16話 裏アカ女子さんの正体


「うはー……疲れたあ……」


 放課後、図書室の受付机に顔をつっぷす。

 別に授業がきつかったとかそういうのではない。

 シンプルに少し寝不足気味なのだ。


 なにせ今日は朝の5時まで【手首きるる】の切り抜き動画を作成していたからだ。


 やってみてわかった。

 切り抜きの編集はかなり大変だ。

 

 というのも2時間の尺がある動画を何度も見直し、どのシーンが一番可愛いか、見所はどこかなのか、吟味することから始まる。つまり見直しだけで2時間以上は絶対にかかる。

 その後、編集によるテロップ、効果音や演出なども加えてゆくのだ。


『絶対に9分以内におさめなさい! 1分30秒以内のショートにしたっていいわ!』


 と、うちのお嬢様の厳命だったので、どうにかこうにか切り抜きは9分以内におさめ切った。あと動きの多いシーンも1分20秒のショートとして2本ほど作成した。

 可愛いどころがありすぎる【手首きるる】を9分にまとめるなど至難の業である。

 だが、俺はやりきった!


 10時間以上かかったのでかなりキツイ。

 それでも一切の手抜きなくやり遂げられたのは……推しをより多くの人に愛でてもらいたいから! やりがいはめちゃめちゃあるし、何度も推しを眺めていられるのは至福以外の何物でない。


『いい? 絶対にショートは欠かせないのよ? YouTuboのAIが、視聴者一人一人に合せて興味を抱きそうな動画やジャンルを自動で検出し、表示されるようになってるの。だからショートは自動で再生数を回してくれる、私を拡散してくれるための重要なツールなのよ』


 普段からV界隈や異世界パンドラ関連の動画をよく見る人々に自動で再生される。そんな巨大市場リスナーへ宣伝できる可能性を逃す手はない。


 そう説明されたら手を抜けるはずもない。

 全力を込めて【手首きるる】の魅力を知ってもらうのだ。


『切り抜きも重要よ。どんどん忙しくなってる現代人にとって時間は大切なの。だから短時間でどういうVTuberなのか、何が面白かったのか、どこが魅力的なのかを明確かつ迅速に伝わるコンテンツなのよ』


 ゆえに切り抜きも全身全霊だ。


『かといって長時間の配信が下策とは限らないわ。むしろ必須なの。なにせ、長時間の素材がなければ切り抜きも、面白い瞬間も生まれないもの。それに、リスナーの中には【ながら作業】で配信に来てくれたりするもの。なにより、直に触れ合える配信はよりコアなファン層を掴むチャンスだし、きるみんとお話する時間が私にとって一番の楽しみなのよ!』


 笑顔でそう豪語するきるるんの顔を見ちゃったら……。

 そりゃあ、配信中のカメラワークだって手が抜けるはずもない!


『こういった一連の流れを作ることで、あとは有志の【切り抜き師】たちが現われるわ。その人たちには【手首きるる】で動画を作る権利を容認する代わりに、収益の何十%はもらうの。いわゆるロイヤリティ契約ね。こうしてナナシのお給料も増えるわ』


 はい。

 たった2回の配信で俺の銭チャット含めたお給金は20万円を超えたのだ。

 ならば、すこぶるやる気が出るというもの!

 ちょっと睡眠時間を削るなんて微々たる問題!


 とはいえ、学業と仕事の両立はけっこう負担が大きい。

 しかし俺だけじゃなくくれないだって他所で色々と手を回し、奔走しているのだから文句など出るはずもない。

 コラボ相手への交渉、将来的にグループ化するためのメンバー選定や、新人VTuberの発掘どうのってブツブツぼやいてたもんな。


 これでおわかりいただけただろう。

 くれないは……【手首きるる】は本気なのだ。

 いつも全力で、魔法少女VTuberとしての活動に向き合っている。


 1人のリスナーとして、友人として、部下として応援しないはずがない。

 だから、睡眠時間が2時間でも……問題ない。



「あ、あの、な、七々白路ななしろくん? 大丈夫です?」


「ああ……銀条ぎんじょうさん……ちょっと寝不足なだけだから大丈夫」


 隣から声をかけてくれたのは、同じ図書委員の銀条さんだ。

 クラスが違う彼女とは、接点が図書委員の活動だけなのでさほど知らない。

 

