20話 女神解放と白銀の農園
【息果てる氷城】。
そこに一度入ってしまえば、誰もが永久凍土の終焉を迎えるとして恐れられている。
この地はかつて【吹雪く
そんな怖い場所なのだと、
まず、どこを見渡しても透き通った氷が連なっているのだ。壁も廊下も、部屋や調度品でさえも氷でできており、隣の区画まで透視できてしまう。
まさに氷の城だ。
俺たちはダンジョンの最奥を目指し、襲い掛かる
もちろん俺はきるるんとぎんにゅうの活躍っぷりを、視界に収めるだけの簡単な役割に徹する。とはいえ、彼女たちの可愛さをたっぷり堪能できる位置取りや、画角にはこだわり抜く。
そして2人が危険そうなときは、きゅーにお願いしてフォローしてもらう。
ちなみにきゅーの規格外な体格では、城内で身動きできなくなってしまうので、ちょうどクマぐらいの大きさになってもらっている。
「いよいよボスね……」
「め、女神さまを解放するです」
怒涛の勢いで俺たちがたどり着いたのは荘厳すぎる大広間。
氷の木々が生い茂り、中央には巨大な氷の玉座があった。
そこに一匹のわんころが優雅に寝そべっている。
しかし俺たちを視認すると、そいつは姿に正体を現した。
『グルゥゥゥゥゥゥゥッ、アォォォォォオオオオオオォォオオン!』
身も凍るような雄叫びがこだまする。
さっきまでちんまいワンコロだった存在は、今やきゅーが最大サイズに変化した時と同等の巨躯へと変貌した。
『ぐるるるるるうううう……我が名はフェンリル』
おお、
きるるんやぎんにゅうさんには伝わっていなそうだけど、俺はすぐに念話で語り掛ける。
『なあ、どうしてここの女神さまを封じちゃったんだ?』
『ほう……我と話すか。面白い。であるならば少し語ってやろうぞ』
「さあ! いくわよ! ————【
「はい! 【
おーっと。
対話の前にうちのお嬢様
しっかりぎんにゅうもバフをかけてるし、これは交渉決裂か?
『うちのお嬢様たちが仕掛けちゃってるけど、適当にあしらってくれないか?』
『ふむ。九尾をそちらがけしかぬ間は、貴様の要望に応えようぞ』
さすがにきゅーが参戦したら分が悪いと悟ったのか、フェンリルは適度にきるるんたちを相手にしてくれた。
氷雪と血の剣と、銀光が激しく入り乱れる中、俺たちは語り合う。
『で、どうして女神を封印したんだ?』
『あやつは……我の大好物である【雪見もちもち】を狩り取ってしまったので封印した』
『【雪見もちもち】?』
『左様……【雪見花】といった植物から咲く実ぞ。あの
『えっと、その【雪見花】ってのはもうないのか?』
『ほんの少しだけ群生はしておる。といっても我が食そうものなら、すぐさま絶滅の憂き目だ。だから我は……いつか【雪見花】が一面に咲くのを待ち続けているのだ。そう、悠久の時だと錯覚してしまうほど長年だ……』
『なるほど。
『それは……まことか?』
『うん。その代わり、この戦いは適度に苦戦した感じで負けてくれないか? ついでに女神の解放も頼む』
『もし貴様が【雪見もちもち】の栽培ができなった時は?』
『まず女神の封印を解いたら、【雪見もちもち】は絶対に保護する。まあ栽培できなかったら、また女神を封印しようぜ? その時は協力するし』
『我が損することは……ないな。よい取引きだ。よし、貴様との盟約を結んでやろうぞ』
『話がわかるやつで助かったよ。じゃあ今からそれとなくきゅーを仕掛けるからよろしく頼む』
「くっきゅーん♪」
フェンリルに負けず劣らずの体格になったきゅーは、良い遊び相手ができたと言わんばかりにじゃれつきにいった。
それからきるるんとぎんにゅうの奮闘もあり、フェンリルがようやく
それでも美少女2人が一生懸命に戦い抜いた光景は、胸の奥から何かが混み上がてくるものがある。例えそれが出来レースであったり談合のたまものでも、本人たちにとっては本物の死闘だった。無論、リスナーにとってもだ。
それに推しの危険をできるだけ排除し、雇用主のピンチをサポートするのも雇われ執事の役目だろう。
こういう裏方の闇的な事情は、俺一人が抱え込めばいいさ。
それが推しへの愛というものだろう。
うん、我ながら良い演出をしたな。
「さあ……フェンリル、覚悟するのよ!」
「ごめんなさい、殺すです!」
「きるる様、ぎんにゅう様、お待ちください」
ここで俺は口を挟む。
「フェンリルはお二方の戦いぶりにひどく感銘を受けた模様です。どうやら仲間になりたいと仰っております」
「えっ……でも、それじゃあ……神の解放ができないわよ?」
「そ、そうです」
気難しそうに両腕を組むきるるん。
眉間に皺を寄せちゃうきるるんは相変わらず可愛いな。
ぎんにゅうもダンジョン初攻略に興奮しているのか、心なしかフェンリル討伐に賛同している様子だ。
ハイになっちゃって、ほんのりと頬を上気させてるぎんにゅうもなかなかに推せる。
「どうやらフェンリルを殺さずとも解放できるようです。それに、きるる様。フェンリルはもふもふでございます」
「仲間にするわ!」
さっきまでの悩む素振りはどこへいったのか。
きるるん即答。
「じゃあ、フェンリル! いいえ、これから仲間なのだからフェンと呼ぶわ! フェン! 女神を解放なさい!」
「グルルルルルルルルルルウウウウウウッ!」
勝手に名前を決定したきるるんに、めっちゃ不愉快そうに反発するフェンリルさん。
「フェン!? ふぇっ、ちょっと、さっきより強い!? 痛っ、ふぇぇぇぇえぇぇぇぇん!? ふぇええええええん! ナナシちゃんどうにかしなさいよぉぉぉぉお」
「フェンちゃん!? フェンちゃんダメです! いたっ、痛いですううううう! ナナシちゃん助けてですううう」
けっこうやばそうなので、俺はすぐさまフェンリルの近くまで近寄り手を伸ばす。
なだめるのが目的だが、まずは相手から顔を寄せてくるまで待ってみる。
うわあ、間近で見るとめっちゃ迫力ある顔つきだな。
なんというか気高い感じがすごい。
でも空みたいに蒼い目がけっこう綺麗で、ちょっと可愛らしいかもしれない。毛並みもかなりいいんじゃないか? きゅーに負けてないぞ?
