245 租界の忘れ物
三宮のイベントホールはそこまで大規模ではないが今日は真田雅敏のファンでにぎわっていて、エントランスではイベントスタッフがCDやブックレット、日めくりカレンダーにタオルといったグッズを販売していた。
長い列に2人で並び、雅人は理子と一緒に買うものを物色した。
「日めくりカレンダーはそれぞれ買うとして、このタオルどうでしょう?」
「いいね、じゃあお揃いで買おっか。すみませーん」
雅人が聞くと理子はタオルも買うことに決め、2人は同じデザインで青色とピンク色のタオルをそれぞれ買った。
日めくりカレンダーとタオルをバッグに片づけながら、理子はにっこり笑って大事に使うね、と言った。
それから十分ほどでクリスマスコンサートは始まり、ステージのある1階の後方の座席に2人で並んで座ると真田雅敏はステージ上に現れた。
『神戸の皆さん、こんばんは!!』
「真田さーんっ!! こんばんはー!!」
真田雅敏がステージ上から観客にマイクで呼びかけると理子も観客たちに紛れて興奮しながら返事を叫んだ。
そのままコンサートの1曲目が流れ始め、真田雅敏はクリスマスを題材にした昔のアルバムの収録曲を歌った。
静かな曲調のメロディと真田雅敏の奥深い歌声を聞きながら、理子は雅人の左隣でうっとりしていた。
『神戸って言うとね、俺、30代の時に一人で旅行したことあるんだよ。その時ぶらっと入った洋食店でさ……』
シンガーソングライターである真田雅敏のコンサートは多彩な楽曲の披露のみならず軽妙な語り口でのトークも魅力であり、歌の合間に繰り広げられる軽快なトークに観客からは度々笑いが巻き起こっていた。
幼い頃からのファンだけあって雅人も真田雅敏のトークには何度も笑わせられ、ふと左隣を見ると理子も屈託なく笑っていた。
理子は笑顔が素敵な女性だが彼女が心の底から笑っているのを見たのはこれが初めてで、雅人はその笑顔に愛おしさを感じた。
『……っていう風にさ、おじいさんの昔話を聞いたんだ。そういう訳でこの曲を歌うよ』
コンサートの2曲目はファンの間でも名曲と名高い『
涙を流す理子の姿はこの世の誰よりも美しく、雅人は座席に座ったまま理子の右手をそっと握った。
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