255 理性と感情の狭間で
「もういい、君といくら話していても仕方がない。……ちょっとこれを見てくれ」
亮太はそう言うと社長室の物置きまで歩き、そこから大きなアタッシェケースを持ってきた。
アタッシェケースをゆっくりと運んでソファに挟まれた机の上に置くと亮太はそれを展開した。
「こ、これ……何百万円あるの!?」
そこには大量の一万円札の束がすし詰めにされており、龍之介は人生で初めて見る大金に驚愕した。
「お父さん、どういうつもりですか?」
「ここに現金3000万円がある。これを君にあげるから今すぐここで息子と別れてくれ。足りなければこの2倍までは出せる」
「パパ、何てこと言うの!!」
既に目線が定まらなくなりつつある亮太は公祐を大金で買収しようとしていた。
「さあ、これで息子から手を引いてくれ。頼むから息子の人生にこれ以上関わらないでくれ」
「……ふざけないでくださいよ。たかが3000万円、うちの実家にとっては大した金額じゃありません。オレをバカにして楽しいですか?」
「バカになんてしていないよ。ただ、うちの会社の規模ではこれぐらいしか出せないんだ」
「はあ、そういうことですか……」
呂律が回らない口調で答えた亮太を公祐は冷たい視線で見据えた。
「お父さん、もう1回聞きますけどお父さんは息子さんがゲイであること自体はどうとも思わないんですよね?」
「当たり前じゃないか。今の時代、たとえ親でも子供の性的指向に口を出していいものか」
当然といった口調で答えた亮太に、公祐は今がその時だと覚悟を決めると、
「じゃあ、これも平気ですよね。……おい、龍之介」
「どうしたの? ……んっ……」
隣に座る龍之介の肩を両腕で抱き寄せ、そのまま亮太の目の前で彼と口づけを交わした。
彼の父親に見せつけるように公祐は龍之介を強く抱きしめ、そのまま彼の口内に舌を入れた。
目の前で行われているディープキスに亮太はしばらく唖然としていたが、
「……俺の息子を、
突如としてソファから立ち上がり、低い机を踏み越えて向かい側に
亮太は怒りに任せて右手で公祐の頭を殴りつけ、強く殴打された公祐はソファから吹き飛ばされた。
3000万円が入ったアタッシェケースは亮太の足に踏みにじられ、そのまま机から転がり落ちた。
10秒ほどが経ち、公祐は殴られた頭をさすりながら立ち上がった。
床に立ったまま荒い息遣いをしている亮太に公祐は言葉を投げかける。
「……あなたはオレのルーツが韓国にあることや実家がパチンコ屋をやってることなんて、本当はどうでもいいんだ。ただ単に、最愛の息子がゲイだったという事実が受け入れられないだけなんでしょう?」
「……俺は……俺は……」
公祐の言葉に亮太は何も言えなくなり、そのまま
「俺は、龍之介をゲイにしたくて育てたんじゃない。いつかは綺麗な女の子と結婚して、孫の顔を見せてくれるって信じてたんだ。……ああ、そうだ。別にお前がどんな人間だったって……俺は、龍之介が男と付き合うなんて耐えられない」
「パパ……」
亮太は一息に言うと社長室の床にくずおれ、龍之介はソファから立ち上がると父親のもとへと歩み寄った。
「龍之介、お前は……本当に、男しか好きになれないのか。女とも付き合えるってことは、万に一つもないのか」
「……うん。それは、そうとしか言いようがないけど……」
床にしゃがみこんだまま傍らの龍之介に尋ねた亮太に、
「ボクはコウ君と幸せになって、パパに孫の顔を見せてあげるよ。これからの時代は特別養子縁組の制度も整備されるし、仮に子供を持てなくてもボクは幸せな家庭を築くから」
龍之介は優しくそう告げると父親を床から立たせた。
それからは再び3人ともソファに戻り、亮太は落ち着きを取り戻して先ほどまでの非礼を公祐に謝罪した。
息子がゲイであったという事実を受け入れるまでにはまだ時間がかかるが少なくとも公祐が龍之介を心から愛していることは理解できたと告げ、亮太は2人の関係を認めると宣言した。
約束通り龍之介はここに残していくことにして、公祐は一人で本社ビルを後にすることにした。
ビルの裏口まで見送りに来てくれた龍之介に公祐は感謝を告げた。
「さっきは親父さんを慰めてくれてありがとうな。お前が孫の顔を見せるって宣言してくれて、少しは心が救われたと思う」
「コウ君、ボクは本気で言ったからね。今度からはお互い堂々と会えるし……卒業したら、コウ君と結婚したい」
「ああ、オレもそのつもりだ。お前をファーストジェントルマンにするという目標は何一つ変わってないから、これからもよろしく頼む。……それと」
自分との将来を約束してくれた龍之介に、公祐は彼の顔を直視すると、
「お前の親父さんは、この世のどんな父親よりも素晴らしい人だ。どれだけ事実を認めるのが辛くても、あの人は息子の幸せを優先した。オレはあの人と家族になれるのが本当に嬉しい」
満足した表情でそう告げ、龍之介は笑顔で頷いた。
将来を誓ったパートナーにしばしの別れを告げると公祐は晴れ晴れとした気分で来た道を帰っていった。
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