★★……特殊技術『詩魔法』を習得する。

『詩魔法』……ステータス色力いりょくに依存するが、魔法構文を書き換えて新種の魔法を生み出したり、発動中の魔法を変革させたりできる。


【必要な調理力:190以上】

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【西を刻む神獣ビャッコ】

かつて西方をその爪と牙で削り、屠った獲物の血で大地を深紅に染め上げた神獣。その惨状はまるで夕焼けのごとく広くに渡り、沈む夕日に白虎ありと言われるほど畏怖されている。これは天に輝く太陽ですら、白虎が睨めばすぐさま沈むといった意味が込められている。特に白虎に不遜な態度を取ったいくつかの人間の強国は、傾国の憂き目にあった。

今もなお、白虎の残した爪痕は渓谷けいこくとなって存在している。

絶対に怒らせてはいけない神獣の一頭であり、その渓谷こそが警告となっている。

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