そもそもこんな獰猛な生物が、【雪見もちもち】とやらをずっと待ってるって可愛くないか?
『フェンさん……【雪見もちもち】だよ。ゆ、き、み、も、ち、も、ち!』
『グルルルウ……いたしかたなし。貴様の言う通り、女神を解放しようぞ』
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
こうしてフェンリルが玉座へと遠吠えを放てば、城内を震わす勢いで美声が広がってゆく。
それから玉座周辺は煌びやかな七色のダイヤモンドダストに包まれ、幻想的な光景から花咲くように女神が光臨した。
うーん、このシチュエーションってなかなかの神配信なんじゃないのか?
「キミたちが————あたちを復活させたんだ?」
「そうよ」
「はいです」
「そっかー。あたちは【吹雪く
女神さまは思ったより子供っぽかった。
なんか白い花弁のドレスをまとってはいるけど、言動も見た目もかなりのロリッ娘さんだ。
「えっ!? なんで……フェ、フェ、ふぇえええええええええ!? あたちの宿敵、フェンリルが健在なのはなんでなのおおおお!?」
女神の威厳なんてのかなぐり捨てた絶叫で、膝から崩れ落ちるスノウホワイトさん。
ちょっと
まあなにはともあれ、この日の配信は色々な意味で伝説となったっぽい。
もちろんつぶやいったーでもトレンド入りを果たし————
#きるるん新ダンジョン発見
#学校の図書館ダンジョン
#きるにゅうコラボ
#夢の雪国ドリームスノウ初見攻略
#きるにゅう女神解放
#フェンリルをテイム
#ナナシちゃん最強説
と、見事1位から7位を独占してしまった。
◇
一旦、配信を切った俺たちは女神を落ち着かせたあとに交渉を持ち掛ける。
「ってなわけで、この一帯の一部の所有権を求める。無論、メリットは女神さまの安全ってことで」
「き、キミはちょっとぶっとびすぎだよね……? 女神相手にまさかフェンリルと九尾で脅しながら、神の領地を我が物としようとするなんてさー」
「じゃないとフェンさんが黙ってないんだ。ただ俺たちはこの地に農園を作れたらって思ってるだけなんだ。悪い話じゃないだろ?」
「……わかったよ。全面的にわかったよ。でも何かするときは、あたちに相談してね?」
「それはもちろん。むしろ俺はここの生態系について浅学だから、フェンさんやスノウさんにも色々意見を伺いたい。協力してくれたら助かるよ」
「それはもちろん」
『無論、【雪見もちもち】のためならば我が全霊を
というわけで話はまとまった。
とはいえ極寒の地で農業ができるのかって疑問を覚える人もいるだろう。
だが、この地は女神の復活により春が訪れている。
というより、ここで降っていた雪は元々温かいものだったらしい。
フェンさんのせいで寒くなってしまっただけで、世にも奇妙な……いや、だからこそ【夢の雪国ドリームスノウ】なのだ。
あたたかいのに溶けない、意味のわからない雪がこの地には積もっている。
そもそも本当に雪なのだろうか?
まあ何はともあれ、不思議なあったかふわふわ雪と未知の土壌……それらが合わされば、摩訶不思議な植物栽培も夢じゃない!
そしてゆくゆくは自家製野菜や果物の栽培などなど。
夢が広がるぞおおおお!
俺の
◇◇◇◇
あとがき
いつの間にか……現代ファンタジー日間ランキング11位になってました!
読者さまのおかげでございます!
作品フォローやレビュー★★★など、応援してくださった方々も含め
読者のみなさま、誠にありがとうございます!
◇◇◇◇
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