217 女の決意
化奈の叔父にして珠樹の父親である生島
株式会社ホリデーパッチンの理事として遅くまで会社に残って仕事をしていた大宝は自室の椅子に腰かけたまま意識を失って倒れ、夫の帰宅が遅いことを心配して駆け付けた妻に発見された。
病院以外で死亡した大宝は本来ならば異状死体として法医解剖の対象となるが社内の防犯カメラには朝に出社してから屋外に出ていない大宝が一人で倒れるまでの一部始終が記録されており、以前から高血圧と高脂血症のコントロールが不良であったという主治医の意見もあって彼の死は事件性のない病死として処理された。
妻と一人息子の珠樹、そして兄でありホリデーパッチンの代表取締役社長である生島
2019年11月17日、日曜日。時刻は夜22時30分頃。
21時過ぎまで行われた大宝の
「おとん、珠樹は?」
「さっきまで話しとったけど、勉強せなあかん言うて書斎行ったわ。……手に付かんやろけど、今は何も言えへんわ」
ダイニングテーブルで好みのチーズを皿に載せ、ワインを飲んでいた父の表情は暗かった。
叔父が亡くなって悲しみに暮れているのはただ一人のきょうだいであった父も同じなのだと感じ、化奈は黙って向かい側の椅子に腰かけた。
大学受験が正念場を迎えている最中に父親が突然死した珠樹は、化奈にも伯父夫妻にも泣いている姿は見せなかった。
通夜や告別式にはちゃんと出席するが自分は受験勉強を続けなければならないと言って、彼は今日も昼過ぎまで一人で勉強をしていた。
今の珠樹は一人で置いておくにはあまりにも危ういので火葬が終わるまでは化奈の自宅に泊まらせることにして、その代わりに化奈の母である
一時的な寝室を兼ねた父の書斎で勉強している珠樹が心配になり化奈は何度か様子を見に行ったが、ドアの向こうから彼の泣く声が聞こえて入室できないままになっていた。
叔父は性格がルーズな面もあるが自分にも他人にも優しい人物で、一人息子である珠樹のことは自分にはもったいないほど出来のいい子供として幼い頃からかわいがっていた。
珠樹が従姉である化奈に思いを寄せていることが一族の中で問題になっていた時も彼だけは息子の意思を尊重していて、化奈ちゃんを振り向かせられるように頑張れと励ましていたらしい。
当初は迷惑に感じていた叔父の姿勢は自分自身も珠樹に好意を抱くようになってからは化奈の心の支えになっており、化奈は自分たちの数少ない理解者を失った悲しみを感じていた。
「……うちも、飲んでええ?」
今年8月の夏休み中に20歳の誕生日を迎えた化奈は既に飲酒ができる年齢になっていた。
本格的に飲酒をするのは自宅で慣らしてからと考えて陸上部の飲み会でもアルコールは断っていたが、今日は初めて飲んでみたいと思った。
「化奈も
「ありがと」
傍にあったコップに半分ほど
初めて飲むワインからはしみるようなアルコールの風味が感じられたが、味は頭に入らなかった。
「そろそろ歯磨いて寝よ思うけど、寝る前に珠樹と話してくるわ。何か言うといた方がええことある?」
「特にはないな。一族とか会社のことで珠樹君がせなあかんことは何もないし、今は余計な心配かけとうない。……化奈には、珠樹君といつも通り話したって欲しい。今はそれが大事やわ」
父はそこまで話すと席を立ち、リビングから出ていこうとした。
「どっか行くん?」
「寝られへんさかい会社まで歩いてくるわ。多分そのまま泊まるから、珠樹君のことよろしゅうな」
酔い覚ましという意味かそれとも他に何か用事があるのか、父はこのまま会社まで泊まりに行くらしい。
夜中に家を出た父を見送ると化奈は新しいコップでお茶を飲んでから洗面所で歯を磨いた。
右手で歯ブラシを動かしながら、化奈は自分が今からすべきことを考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます