119 予備校セカンドコンタクト

 高校を卒業した俺は予定通り医学部医学科を受験したが、中高一貫校特有の中だるみで受験勉強自体そこまで真面目にやっていなかったこともありセンター試験で78%という得点率ではどこの国公立大学にも合格できそうになかった。


 生まれ育った京都から離れて田舎の大学に入学するのは嫌だったし実家に私立大学を受験させてくれるだけの財力があったこともあって結局は地元の大学だけに出願したが、案の定というべきかどこの大学にも受からず俺はそのまま浪人生活へと進むことになった。


 それからは海内塾かいだいじゅくの京都校に1年間通ったが一浪目のセンター試験でも結局は83%しか得点できず、第一志望の洛北らくほく大学医学部に合格するには到底足りない点数だった。


 中途半端に成績が上がったことで余計な自信もつき私立大学は畿内医科大学と京阪けいはん医科大学にしか出願しないことにしたが、センター試験83%レベルの成績ではこの2校にも太刀打ちできなかった。



 大学受験に限らず2回目の失敗は1回目よりもショックが小さいもので、そのまま浪人生活2年目に突入した俺は2015年4月上旬にある人と思わぬ再会を果たした。


「あのっ、すいません!」

「ん……?」


 昨年も同じ講義を受けた数学Ⅰ・Aの授業を窓際の席で眠気に耐えながら受講した後、電車で近場のゲームセンターにでも行こうかと講義室を出た俺は後方から女性の声に呼び止められた。


 そこにはすごく長いロングヘアの小柄な女の子が立っていて、初めて見る私服姿であったこともあって俺は一瞬相手の正体が分からなかった。



「南東寺高校の物部もののべ先輩ですよね。私のこと覚えてます?」

「えーと……もしかして、宇都宮さん?」

「そうです! まさか新聞部の先輩とこんな所で再会できるなんて。良かったらお昼ご飯でもご一緒しませんか?」

「えっ? まあ、いいけど……」


 ろくに身なりに気を遣わず予備校内でもオタクな友達しかいなかった俺が美少女から昼食に誘われている姿を見て、周囲の二浪組は驚いていた。


 そのまま彼女に予備校近くの定食屋へと連れていかれて俺が新聞部を引退してからの身の上話を聞くにつれ、俺の中に懐かしい気持ちが蘇ってきた。



「そうか、宇都宮さんも医学部を目指してたのか。実家の話は初めて聞いたけど、元々お医者さんの家系だったんだね」

「そうなんです。私も物部先輩は文系だと勝手に思ってたので、まさか海内塾の医学部コースでお会いするとは思いませんでした」


 ホッケの焼き魚定食を食べながら明るく話している宇都宮さんを見て、俺は純粋にこの子とまた仲良くなりたいと思った。


「俺も実家は寺院だから全然医者には縁がないけどね。でもせっかく同じ予備校に通うんだし、良かったらまたご飯でも食べに行かない?」

「ええ、私もそうしたいです。先輩って今はスマホお持ちですか?」


 その質問を聞いて浪人中に買ったスマホを取り出すと、彼女もスマホの画面を開いてメッセージアプリの連絡先を交換してくれた。



「では先輩、またご飯とか誘いますね。お互いあと1年で合格できるよう一緒に頑張りましょう!」


 定食屋を出た後、宇都宮さんは明るくそう言うと先に校舎へと走っていった。


 その時点ではどうせ社交辞令だろうと思っていたが宇都宮さんはそれからも度々昼食に誘ってくれて、時には一緒に近場の書店やゲームセンターに行くこともあった。



 6月の終わり頃には予備校内でも普段から宇都宮さんと一緒にいるようになって、特にどちらから好きだと伝えることもなく俺と彼女はお互いを「美波」「まれ君」と呼んで交際する仲になっていた。


 俺にとっては二浪目、美波にとっては一浪目の大学受験でもやはりお互い医学部には受からなかったが、俺の中にも彼女と同じ大学に入りたいという気持ちが生まれていたからお互い励まし合ってもう1年頑張ろうと決意した。

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