71 気分はメイドさん
そのまま右手を上げて去りラグビー部の出店を探していると、僕は先ほどの不良たちに誰かが話しかけているのに気づいた。
「こんにちは~。君たち、ちょっとパンケーキでも食べてかない?」
「何やお前……って、メイド?」
そこに立っていたのは不良以上にこの場に似つかわしくないメイドさんで、いかにもコスプレ感のある衣装を身にまとっているその人は女性にしては背が高めだった。
「こんな所で座ったり寝てたら邪魔になるし楽しくもないでしょ。デザートにパンケーキはいかがですか?」
「へえ、中々かわいいお姉ちゃんやないか。ちょっと声がハスキーやけど」
その人は確かに女性にしては声が低めで、ウィッグらしい茶髪のロングヘアにくりくりとした黒目がちの瞳が……
って、ええ?
「タッ君! そのメイド男やで!!」
「ええええっ!?」
「あれっ、ようやく気づいた。ボクってそんなにかわいかった?」
メイド服をノリノリで着ていたのは薬理学教室の研究医養成コース生にして東医研の主将である薬師寺龍之介先輩、通称ヤッ君先輩だった。
なぜメイド服を着ているのかとか1回生以外は出店の運営に関与してはいけないのではないかという疑問は置いておいて、ヤッ君先輩は無謀にも不良たちを注意しようとしていた。
「とにかくさあ、こんな所でゴロゴロしてないで早く邪魔にならない所に行きなよ」
「何やねん、お前みたいなオカマに注意されとうないわ」
「ふーん、オカマねえ。今時そんな言葉を使う人がいるんだね」
「はあ?」
先ほどまでは遠回しに注意しようとしていたヤッ君先輩はそろそろ腹が立ってきたのかストレートな言い方になっていた。
「君たちがどれだけアタマ悪い高校か知らないけどさ、ここはちゃんとした大学の学園祭なの。マナーを守れないんなら出ていってよ」
「お前、俺らをバカにしよるんか!」
その発言にカチンと来たのか、不良の1人は突然立ち上がると両手で先輩のメイド服の
不良はヤッ君先輩よりもかなり身長が高いので先輩は軽く宙に浮いた状態になってしまう。
あまりにも奇妙な光景につい見入ってしまっていたが、僕は大変なことになる前に早くラグビー部を呼びに行こうとした。
その瞬間。
「……おい、放せよ」
「ああ?
ヤッ君先輩は低い声で
「痛っ! 何しよるんやお前うぐうっ」
抗議させる暇も与えず、ヤッ君先輩はさらに相手の上半身に頭突きするとそのまま地面に押し倒した。
先輩は不良の腹の上に馬乗りになると今度は相手の襟元を締め上げ、首が折れそうな勢いで上半身を持ち上げた。
不良の顔面と先輩の顔とが肉薄する状況になり、不良の両腕は先輩の両脚で完全に押さえつけられている。
ここからでは表情は見えないが先輩はおそらく鬼の
「なあ、お前らどこの高校だ?」
「はっ……はいっ、皆月市立第二高校です……」
「じゃあ先輩には知り合いいるかもな。皆月のピラニアって聞いたことあるか?」
「えっ!? それって、うちの生徒を8人まとめて再起不能にしたっていう」
「オレがそれだよ」
先輩はそこまで話すと不良を締め上げていた襟元から地面に叩きつけた。
恐ろしい勢いで後頭部を砂地に落とされ、不良はそのまま
「待ってろ、さっさと眠らせてやる」
先輩は不良の腹上から立ち上がると、そのまま引きつった笑顔で他の3人に向けて歩き始めた。
「ひええっ、すみませんでしたああああ!!」
仲間の1人が一瞬で倒されたからか皆月のピラニアという言葉を知っているからか、3人の不良はそのまま散り散りになって逃げていった。
結局何もしなかった僕は一連の様子を眺めて硬直していた。
「どこですか、不良が暴れてるっていうのは!?」
誰かが通報してくれたのか教務課の男性事務員さんがその場に駆け付けた。
事務員さんは地面に大の字で倒れている不良とその横に立っているメイド服姿のヤッ君先輩を見て、やはりと言うべきか困惑して立ち止まった。
ヤッ君先輩は周囲をキョロキョロと見回すと、不自然なまでに突然涙を浮かべて、
「……っ、ぐすっ、怖かったよぉ……」
その場に座り込んでさめざめと泣いた。
その後倒れていた不良は大学が身柄を確保して高校と警察に通報し、今後は仲間ともども畿内医大には出入り禁止という処分が下された。
ヤッ君先輩が不良たちを退散させたことにはその場にいた誰もが感謝しており、大学の事情聴取には口を揃えて先輩のしたことは正当防衛だと回答したため先輩はお
僕はそれからカナやんと合流したが流石にメイド服姿のヤッ君先輩が不良を暴力で追い払ったとは言えず、お互い無事で良かったとだけ伝えた。
そのまま東医研の出店でパンケーキを買って食べて少しだけカラオケに行ってから阪急皆月市駅の改札前で解散した。
東医研の出店に行っても1回生たちはメイド服を着ておらず、後で聞いた所によるとヤッ君先輩のあの姿は新歓イベントのリハーサル中に抜けてきたためとのことだった。
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