第4話





よく晴れた五月半


大学構内を出た時明るい陽光と風に揺れる葉の影に目が眩むような錯覚をした

講義が終わると密集していた集団は箱から転がる玉のように散っていった。遅れて退出して新鮮な空気を吸う。…今日昼からの予定はない。晩飯の買い出しでもするか。何がいいだろう。昨日は残り野菜の焼きそばだったから白飯が食べたい気もする。お惣菜を買って帰ろうか。その前にこの中途半端な季節の暑さを凌ぐために、カフェラウンジで読書でもしつつ休もうか。いや、この前見つけたまま行けていない純喫茶にしようか。そう思い鞄を背負い直し歩き出す


ガコンッ


音に振り向く

「すげぇ!やばいな!」

「かっこいい!」

「くっそぉ!カッコつけやがってこのやろう!」


騒々しい男女の声が耳に届く

見ると大学構内の野外コートでバスケットボールをしている集団がいた。……若いな、と思う。陽気に負けない煌びやかな笑顔と汗、交わし合う声と温度。遠い存在だな

踵を返し歩き出す。温度調整の効いた店内でアイスコーヒーでも飲みながら充実した時間を過ごそう。これも青春。青さ滲む一ページなり

「すごいねエリオットくん!」

思わず立ち止まってしまった。愚かしくも反射的にである。しかも畳み掛けてつい、そうつい振り向いてしまった


「えーそう?ありがとう」

にへらと笑みを浮かべ女子が手渡したであろうハンドタオルで汗を拭っていた。見たことのある背丈の男。日に照らされた淡い髪の色も心なしか煌めいているように見える。胃に不快感を感じた。ああ、まさに大学生の青春だろう。青春青春と言っているが別に嫉妬や羨望ではない。読んでいた小説がたまたま学生の青春物語で青春とは?と問いかけながら主人公の変化していく環境や幼さ、そして甘酸っぱい恋などが綴っており、なんぞや?とマイブームとなっていただけだ。多分一時間もすれば終わる儚いブームである

周防エリオットは同じような背丈の男子に肩を組まれ小突き合いながら笑い合っていた。一瞬脳裏にあの資料室で温度のない、真表情の周防の影がちらつき、僕は振り切るように再度歩みを進めた。やはり風がないと暑い。僅かにかいた汗が嫌だった


アスファルトの階段を手すりを使わずに下る。と言っても数段。緩やかな坂。そして花壇を過ぎ電灯の下を過ぎて大学敷地内から出ようと前進する


「待って!ねぇよっちん!」


思わず立ち止まる。それがミスだった

肩を掴まれる。熱い

「…………何か?」

「あはっ。すごい仏頂面」

ニコニコ笑って肩をパンパンと叩く。それを振り払ってズレた眼鏡を掛け直す

「やっぱよっちんだわ。ちらっと一瞬見えたから。来ちゃった」

ざわっと胸の中を何かが撫で去る

それを誤魔化すように、吐き出すようにして息を吐く

「そうですか。では」

「ちょちょい待ってよ。昼まだでしょ?一緒に行こ」

まるで子供がねだるような自然な甘え。慣れているのだろう。不愉快だ。精悍なくせに目が大きくて丸い瞳をキラつかせて見る。この目は卑怯だ

「エリオットくーん!」

エリオット!と続けて男女の声がした。背後の方で先ほどの男女達が呼んでいるようだ。周防は振り返り手を振っている

くだらない


カツカツと硬い床を進む

日差しがやけに心を撫ぜた




カランッ

扉を開けると鈴の音が店内に響いた。すぐによく通るが静かで丁寧ないらっしゃいませと共に店員が出迎える。奥の窓際の席に案内された。ダークブラウンのテーブルにレースのランチョンマット。小さな花瓶にピンク色のガーベラが生けてある


「本日のアイスコーヒーと本日のパスタをお願いします」

「畏まりました」

すぐに注文し一礼して店員は去っていった。店内は電球色で照らされ小さくジャズが流れており、大きな置き時計から微かに針の音がした。コポコポとサイフォンコーヒーの抽出音が耳にいい

