50話 星々が沈まない街


 五大黄金領域の中には、原初にして最古の黄金領域と呼ばれる都市がある。

【先駆都市ミケランジェロ】だ。

 

 この黄金領域は他地域と比べて非常に温和な気候と、豊かな草原地帯に恵まれている。ゲーム時代は【始まりの草原】なんて転生人プレイヤーたちに呼ばれていたが、まさに冒険初心者にはぴったりのフィールドだ。

 色の失った【白き千剣の大葬原だいそうげん】とよく比較されたりするらしい。

 こっちは平和そのものだって。


【先駆都市ミケランジェロ】は王道な中世ファンタジーを絵にかいたような都市だ。石畳が大樹の根のように枝分かれしながら伸びており、木材建築から石材の建物まで多種多様な家屋が存在している。

 ひときわ目を惹かれるのは、至る所に点在している彫刻や絵画などだ。中には壁一面がキャンバスなのでは? と思ってしまうほどに大きな壁絵などもある。

 まるでこの都市こそが人の文化の発祥地であり、先駆さきがけであると主張するかのように。

 そして何より特徴的なのは、どの建物も上階にいけばいくほど面積が巨大化するといった特徴がある。


 大げさに言えば、小さな逆ピラミッド群が乱立している都市。

 それが【先駆都市ミケランジェロ】だ。



「ここの神様はひどく変わっているそうよ?」


「【芸術の神ミケランジェロ】です?」


「まーなんとなく都市を見回したら独創的だなって思うかな?」


「確か『転生オンライン:パンドラ』の旧タイトル時代からある都市なんやっけ?」


 VRゲーム『転生オンライン:パンドラ』は元々、なんでも奪えをコンセプトに傭兵プレイヤーたちが凌ぎを削る『クラン・クラン』という旧タイトルがあった。

 とあるイベントをきっかけに新生アップデートが行われ、俺たちの知る『転生オンライン:パンドラ』という新タイトルに生まれ変わった経緯がある。

 その後はみんなが知っている通り、現実の【異世界アップデート】だ。


「他の黄金領域はみんな【黄金教の女神リンネ】を信仰しているのに、この地域は違うのよね」


「【虹色の女神アルコ・イリス】教会です」


「さっきの教会も荘厳だったよね。黄金一色の黄金教と違って、七色のステンドグラスとか神秘的だったなあ」


「うちら【にじらいぶ】にはピッタリの教会やったよね?」



 俺たちは【先駆都市ミケランジェロ】観光もそこそこに、【始まりの草原】を西に抜けてゆく。途中でスライムなどのモンスターと遭遇するが、今の推したちの敵ではない。

 呼吸するよりも簡単にスライムたちを倒してゆけば、当初の目的地へと到着する。


「ここが……【星々が沈まない街ステラ】……草原にぽっかりと空いた大穴ってところね」


 きるるんの指摘通り、そこには隕石でも落ちたかのような巨大な穴がある。

 ただし、穴の底を見通すことはできない。なぜなら穴の壁面には、直径5メートルから30メートルにも及ぶキノコが群生しており、それはまるで穴を塞ぐ屋根のようだ。


「ゲーム時代とそこまで変わらないです?」


「でも実際に見ると凄い迫力だね……絶対に落ちたくはないかなあ」


「今はまだ日が出とーけん大丈夫ばい」


「『日傘ひがさキノコ』、だったわよね?」


「別名、『太陽の大傘おおがさ』です」


「あ、思い出した! たしか、太陽光に当たるとすごい巨大化するキノコだっけ! だから穴にまっさかさまーって心配はないんだよね?」


「だからさっきからうちが言っとーばい」


 そんな風に推したちが巨大キノコに塞がれた大穴近くへと歩めば、旅人らしき男性数人がこちらに手を振ってくる。

 彼らは羽根飾りのついた帽子をかぶり、思い思いの楽器を片手に笑みを浮かべている。


「やあ、やあ、ここでは誰もが、誰かのスターさ♪」

「沈んだ気持ちも沈まない♪」

「吟遊詩人の寄る、【星々が沈まない街ステラ】へようこそ♪」

「さあ、歌って踊って楽しもう♪」


 彼らはどうやらこの街の案内人ガイド門衛キーパーらしい。

 彼らの口ずさむ音頭に反応して、大穴の壁面がゴゴゴッと音を鳴らす。それは大穴の下へと続く階段が生成される音だった。

 一定の符丁や音で発動する【演奏魔法】の一種だろう。


 俺たちは彼らと軽い挨拶を交わした後、『日傘キノコ』が群生する大穴へと歩を進める。

 下に行けば行くほど太陽の光は届かなくなってゆき、まるで夜闇に迷い込んだかのような錯覚に陥る。それでも道しるべは確かに、いや、ほのかに灯っていた。



「綺麗ね……ゲーム時代は『永遠の夜』とか『永遠の星空』って言われていたわよね」


「【星虫ほしむし】がたくさんです! ホタルみたいです!」


「昼も夜も関係なく、満天の星空が見れるってデートスポットだったよね?」


「デ、デート……? いつかしてみたか」


 推したちが星空の中に迷い込んだかのような、幻想的な絵面をゲット!

 これは絶対に切り抜き動画に使える!


