68話 地獄の万能姫


【神殿】の攻略配信が始まったのは、同接率が高い日曜の昼だった。

【神殿】の本格的な攻略を常日頃から楽しみにしているリスナーたちは、いつもよりざわついていた。

 なぜなら今回のコラボ相手に問題が・・・あったからだ。


:いやー告知で聞いてはいたけどさ……

:俺ショックだわ。まさかの【にじらいぶ】とコラボかよ

:いくら話題性があるからってなあ……

:アイドルやりながら異世界パンドラ配信してるような奴らだろ?

:遊び半分の連中とつるんで何の得があるんだよ

:俺たちはそういうのを見に来たわけじゃない

:【神殿】のガチな戦いが見たいんだよ

:【神殿】が実力の伴わない相手に、接待せったい配信とか見る気失せるわ

:今日はぬるい攻略確定だな

:どこかでお茶でも飲むんじゃねww


:いやいや【にじらいぶ】は黄金領域を二つも復活させてるんだぜ?

:スタンピードから【天空城オアシス】も守り抜いたし

:実力あるだろ


:そんなん明らかにまぐれだからww

:【枯れ果てた水宮殿アクアリウム】はたまたまボスと仲良くなれて解放だろ?

:【水晶吹きの隠れ里】はたまたま歌が刺さって解放じゃん

:【天空城オアシス】の防衛戦だって、他にたくさんの優秀な冒険者もいたわけだしな

:今日のコラボ相手だって歌い手やったり、呑気に料理してるような子だろ?

:そんなんでどうやって異世界パンドラで生き残れるんだよww


 

 賛美両論あるなかで、やはり今回のコラボは望ましくないと思う【神殿】リスナーが多いようだった。

 

:え? ガチで最新の領域を攻略するだと!?

:ここって【天秤と断罪の森】だよな!?

:おいおいおい……前回の攻略で【神殿騎士インフェトリ】も死んでるよな?

等級ナンバー第十五位フィフティン】と【第二十七位トゥワイス】がな

:他にも【神殿騎士インフェトリ】じゃないのが2人

:合計4人って……最近の【神殿】じゃ最も死傷者数だしたよな

:そんなところに接待相手を呼んで大丈夫なのか!?

:俺、告知聞いた時冗談かと思った。目の前まで来て雑談かなーとか

:ガチガチで攻略してるじゃん!


 紫音しおんウタやナナシちゃんが、ロープをつたって【天秤樹てんびんじゅ】の皿へ登る姿も配信されている。


:思ったより俊敏な動きだったな

:え、いや……お姉さんの方、異様に早くなかったか?

:ん!? なんで脱ぎ出した!?

:にじらいぶの翼持ちが何か言ってる

:おいおいおいおいおいおい、今ものすごくたわわに実った何かが見えなかったか!?

:おい、カメラワーク! 働け!

:いや、この場合しっかり働いてると思われる

:くっそおおおおお働くなあああ! なまけろよおおおお!


:なんか翼持ちが【神殿】に指示してる感じだな

:フィールドの特性を予見してる……?

:ヨハネスさんの声がちょこっと聞こえたけど、セクハラしてなかったか?

:俺らのヨハネスさんに限って……そんなはず、あるわけないだろ


:へーここは本音しか言えない【天秤樹てんびんじゅ】ってわけだ

:ヨハネスさんも男だ。許してやれ


:いや、さすがに許せないぞ。あのセクハラ発言の連発は

:ちっきしょおおおおおおナナシちゃんのお乳がああああああああ

:俺もあの場にいたかった! 見れるなら死んでもいい!

:ヨハネスうううううううううう! 何セクハラしまくってんだよおおお

:マジできめえええええええ!


:デバフのリスクをなくすために、躊躇なく上裸になるナナシちゃん。これでも本気じゃないと言えるのか?

:しかも羞恥心よりも攻略をしっかり優先して、すぐに切り替えての気丈な素振り

:気にしてないはずないのにな

:海よりも広く深い度量の持主

:寛大すぎるナナシちゃん


:にじらいぶ勢が発狂してて笑う

:擁護も必死すぎだろw


:なあ、あの翼持ち……ナナシっていうのか。なんかマジで司令塔になってね?

:精霊……がいるらしいな?

:どうしてわかるんだ?

:ナナシちゃんだからやろ

:いやいや、そんな簡単にわかったら【神殿】が苦労してないから

:それが【にじらいぶ】なんだよ。にわかめ

:いや、意味わからんw


:おいおい、天秤の持ちあがった方の大地から何か飛んできてるぞ!