冷えた水を飲む


「ふぅ」

一息ついた

と同時に固まる

なぜなら窓に大きな影がこちらを覗いていたからだ


「………………」

男はニッと笑い、窓から離れてチリンと鈴を鳴らし店内に入り、応対した店員に笑顔で何かを言って手をあげ、そして馴れ馴れしくも僕の前に座る

「はぁ。やっと見つけた~。ここ涼しくておしゃれでいいなー。知らなかった」

あっどうも、と言って店員が渡した冷水を一気に飲み干した。店員はニコリと笑い、すぐにピッチャーでおかわりをいれてくれた

「置いてくなんてひどいなぁよっちん」

全く怒りの感情を感じさせず、むしろなぜかニコニコとへたれた笑みを浮かべて周防エリオットはこちらを見た

「君と一緒に行く。などの同行を示唆する言葉も要求も僕は承諾していない」

「まぁまぁ」

すぐに流されて周防はメニューを覗き込んでいる

マイペースめ

「店員さーん!」

「おい!ここにベルがあるだろ」

「ほんとだ。でも来た。すみません注文いいですか?はい。バンバーグオムライスとたらこパスタ、食後にアイスカフェオレといちごパフェお願いします!」

元気いっぱいに注文する。てか多くないか。そんなに腹が減っているなら小洒落た喫茶店ではなく町中華の定食屋でも行けばいいものを……

そう思っていると自分の頼んだものが来た


「お待たせしました。本日の珈琲、マンデリンの珈琲とシーフードトマトパスタでございます」

「ありがとうございます」


美味しそうだ。まずは珈琲を一口。苦味の後にナッツの様な香ばしさと深みを感じる。そしてパスタを「うまそー」…………フォークでクルクルとエビと一緒に口に入れる。美味しい


「ねぇ」

「……何か」

「ははっ。いつもこういうところ来るの?」

なぜ笑った。食べながら目で睨むも周防はなぜか嬉しそうにこちらを見ている。居心地が悪いな

「いつもじゃない。時間があれば」

「へぇー。いいね」

「君は」と言ったところで別に話を展開させなくていいのに余計なことを口走ってしまった

「俺?んーファミレスとか飲み屋とかかなー。あんま飲めないんだけど誘われるし。久しぶりに喫茶店に来た。いいね。懐かしい」

「へぇ」

周防は懐かしい、と言った時窓の外を見ていて、いつもと違う色の表情だと思った


「お待たせしました」

「おぉ!美味しそう」

アンティークブランドの皿に乗せられたオムライスとデミグラスハンバーグ、そしてたらこパスタがやってきた。食えるのか?……食べられそうだな

周防は頂きますというとカトラリーの箸を使って食べ始めた。美味しいらしく頬を赤くしてもぐもぐと食べる

「んっ、はい」

「こら」

一口分のハンバーグとオムライスが僕の皿に置かれる

……仕方ないと食べる。……美味しい

仕方ないのでこちらも一口分のパスタをあげた。ホタテ付きだ感謝しろ


「でさー。やめろって言ったのに隅田のやつ酒ちゃんぽんして案の定潰れたんだよ。あいつの家俺の家から二駅だし担いで泊めてやったんだ。朝にシャワー浴びて飯食ってって元気にバイトに行ってさー。俺は母ちゃんかってなー」

「………………」


食後に珈琲を飲んでいるとごちそうさまでした!と食べ終えた周防はぺらぺらと喋り出した。相槌も何もしていないのにペラペラと、だが不思議と喧しくない。本を読んでいてもペラペラと話しているがまだペラペラと口が動く。メンタル強いな

「でさ。一緒に行こうぜ」

「はっ?」

思わず文字から目を離して聞き返してしまう

「今日文サーの飲み会だろ?一緒に行こうぜって話」

「……」

「あれ?もしかして知らなかったか?グループ連絡……ってお前いなかったんだな。ならしゃーない。てことで行こう」

「行きません」

「えぇ~」

ふにゃと体勢を崩して机に張り付く周防。器用だな。デカいくせに。タイミング悪くやってきた店員がパフェを持ってきた。周防はあっどうもーと言って受け取る。大きなパフェだ。たくさんの苺にホイップクリーム、ベリーソース、苺アイスに苺チョコの棒クッキーとチーズケーキも刺さってある



「ねぇ……行こうよ。……ぱくっ、ん、うま」

器用にロングスプーンでホイップと苺とアイスを乗せ口に入れて食べている。甘党なのか。あの資料室のカフェオレも角砂糖を入れていたな……


「行く理由がない」

「ある。文学サークルの一員だ」

「強制ではないと聞いた」

「だけど今まで顔出していないのよっちんだけだし。この前のさよっちんいなくてつまんなかった。来てよ」

知るか。子供の様に催促されても困る

「ほら、一つ上の先輩が推しの作家の本を持ってきてたり映画化されたやつのBlu-rayとか流したりするし、自分で小説?書いてる人の読ませてもらえたりできるってよ」

「へぇ」

平坦と返す。だが僕は内心実は興味が惹かれていた。小説も好きだが映画も好きだ。しかも、もしかしたら未来の作家の文を読めるかもしれない。正直飲み会など飲んで騒いで時間の無駄な行為をしたい連中の行事だと思っていたが、少し違うのかもしれない。ふむふむ


「んっ!」

口の中に苺の香りと口溶けの良いホイップクリーム、ベリーソースの酸味が程よくアイスのひんやりとした甘さが広がる

「あっ、危ないだろ。行儀も悪いし」

「ごめんね。でも美味しいでしょ」

「まぁ……」

頷く


「じゃ、成立ってことで」

「?」

ウィンクをしてニヤリと笑みを浮かべた顔の周防は確かに、様になっていて。理解するのに僕は情けなくも、遅れてしまった









5に続く

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