【星々が沈まない街ステラ】に到着すれば、さらに幻想的な光景が推したちを迎え入れてくれる。

 ぼんやりと発光する綿毛わたげが無数にふわふわと浮き、その光が優しく牧歌的な木材家屋を照らす。

 これは確か【き星】だったか。

 街の照明の役割を果たしていた気がする。

 

「なんだかいい雰囲気ね」


「緑がたくさんです」


「そこかしこから歌とか演奏が聞こえてくるねー」


「さすが吟遊詩人の街ばい」


 焚火たきびを囲んで楽器を愉快に弾く者。

 それを笑顔で聞き入っている者。

 はたまた、壇上からその美声を披露している者。

 そして曲に合わせて踊っている者。



「やあやあやあやあー君たちは新顔だねー?」


 すっかり周囲の音楽にのまれていた俺たちに、話しかける者がいた。

 なんだろう。この道化師ピエロ吟遊詩人バードを足して二で割ったような服装の少女は。


「そろそろ『星祭り』の時間になるから、ぜひ見るといいよ?」


 そう言って彼女が上を指せば、先ほどまで【星々が沈まない街ステラ】の空を覆い尽くしていた『日傘キノコ』たちがどんどん縮小してゆく。すると当然、本物の夜空が見えてくる。

 どうやらすっかり日は沈んでしまったようだ。


「さーさーさー! 毎晩恒例の星祭りが始まるよー! みんなブチ上げていこー!」


 先ほどの少女がそう叫べば、周囲の人々は喝采を送る。


「よっ、女神さま! 今日も頼んだぜ!」

星唄ほしうたの女神さまだ! がんばれー!」

「ステラさま大好きだよおおおおおおお!」


 まさかの、ここの黄金領域を守護する女神さまだったようだ。

【星唄の女神ステラ】か。


「今日も沈みそうな星たちがやってきたねー! どんどんぶち上げてゆくよー!」


 一体、どんな歌声を披露してくれるのか。

 星々を沈ませない女神の美声に期待が膨らむ。

 もしくは楽器演奏だろうか?


 俺も技術パッシブの中に【幻想曲のき手】というものを所持しているので、少しだけ吟遊詩人の街を守護する女神の音楽には興味があった。


 そんな風に女神さまを見ていると、視界の上が唐突に明るくなり始めた。

 上を見てみると————


 何かが流星の如く迫ってきていた。

 しかもピンポイントで大穴へと入ってきては、俺たちの真上に急接近だ。


 ん……?

 いやいやいや、アレはマジの隕石だよね!?

 やばいやばい! 推したちだけでもどうにか守らないと!?


 しかし周囲を見渡せば、慌てているのは俺たちだけで【星唄の女神ステラ】を楽しそうに見守っている者ばかりだ。

 え、もしかしてアレですか?

 女神さまの神聖なる歌声で、隕石を浮かせちゃうってやつ!?




「よいっさっさー! ほいさっさー! ぶ、ち、あ、げ、ろー!!!!!!」



 女神さまは隕石と真正面からぶち当たり、その衝撃と威力を自らの身体を回転させながら吸収してゆく。そして最後は力業で上空へと投げ飛ばしてしまった。


 ……いや、めっちゃ物理!?

 

 な、なんかこう……期待してたのと違う……?



「よいさ! あぁぁーッ! 一つ一つの星たちがッ! 君たちさッ!」


 何かを叫びながら、次から次へと落ちて来る大小様々な隕石を受け止め、打ち上げてゆく女神さま。


「ほいさ! 君たちがッ! 奏でる声がッ、人生がッ、音楽がッ!」

 

 もはや隕石をお手玉代わりで遊んでいる気軽さで処理している。


「人を繋ぐ縁がッ! 星座を紡ぐメロディがッ、幸せを呼ぶんだよッ! ほいさっさー!」


 こ、これが星祭りか。

 もっと穏やかで神秘的なものを想像していたけど……なんか違った。

 そんな女神さまの隕石ロケット打ち上げ無双も30分も経てば終わりを迎えた。


 あまりの衝撃に本来の目的を一瞬だけ忘れてしまった俺たちだが、いち早く復帰したきるるんがみんなを代表して【星唄の女神ステラ】に話しかけてゆく。


「あの、女神さま。私たち、人を探していて……紫色の髪をした少女を見ませんでしたか?」


「はいっさっさー、尋ね人かい?」


 一通りきるるんが【紫音しおんウタ】の外見的特徴を述べてゆく。

 VTuberのがわの見た目を共有したところでたかが知れてるが、ヤミヤミの情報収集力を持ってしても、髪色がリアルも紫といったヒントしか得られなかったのだ。


「ほいさっさ! 人は探すより、音色で惹きつけた方が早いと思うよ?」


 なぜか【星唄の女神ステラ】は俺をじーっと見つめ、無造作にバイオリンを押し付けてきた。

 ん、なに?

 これで何か演奏しろってこと?



「はいっさっさー! お集まりのみなみなさま! これより女神推薦の演奏家が、バイオリンを披露してくれるよー!」


「えっ、ちょ、まじか!?」


 女神さまの口上ともなれば釣られて集まる人々も少なくはない。

 あまりの急展開に推したちも動揺————



「ナナシちゃん! ぶちかましてあげなさい!」


「わーい! ナナシさんの演奏です!」


「執事くんって音楽もいけちゃう口なんだね」


「かっこよかあ」


 はいっ。

 うちのお嬢様たちは平常運転でした。


 まあここは……推したちから寄せられる圧倒的な信頼に応えるのが執事の務めだろう。

 こうして俺の即興演奏会が始まろうとしていた。






◇◇◇◇

あとがき


拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

ドラゴンノベルス様より、

もふテロ1巻が9月5日(木)より発売いたします!


これも一重に読者さまの応援のおかげでございます。

近況ノートにカバーイラストが掲載されています。


また作者『星屑ぽんぽん』のTwitter(X)にて

お友達と楽しく作った『もふテロ動画』もアップしました!

よかったら見てみてください!

@hoshikuzuponpon


きるるんときゅーが可愛いです!

◇◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る