:3メートルぐらいの矢だ!

:もはや槍だろ!

:鬼がいる! 鬼だ!

:めちゃめちゃ長弓だな……

:あんなん喰らったら一発で死ねる

:こっちの攻撃……届かなくね?

:届いても勢いが弱いな……

:うわ。立地的にもデバフ的にも上の方が有利じゃん


:ん? あのクソデカ弓矢を素手で弾いた?

:ナナシってやつが幼女を守ったぞ

:ナナシちゃんないすうう!

:ウタちゃんを守れええええええ! もう【神殿】とかどうでもいいわ!

:【神殿】は全滅! ウタちゃんとナナシちゃんだけ生還ルートで、こいつらに【にじらいぶ】がマジヤベえって証明してやれええええええ!

:それはさすがに言いすぎでござるよ


:んんん? なんかナナシのポケットから……白いヒヨコが?

:うおおおおいビビった! めっちゃ爆炎放つじゃん!?

:うわっ、鬼に直撃してるぞ

:ナナシってテイマーなん?

:いや、でも素手であの弓矢を……おい、今度は掴んでるぞ!?

:……どんな動体視力してんだよ

:おいおいおいおいおいそのフォームはまさか!?

:槍投げだwwww

:え……鬼の脳天に直撃した……?

:どんな筋力ステータスしとんのやww


【神殿】や冒険者に上から槍の雨が降りかかるも、ナナシちゃんがテキパキといなし、逆に投げ返すという無双を見せつけられるリスナーたち。



:まじか。もしかして【にじらいぶ】ってガチで強いの?

:あれはマグレとかそういうレベルじゃない

:顔を売りにしてるギャラ飲みパパ活港区女子じゃない、だと……!?


:しかもテイマー?

:しかもフィールドの特性を把握できる?

:正確な状況判断に、【神殿】への指示&フォローまでしてる?


:美味しい料理も作れるぞ

:ヴァイオリンも上手だな

:それでいて、いつも推しの一歩後ろに下がって健気に支えているな

:もふもふたちに慕われる心優しい美少女やで


容姿ビジュだけじゃない……

:ほ、本物の……推しじゃねえか……

:くっ……さすがにここまで見せつけられたら、ナナシちゃん認める!

:ナナシちゃんはな!

:だがどうだ! 紫音しおんウタはやっぱり遊び半分で来た歌い手じゃねえか!


:いや、ウタちゃんって前々から冒険者界隈でも実力者として有名だった気がする

:そんなの事務所が仕組んだプロパガンダだろ!

:俺はそんな情報操作にだまされん!


:ん? なんか紫音ウタが突然歌いだしたな?

:こんな時に何やってんだよww



『第三楽章がくしょう————【雷鳴の音園おとぞの】』



:おいおい、この電撃の嵐を指揮タクトしてるのって……

:ウタちゃんだ!

:歌に魔法を乗せて敵を撃滅するのか……

:なんか【神殿】の武器にも雷が走ってないか?

:ウタちゃんの歌の本質は誰かを応援する心にあるんだぜ!

:つまり、雷魔法のバフか

:一度であんな広範囲にバフをかけられるだと……?


:あれだけの強力なバッファー……【神殿騎士インフェトリ】にもいないんじゃないか?

:すまん、俺たちが悪かった

紫音しおんウタは本物の冒険者だ……

:彼女は魔法幼女だ

:お、おう。魔法幼女、だな


【神殿】が率いるレイドパーティーは次々と鬼たちを撃破してゆき、【天秤樹てんびんじゅ】をロープで経由してゆく。そして新しい【天秤樹】に乗り移るたびに、ナナシちゃんが素早く指示を出す。



