第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 38

 夏目は某有名大学への推薦入学が決まっていた。

だが、彼は日本での進学を取りやめて現在グラスゴーにいる。

例の人格ロンダリングの名匠に預けられて修業の毎日らしい。

 夏目のメンターを引き受けた名匠は、中世からの生き残りだとシスター藤原が言っていた。

イギリスやスコットランドの歴史を考えてみればだよ。

元はと言えば戦争が原因で傷付いた夏目の心を教導するのには、うってつけの人選なのかも知れない。

 最も名匠は、英国国教会が誕生する前には法王庁のエースエクソシストして活躍していたそうだし。

時代が下がってフロイトがパリに留学している頃には彼の師だった経歴もあるというよ。

名匠の興味の向きを鑑みるに。

夏目はメンティーと言うより実験動物みたいな扱いを受けている疑いもある。

まあどうでも良いけどね。

 「三つ子の魂と言いますからね。

腐った性根が変わることは生涯ないでしょうよ」

先輩に言わせればこれまた身も蓋もない。

先輩は自分がモノ扱いされたことより何よりも。

夏目が僕や橘さんに発砲したことをどうしても許せないと言う。

僕も橘さんもシスター藤原の再三のとりなしで、夏目の事はなんだか『もういいか』と言う気持ちになっている。

なんと言っても橘さんは夏目に9mm弾を一発叩き込んでるからね。

ある程度彼女の溜飲は下がってることだし、僕も先輩のアタックで満足かな。

だけど夏目と直接対峙してノックアウトした先輩の考えは僕や橘さんと違う。

先輩のお怒りはシスターのとりなし程度ではびくともしない。

森要といい夏目聡司といい・・・もしかしたら加納円といい。

・・・毛利ルーシーの男運は最悪なのかもしれない。

そうであるならば先輩の頑なさにも一理あると思うがどうだろう。


 夏目については僕と同様思いの外淡白な橘さんである。

けれども橘さんは、シスター藤原を操って僕を陥れる極悪非道な陰謀を企んだくせにだよ。

未だにシスターのことが気に入らないらしい。

陰謀のことは先輩の話を聞いた後で橘さんにも問い質してみたのだけれどね。

お答えをいただく前に、いきなりライムの香りがする口付けをされてチャラってことになった。

俗にいう妖艶な笑み?

唇が離れた後、童顔の橘さんには似合わなかったけれどもそんな笑みを浮かべてね。

「知らぬがホトケですよ?」

なんて一言でお澄まし顔さ。

 ミシマにしろ橘さんにしろ、最近直ぐに僕の虚を突くはすっぱな手を使う。

先輩はお育ちが良いのかそんなことはしないのは救いだな。

僕は主役とは程遠い真っ当なモブだからね。

羞恥心にキョドリつつ作法通りにおどおどしてしまったよ。

「夏目をかばうために自ら射線に身を晒したところだけはシスターを評価しちゃいます」

橘さんには上機嫌な口調で更に話をはぐらかされた。

 三島さんのチェックで橘さんのキスは確実にバレるんだよ。

知ろうとしちゃいけないこともある。

そのことを僕に学習させようとした橘さんの飴と鞭なのだろうか。

 

 ところで、夏目はドナムを使って莫大な資産を形成していたらしい。

「あの女、夏目の現有個人資産をどうこうしようとは思っていないようです。

その代わり、将来的には夏目のドナムをOFUの財源確保に利用しよう。

そんな下衆なことを目論んでいるフシがあるんですよ」

橘さんに言わせるとシスター藤原はとんだ食わせ物ってことらしい。

「可愛い顔してその本性はと言えばです。

性悪な最先任曹長か欲深な宗家家元みたいなお局なのですよシスターは。

千年かけて磨き上げてきた老獪な算盤勘定で組織に君臨しているんですから〜。

なかなか一筋縄ではいかない老女狐ですよ?」

シスター藤原に対しては、相変わらずけんもほろろな橘さんだった。

 


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