第36話 やはり自分の生まれ育った場所への心情は複雑

 

 僕の背負っていた背嚢はいのうに隠れていたシルが口から鉄球を吐きだす。鉄球はファイアーバレットとぶつかる。


 鉄球はファイアーバレットの温度によって溶けるも、ファイアーバレットも速度を失い、鉄球とともに地面へ落下、そのまま消滅した。


「魔力操作」


 その間に、自分が狙われていることに気が付いたフレアは魔力操作を使い、さっき僕が停止させたもう一つのファイアーバレットを撃ち返す。


 再び魔術師の一人は炎に包まれる。しかし、おそらくまだ生きているだろう。


「束縛眼! 束縛眼!」


 僕は2人の動きを止めた。僕とフレア、それにシルがとどめをさそうとするも――。


風切断エアロ・シュレッダー


 後ろから飛んできた風の群れによって魔術師たちは切り刻まれた。


「私も少しは戦えるのよ」


 後ろを振り返ると、キャサリンがウインクをしてくる。


「キャサリンさん。手伝うならこっちにして欲しいなぁ。こちとら一人で6人と戦ってるんだからさぁ。まぁ、4人は倒しちゃったけどね!」


「貴様ぁ! 我らを相手にしていながらよそ見をするとは良い度胸だ! 強撃!!!」


「多重分身!」


 一人の戦士は三日月刀に魔力を流し、強化する。もう一人は自分の姿を幻術によって複数生みだす。


「おっと危ねぇ!」


 彼らの攻撃をヘックルは天井に向かって飛び上がることで避けた。


 いや、違う。


 ヘックルは天井から投擲されたなにかを避けたのか。そのなにかは強撃を使っている戦士に刺さる。


「ぐぅっ!」


 どうやら天井から投げられたのは大きな針のようだ。これは確か棒手裏剣か? 以前ゴブリンキングとの戦闘で使った撒菱まきびしと同じ東方の武器だ。


 棒手裏剣で刺された戦士は致命傷ではなかったにも関わらず、口から泡を吹いて倒れた。


「ふむ。やはり毒というのは良いものでござるな」


 天井を見ると、黒い民族衣装に身を包んだおかっぱ頭の少女が張り付いていた。彼女は天井から床に降りてくる。


「「「「「「こんなガキにザハーンがやられただと!? 許せん」」」」」


 幻術によって分身した戦士が仲間を殺され激高し、集団で少女に切りかかる。


 ガキィィィィィィィィン。


 その凶刃はヘックルが長槍をぎ払ったことで全て弾かれた。幻術の武器でも当たれば殺傷力はあるみたいだな。


「お前さんは俺の獲物だよ。それにしても、こんないたいけな少女に切りかかるなんて、おじさんそういうの良くないと思うな」


「「「「「黙れ黙れ!!!! まずは貴様から切り刻んでやる!!!!!」」」」」


 幻術使いはヘックルを包囲すると、一斉に襲いかかった。


「氷壁!」


 ヘックルは自分の周囲に氷の壁を作って身を守る。ただし、彼は完全に自分の周りを氷の壁を覆わず、一か所だけむきだしの状態にした。


「氷撃!」


 氷の壁がない先に居る幻術使いに対して、ヘックルは長槍を突きだす。三日月刀よりも長いリーチを持つ長槍は幻術使いの身体を容易く貫いた。


 幻術使いの身体は槍が刺さった場所を中心に凍っていく。


「ぐふぅ! どうして……」


「どうして本物がどれか分かったかって? そりゃあ、一人だけ足音を立ててるんだから分かるに決まってるじゃん。おじさんは聴力良いからね」


「聞いてないでござるよ。彼はもう死んでいるでござる」


「ありゃ、本当だ。それにしてもさ、さっきの棒手裏剣、避けなかったらおじさんに当たってたよね。カスミさぁ、前から思ってたけど、おじさんの扱い雑じゃない?」


「そんなことはないでござるよ。あの速度なら、ヘックルは避けられると判断して棒手裏剣を投げたでござる」


「彼らが全員倒されただと! どういうことだ!」


 身体を特殊なロープで拘束されたジェーンがわなわなと身体を震わせる。見ると、ジェーンだけでなく、グレアとローズマリーも似たような状態だし、周りにはバラード家の護衛たちが彼らを見張っている。


 状況的に、自分たちの護衛が暴れている間に、自分たちは逃げようとして失敗したといったところだな。


「彼らは全員、南方にある首長国から取り寄せた凄腕の暗殺集団なのだぞ! 貴族の血も混ざっておるから、魔力量も多い上に、殺しの技術も高いはずだ! それがなぜやられる!」