『みなさん、しゃべってください! 口数が少ない大地の方が天秤は傾きます!』

『了解! みんな、周囲を警戒しつつ大いに語り合うぞ!』


『怠惰、不動の罪を問われます! みなさん、走ってください! 運動量の少ない方が天秤は傾きます!』

『ナナシさんの言う通りにするんだ! 周囲を警戒しつつ慎重にダッシュ!』


『悲しみへの罰! みなさん、笑ってください! 負の感情が多い方が天秤は傾きます! 何か面白い話をしてくれたらなおよいです! えーっと、私、実は男です!』

『あっはっは。それは無理があるな————そういえば最近、私の大胸筋がピクピクピクミンでピクピクピクルスが————』


 このように【神殿】は順調に【天秤樹】からバフを得られ、爆速で攻略を進めていった。

 これには今までの【神殿】の攻略配信を見ているリスナーは驚愕せざるを得ない。


:前の配信じゃ……あんなに苦戦してたのに……

:【にじらいぶ】が2人加わるだけでこんなに段違いになるなんて、な

:ヨハネスさんが2人にコラボ依頼を出した理由がわかったわ

:【にじらいぶ】、本物だな


:ついにボスがいそうな【天秤樹】に到着したか

:さっきからチラホラ見えてたけど、この【天秤樹】だけバカでかいな

:その分、大地もめっちゃでけえ

:牧場並みの広さじゃん

:てかこれ、ちゃんと天秤が上がる方の大地にいないと厳しいよな?

:さすがに敵がいる状態で隣の大地に移るのはきつい

:広い分、敵もたくさんいそう

:おい! 召喚魔法陣が発動してるぞ!?


【天秤と断罪の森】の中でも一際巨大すぎる皿に辿りついた【神殿】だったが、彼ら彼女らを囲むように地面にはいくつもの魔法陣が輝き始める。


:召喚されたのはやっぱり鬼か

:1体でも近接戦は厄介なのにまさかの10体とか……

:近くで見ると怖いな

:でかい……3メートルはあるか?

:しかも今までの鬼と違って鎧とか盾とか、ガチガチに着込んでる……?

:でもボスって雰囲気じゃないよな?

:おい、なんか向こうの大地にヤバそうな奴いないか?


 リスナーの指摘通り、一目で他の鬼とは格が違う存在が【神殿】を見つめていた。普段であれば問答無用で襲い掛かる鬼たちも、その存在の号令を待っているかのように微動だにしない。



閻魔えんま……』


 ナナシちゃんの呟きに【神殿】も冒険者たちもハッとする。

 彼女が口にした名は、地獄の審判を司る閻魔大王えんまだいおうそのものだ。

 鬼を従える存在として、まさにボスに相応しい風格をまとっている。


『あの者の気分で、この【天秤樹てんびんじゅ】のルールがその都度つど変わります……今回の罪は、不動の罪! 動かない者の数が多い方が、お皿が下がります! みなさん、動いて!』


 ここで召喚された鬼たちが、一体何のために召喚されたのか冒険者たちは悟る。

 動かない者を増やすために召喚されたわけだ。

 そしてナナシちゃんの分析も少しばかり間に合わなかった。


:まずいな。鬼たちを素早く倒さない限り、10体も動かない存在が多くなるわけだ

:必然的にこっちの大地は下がるって寸法か

:あのガチガチの鎧相手にキツくね?

:無駄に頑丈そうな鬼たち

:やべえ、下がり始めたぞ……



『デバフ内容は……【すり潰しの刑ネガ・グラビティ】です!』


『ぐっ、なんて圧力だ……こちらの動きを封じてくるということは……遠距離攻撃に備えろ! このままでは無抵抗のまとになるぞ!』

 

 ヨハネスの言う通り、鬼たちによる長弓の弾幕が【神殿】や冒険者パーティーを襲う。

 しかしヨハネスを筆頭に、上位冒険者パーティー【海渡りの四皇】や【巨人狩り】がどうにか矢の豪雨をはじき返す。



『つ、次のッ! 次のルールが変わりました! 無法の罪です! 魔法を打つ数が少ない方が、落ちます!』


『魔法攻撃ができるものは上空に! 近距離戦が得意な者はそばの鬼たちに応戦せよ!』


 それからナナシちゃんの指示の下、【神殿】や冒険者たちの死闘が幕を開けた。

 ついには巨大な九尾が鬼を引き裂き、ひよこが爆炎をまき散らし、危機に陥った冒険者をナナシちゃんがフォローしたりと獅子奮迅の活躍を見せる。

 またウタの雷鳴魔法や歌魔法による強力なバフが、【神殿】たちのバックアップに繋がり、一時は天秤も優位に至った。

 しかし、それでも再び大地が下がってしまえば状況は厳しく、苦しい戦いが続く。



:体力がそろそろやばいんじゃないか……

:鬼の無限沸きが1番きついな

:倒さないと鬼を逆手に、天秤優位を狙ってくるし

:マジでナナシちゃんがテイマーじゃなかったら全滅ありえたぞ

:ルール変化がわからなかったら、上から狙われっぱなしだったからな

:がんばれ……がんばれ!