「ね、眠くても、図書委員の仕事は、して、ください?」


「うんうん」


 黒髪ミディアムボブヘアーの彼女は前髪がやや長めで目にかかっている。

 なので表情が読みとり辛く、俺をとがめているのか心配してくれてるのか定かではない。


 ただ俺が彼女に抱く印象は、優しくて大人しい地味な女子って感じだ。

 あと、制服しからでもわかる巨乳。

 あぁ、あのたわわに実ったマシュマロに顔をうずめられたら気持ちいんだろうなあ……。

 巨乳は世界を救う。


 なのできっと銀条は心配してくれているのだろう。

 一応はお礼を言っておく。


「ありがとう。銀条に迷惑がかからないよう、しっかりする」


「や、別に……そ、そういうつもりで言ったんじゃなくて」


「わかってるって。心配してくれたんだろ?」


「え、えっと……う、うん。じゃあ、そういうことで、お願いします」


 つい保護欲をそそられるモジモジした動きに、妙な既視感を覚える。

 んー、この、なんとも引っ込み思案な挙動はつい最近、目にした気がするな。

 どこだったっけ。


 あ、そうだ。

 異世界で遭遇してバウムクーヘンをあげた裏垢女子さんだ。

 たしか『ぎんにゅう』って名前だったっけ。

 あなたをぎんぎんにする巨乳。

 

 うん。

 そういえば彼女にはアレからお世話になっている。

 彼女の裏垢にアップされる際どい衣装姿は、どうにもすこぶるはかどるのだ。しかも一度はからんだことがあるといった、妙なリアリティが余計にシコい。

 もはやあっち方面の推しといっても過言ではない。


 そうそう、特に銀条さんと同じ場所にある口元のホクロとかいいよなあ。

 透き通った可愛らしい声音とかも似てるしなあ……。


 あれ?

 あれれー?

 

 どことなく銀条さんって『ぎんにゅう』に似てないか?

 いや、でもぎんにゅうさんは銀髪女子だったよな。対する銀条さんは正真正銘の黒髪だ。


 でもなあ、うーん、まさかなあ……くれないに続き、銀条さんも魔法少女だった場合……。

 いや、そもそもあれは銀髪のウィッグだったって可能性もあるし。



「……そういえばまたバウムクーヘン食べたい?」


「食べたいです!」


 咄嗟とっさにそう答えた銀条さん。

 だが次の瞬間、ハッとして下を向く。

 それから何やら口笛を吹くような素振りをして『あっ、僕は、その、たまたまバウムクーヘンが好きすぎです? 目がなくて? だ、だ、だから七々白路ななしろくんが作ったババババウムクーヘンは食べたことないけど、きょ、興味があるっていうか? あります、です?』とか自ら墓穴を掘る言動を早口でボソボソ言っている。


 そもそも俺が作るなんて一言も言ってないんだけどなー、ぎんにゅうさん。



「ぎんにゅう」


 俺がぽそりと呟けば、銀条さんはピクリと言い訳をやめた。


 おや。

 おやおやおや。


 この反応は……。



「裏アカ女子」


 俺の追撃に銀条さんはぷるぷると震えながら下を向き始める。

 ついでに両頬は真っ赤に染まっている。


 なんだろう、これは面白い。

 ドS心がくすぐられる推しの反応に、ついつい俺は調子に乗ってしまう。


「地味巨乳。幼馴染とえちえち。巨乳オタ友とせっ〇くちゅ。地味メガネ性奴隷」


 彼女がアップしていた写真のタイトルを次々と述べてみる。


 

「真面目な銀条さんが裏垢ねえ」


 さらに突いてやると、銀条さんはついに俺の胸倉にひっついた。

 

