第2話

「一度珈琲に砂糖を入れたらもう元の状態には戻せない。それはミルクも然り。別物と化した元珈琲は………どうなんだろうね?」

男らしいくせに無駄に愛嬌のある顔でウィンクをしたエリオットに、ため息を吐く

哲学的な話だろうか?こいつは文学サークルの顔合わせ初日、ものすごく浮いていた。僕が言えたセリフではないが長身のモデルのような男が地味なサークルに来たのだ。半数いる女性陣が頬を染め化粧を直しにいき男どもは波乱の予感に震えていた

正直僕としてはどうでもよく。新歓も断り講義前や後に時間を見つけては文学サークルの活動場所である大学図書館別館の資料室に入り浸っていた

なぜならその場所は人が来ない

他の人は本館で集まるからだ

いつもの様に数冊の本を借りてふかふかとした使われていないソファに座り持ち込んだコーヒーメイカーで優雅な一杯を楽しもうとした時、ガチャリと扉が開いた

「あれ?みんな遅刻?」

「……多分、本館だと思います」

「あっそう」

現れた長身の男はぶつかりそうな頭を下げて扉を潜り、僕の前のソファに座った

なぜだ?集会なら本館の方だからさっさと行けばいいのに。初日こいつを見た時騒がしかったから印象は残っていた

男は鼻歌を歌いながらふーんと言って部屋をジロジロと見た後、僕を見る

「な、何ですか」

「いや、それどうしたの」

それとは湯気立つ珈琲

僕は指をさして教えた

「へぇ」

と男は言った後、俺も飲みたい、と告げた

これは私物なんだが、と思ったがそんな事は言えず仕方なく。もう一杯の珈琲を淹れた

「どうぞ…」

「お!ありがとう!」

ニコッと爽やかな笑みを浮かべ、ふーふーと冷ましながら一口飲んだ。…

「……苦い」

そりゃそうだろ、と思う

仕方なく、茶菓子にしようと思ってた袋を開けて、白いものを乗せる

「これなに?」

「マシュマロです」

「マシュマロ?なんで乗せるの?」

「嫌いでしたか?なら「いやいや!嫌いじゃないから!でもびっくりして」はぁ…」

男はつんつんと珈琲に浮かぶマシュマロを突く

そして飲んだ

「わっ!ふわもち!うまっ!」

いちいちうるさい男だ。僕は自分の珈琲を飲む。すると視線を感じて見ると男はじっと僕を見ていた

「なんですか?」

「いやぁ、…苦くないのかなって」

「珈琲は苦い物ですよ」

「そうだけど。美味しいの?」

「…不味いと思って飲む人間ではありませんよ」

「へぇマジか。ねぇマシュマロ、頂戴?」

何だか幼なげに見える。口調のせいだろうか。僕は無言でマシュマロが入った袋を渡す。男、確か周防、と呼ばれていたような。周防は五つくらい一気にカップに入れてニコニコと笑みを浮かべて美味しそうに飲みはじめた。僕のマシュマロ、とも思わなくはないが美味しそうに飲む姿に、気分は悪くはなかった。僕は閉じていた本を開き再度、本の世界に浸った


「ふぅ……」

!?…

本を閉じて前を向くと周防が本を読んでいた

そりゃあここは図書館別館だから当然だけど、僕は存在を忘れていた。この僕が…

周防は絵本を読んでいた。わかりやすい絵本で、森の中で動物たちが笑顔で手を繋いでいる。タイトルは『大切なお友達のつくりかた』と書かれていた。こいつなら友達なんて湯水のように湧くだろうに

そう内心思いながら窓から差し込む夕陽を見てそろそろ帰ろうかとカップを下げて小さい給湯室でサッと洗い帰ろうとしたら後ろから声がかかった

「ねぇ、名前何?」

ドアノブを掴んだまま顔を向ける

周防はつぶらな瞳で僕を見つめていた

「………」

「俺周防エリオット!」

下の名前そんななのか。別になんとも思わないが、確かにエリオットって顔してる。知らないけど

関わるつもりもないが、聞かれたら答えるのが礼儀だ

「四津河与太郎」

「よつかわ、よたろう…よっちんだ」

僕は無視をして扉を開き退室した

暮れる色を移した館内を一人歩き今日は無駄に疲れたなと思った

マシュマロを頬張るあいつの顔は、まぁ面白かったかもしれない

これが僕とエリオットの出会いだった







3に続く

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