:おい、ひよこがやられた!

:ん? からだがぼこぼこになって……

:身体が変化してる……?

:ど、ドラゴンじゃん、あれ……

:ひよこはドラゴンに変身できるのか!?

:いや、進化したとか?


:ナナシちゃんがひよこの、竜の背に乗ったぞ!

:閻魔に単騎がけを仕掛ける気だ!

:ウタちゃんが歌に支援魔法を乗せてる!

:いっけええええええにじらいぶううううううう!


 最初は【にじらいぶ】に不信感を持っていた【神殿】リスナーも、今や一丸となって彼女たちに声援を送っている。

 その願いが届いたのか、ナナシちゃんの鋭い拳が閻魔大王の額を貫く。

 彼女の手から地獄がひび割れ崩れ去ってゆく。そして周囲は黄金の輝きに満ち、巨大すぎた【天秤樹てんびんじゅ】は本来の姿を取り戻す。


 それは世界に数本しかないと言われ、散りばめられた世界樹の一本。

【天秤の世界樹】が降臨した瞬間だった。



:黄金領域を踏破しやがった!

:まじか……

:いや、快挙すぎるだろ!?

:【神殿】や他の冒険者も凄まじかったけど、【にじらいぶ】やばいな

:死者ゼロは誇っていい

:あつい、あつかった

:ああ、俺も冒険者やりてえええ

:最高の景色だよな

:いつかこの目で、じかで見てみたいって憧れるわ



『すまない、ナナシさん、紫音しおんさん……まさか君たちゲストに庇ってもらう形になるとは……今回は本当に助かった!』

『いえいえ……私たちだけでは到底、この地の黄金領域解放はできなかったと、ウタ様は仰っています』


『そんなご謙遜を……! しかし、どうしてあそこまで私たちをフォローしてくれたのですか?』

『……【にじらいぶ】の沽券に関わりますので。私たちと共に進む者は、絶対に死なせたくない。だからいつも全力、それがお嬢様がたの方針でございます。私もウタ様も、その御意思に従ったまででございます』


 天翼の執事ちゃんが恭しく一礼する。

 それこそが自分の職務であり、当然まっとうすべき使命であると、揺るがない意思を感じる。さらに幼いながらも主人の風格を持った紫音ウタがニコリと微笑み、優雅な一礼をしてみせる。

 この二人が、いや、【にじらいぶ】がいれば冒険者界隈は大丈夫なのだと、圧倒的な心強さをリスナーたちに植え付けたのだった。

 


:【にじらいぶ】っていつもあんなに全力で戦ってんのか……

:なんか配信見に行きたくなったわ

:強いだけじゃなく可愛さも満点だぞ

:あと美味しさもな?

:おいしさ……?

:やべえ、俺……もっと紫音ウタの曲が聞きたくなった

:戦闘中にあの歌声はテンション上がるよな


:それなら【にじらいぶ】が最近リリースしたMVで【虹ライブ】って神曲があるぞ

:各ライバーのソロ曲もいいぞ~

:きるるんの【切り裂け女トマトジュース】ってやつも熱い

:ぎんにゅうの【ぷるぷる豆乳おいしいよ】も癒される

:そらちーの【Blue Sugar】も甘くて切なくていいよなあ

:ヤミヤミの【パンの耳パンデミミック】も最高に乗れる

:みんないい曲だけど、やっぱウタちゃんの【GOHAN】が抜群の歌唱力を発揮してるぜ


:え、なんで全曲食べ物系なん?

:まあ、お前も【にじらいぶ】を見ればわかるさ

:ナナシちゃんの恐ろしさがな

:いや、もう十分すごいってわかったが?

:ふっ。これだからにわかは

:腹が減った時にでも、見た方が早いでござるよ。


 こうして【神殿】、【海渡りの四皇】、【巨人殺し】、そして【にじらいぶ】の活躍によって新たな黄金領域と神が復活した。

 復活した神の名は、【天秤に座す神ジャッジ】。

 公明正大な審判者として、新しい黄金領域の統治神となった。


 そんな神が、とある少女に天秤が吊るす一部の大地の裁量権を与えたという噂が流れる。

 なにやらその地で『ドラゴン牧場』なるものを運営する者が現われた、などと冒険者界隈をにぎわすのはもう少し先の話だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る