「あっ、あのっ! お願い、です……だ、誰にも、い、言わないで、ください!」


 彼女は必死になるあまり、俺を椅子から押し倒す勢いで懇願してくる。

 そのご立派な双丘で俺を圧迫しながら。

 あまりにも銀条さんの顔が近すぎて、今や前髪もはだけている。


「……!」


 今まで前髪で隠れていた銀条さんの涙目が見えた時、俺は驚く。

 うるうると輝く彼女の瞳は、銀色だ。


 うわ、銀条さんって……目の色めっちゃ綺麗。

 不思議な光彩を放つ彼女の瞳に吸い込まれそうになる。


 っていうか前髪で分かり辛かったけど、すごい整った顔立ちしてるな。ロシアとかスウェーデンとか、北欧の血が入っていそうな感じだ。

 一見して地味だった彼女の正体は、完全に美少女だった。


 となりの図書委員が地味巨乳だと思ってたら巨乳美少女だった件。



「わ、わかってます。わかってます、から……タダで黙っていてなんてムシがよすぎます。七々白路ななしろくんが望む命令は、何でもします。どうせ、これをネタに脅して、ぼ、ぼくの身体を好き勝手に、性欲のはけ口にしちゃうんだ。妄想ばっかりの卑しい僕を調教しちゃうんだ。あ、あのっ、初めてだから、優しくしてほしいって言うか……それでも乱暴にされた僕は七々白路ななしろくんの奴隷になっちゃって……イキ狂いイキ堕ちしていくです……ご主人様、です」


「えええええええ……めっちゃエロい残念な子じゃん。しかも処女かーい」

 

 ひかえめに言って最高。



「はい、ご主人様。や、優しくしてくださいです(乱暴にしてOK)」


「ふっ……奴隷志望か」


 とりあえずいきり立つ我が息子をどうにかしてもらおうか。

 なんていうのは冗談です。



「なあ、銀条さん。君はもしかして魔法少女だったりするの? ほら、異世界パンドラで会った時では、ちょっと容姿が違うっていうか、髪色とかさ?」


「さすがきるるんの執事さんですね。仰るとおりです」


「ふーむ……」


 俺は銀条さんを上から下まで眺める。

 もしかしてこの子ってくれないが言ってた条件を満たす・・・・・・逸材いつざいなんじゃないのか?


 くれないはVTuber事務所を立ち上げる予定だ。

 そのためには先んじて、自らの知名度を上げる。

 これは大かたクリアしつつある。


 次はグループ化に伴うメンバーの募集だ。自身の拡散力を活用して、広く募集をかける段階にきてるらしい。

 というのも、やはりダンジョン配信はこれから難易度が上がってゆく。

 特に俺たちが活動拠点として選んだ【世界樹の試験管リュンクス】地方は、巨大生物が多く出没するので冒険者の死亡率が高いらしい。


 なぜわざわざそんなところを選んだのかと問えば、『未開の地ほど、後続の私が配信しても新しい未知が発見しやすいでしょう? 話題になりやすいわ』と、いわばブルーオーシャンな市場を狙っての決断だったようだ。

 つまり危険度が高いので、早めに冒険者としてもVTuberとしても同じグループで活動できる仲間を集めたいようだ。


 その第一条件が美少女。

 第二条件が物理的に戦える。

 続いて第三条件がそれなりに影響力のある活動をしていること。平たく言えばファンやフォロワーの数が多い人物。

 そして第四条件が同性と仲良くできる子、らしい。



 銀条さんは、第四条件に関しては不明だけど、第一と第二、第三条件はクリアしてるように思われる。美少女で巨乳だし、くれないと同じ魔法少女なら戦えるだろう。活動にしても裏垢だけどフォロワーが13万人超え。


 銀条さんとくれないを引き合わせるのは、名案なのでは?

 

 俺が銀条さんをジーッと見ながら思考の海に沈んでいると、彼女は恥じらいながら頬を上気させ続けている。微妙に吐息がなまめかしい。

 ふむ。これは見方によっては相当数の男性に刺さる属性なのではないだろうか?


「あ、あの……ご主人様はいつまで視姦しかんするおつもりなのです?」


 ちょっと発言の端々からポンコツ臭がただようけれど、それもまた一興なのでは?



「よし、俺の命令……っていうか、お願いを聞いてくれるんだったよな?」


「はい」


「魔法少女VTuberの【手首きるる】……の中の人に会ってくれないか?」


 こうして俺は裏アカ女子に最初の命令を下したのである。


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