「あなたは今自分から彼らを暗殺者と言ったじゃない。暗殺者を護衛任務なんかに使えば、実力を上手く発揮できないのは当たり前じゃないかしら」


 キャサリンが笑みを浮かべながらジェーンに語りかける。これは彼女の言う通りだ。暗殺者というのはその名の通り暗殺に特化した存在だからな。


 そんな彼らが正面から戦えば、力量が同じだった場合、負けてしまうだろう。


「ぐぬぬ。彼らは護衛任務もこなせるという話だったのだがな」


 ジェーンはがっくりとうなだれる。彼らはロープで縛られたまま、屋敷内にある独房へ連行されていった。


「それで、次期バラード家当主はこの私、キャサリン・バラードがなるということで良いかしら? ジェーンたちを拘束したということはそういう事で良いわよね?」


 キャサリンの言葉に反対する者はいない。ジェーンたちに近しい人々ですら、うつむいたままなにも言わなかった。おそらく、ジェーンたちには一族の間で重い制裁が加えられる。


 もしかしたら処刑されるかもしれない。そのため、ジェーンたちを助けようという気概を持った人間はバラード家の中にはいないだろうな。


 彼らは数々の黒いビジネスをしていたばかりか、キャサリンや進行役のカイルという男を殺して逃げようとしたのだ。擁護のしようがない。



 ◆❖◇◇❖◆


 会議の翌日、僕らはバラード家の玄関口にいた。


「あなたたちのおかげで、無事にバラード家当主になれたわ。約束通り、これを渡しておくわね」


 キャサリンから魔導書ニブルヘイムを渡されたフレアは大事そうにそれを抱える。


「あとラース、あなたにもこれを渡しておきましょう」


 彼女に渡されたのは、テュポーンの指輪だ。ジェーンたちの護衛が持っていたのと同じ物なんだろうか。


「彼らが持っていたものとは別物よ。さすがに、あなたが倒した人間からはぎ取った装備品を渡したりはしないわ」


「それにしても、どうして僕にこれを? 報酬のニブルヘイムは貰ったわけだが」


 今回は敬語ではない。会議が終わった後から、キャサリンからなぜか砕けた口調で話すように言われたからだ。


「その魔導書はフレアへの報酬であって、あなたへの報酬じゃないわ。ラースが思った以上の活躍をしたから、なにか渡しておこうと考えたわけよ。本当はもっと上等な装備品を渡そうと思っていたのだけれど、あいにくあなたの役に立ちそうな装備はこれくらいしかなかったの」


「いや、テュポーンの指輪をくれるだけでも凄くありがたいよ」


 自分で買うとなると、大金貨が何枚飛ぶか分からないような代物だからな。


 テュポーンの指輪の中核といえる緑色の水晶――風水晶は、シルフという種族の妖精以外には作れないとされており、価値が高い。


 僕は指輪を早速右手の人差し指にはめ込む。マジックアイテムなだけあって、指輪は僕の人差し指にぴったりはまるよう、自動的に調節された。


「サマになっているでござるな」


 声をかけてきたのはおかっぱ頭の少女だ。確か名前はカスミだったかな? 彼女はヘックルとともに、キャサリンの護衛としてここにいる。


 キャサリンは無事、バラード家当主として認められたわけだけど、彼女の権力はまだ安定していない。


 会議では大人しかったが、ジェーンと親しかった面々などが襲ってくる可能性もあるため、2人は常にキャサリンのそばを離れないようにしている。


「似合っているのなら良かったよ」


「マジックアイテム貰えるなんて羨ましいねぇ。おじさん嫉妬しちゃうよ」


「ヘックルにはすでに適正な報酬を払ったじゃない。おまけに、あなたはマジックアイテムくらいたくさん持っているわよね」


「そうなんだけど、テュポーンの指輪は持ってないからなぁ」


 金に余裕のある冒険者や兵士というものは自分が使う以上の装備品を集める者が多い。


 仕事柄さまざまな武器防具やマジックアイテムに命を救われる僕らは、装備品が充実していることに安心感を覚えるのかもしれないな。


「助かるよ。指輪のおかげでより難易度の高い魔物にも挑めるようになるかもしれないからな」


「あら、あなたなら指輪を嵌めていなくとも大抵の魔物は倒せそうな気がするのだけれど……」


「いや、ドラゴンなんかと遭遇した時、指輪の力で素早さを上げれば、逃げ切れるかもしれないし」


「それはそうかもしれないわね。ではそろそろ私は失礼するわ。バラード家当主になったばかりでやることが多いのよ。フレア、あなたのお店はそれなりに利用させてもらうわ」


「ええ。一応、お姉さまの来店を楽しみにしておきます」


「クレマンデス。彼らをトロンまで無事に届けなさい」


「かしこまりました」


 僕らは馬車の中に入っていく。ふとフレアを見ると、彼女は窓越しにバラード家の屋敷をじっと見ていた。


 彼女は複雑そうな表情を浮かべている。今回、フレアはずっと認識阻害のローブを羽織っていた。そのため、彼女がバラード家に戻ってきていたと知っている人間は少ない。


 というより、キャサリンとクレマンデス、ヘックルにカスミくらいなものだろう。


 本人はなんともないかのように振舞っていたけれど、本当はバラード家から爪弾きにされていることに寂しさを感じているのかもしれないな。


 僕はフレアの右手をそっと握りしめる。彼女はびくりと身体を震わせてからこちらを向いた。


「大丈夫か?」


「……驚かさないでください。私はなんともありませんから」


「なら良かった」


「でも、ありがとうございます。帰りますよ、の家に」


 フレアは微笑む。

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