33 気分は高2マーク模試

「これ、この前の春台しゅんだい模試の結果です」

「今時はデータでも返却されるんだね。どれどれ……」


 大阪市天王寺区内の公園で、僕と珠樹たまき君は広めの園内の隅にあるベンチに腰かけていた。


 珠樹君がスマホの画面を拡大して見せてくれたので僕は目を凝らして書かれている内容を確認した。


 PDFファイルらしき書面のタイトルには「第3回春台高2マーク模試 成績一覧表」と書かれており、その下には各科目の成績が並んでいた。


 珠樹君はこの模試を今年の2月に受験したそうで、ちょうど出題範囲に理科と社会が加わる時期の模試だった。



 日本の高校で教えられる内容のうち大学入試の学科試験に用いられるのは国語・数学・英語・理科・社会の5教科である。


 国公立大学の受験生はセンター試験では5教科すべてを用いることになるが、国公立大学の2次試験や私立大学の一般入試は理系なら数学・英語・理科、文系なら国語・英語・社会の3教科を用いる場合が多い。


 理系なら国語と社会、文系なら数学と理科はセンター試験にしか用いない受験生も多いのだがどこの高校でも理系の理科や文系の社会のカリキュラムが終わるタイミングは遅く、2年生までに国語・数学・英語のカリキュラムが最後まで進む進学校でも理科と社会は3年生の後半にならないと終わらないことがある。


 理科と社会を出題すると高校ごとの学習進度の差が成績に反映されてしまうため高校1~2年生を対象とした模試の大半は国語・数学・英語の3教科のみを出題範囲としており、理科や社会が含まれるようになるのは一般に高2模試の最後の方からとなっていた。



 珠樹君は畿内医科大学の医学部医学科を目指しているので、僕は数学と英語の点数を重視して彼の成績を見た。


 その結果は以下の通りだった。




 国語 155/200

 数学Ⅰ・A 57/100

 数学Ⅱ・B 38/100

 英語(筆記) 131/200

 英語(リスニング) 32/50

 化学 42/100

 物理 28/100

 倫理、政治・経済 78/100


 総合(5教科) 561/950

 総合(理系3教科) 328/650

 偏差値(5教科) 52.1

 偏差値(理系3教科)  46.3


 第1志望 畿内医科大学 医学部医学科

 判定:E

 第2志望 大阪都市大学 医学部医学科

 判定:E




 現代日本の医学部受験生は基本的に理科は2科目選択(物理・化学・生物から2つ。地学は選択できないことがほとんど)で、社会は必ず1科目選択(日本史B、世界史B、地理B、「倫理、政治・経済」から選択できる場合が多い)となっている。


 珠樹君は理科は物理・化学選択という最もメジャーな方式にしていたが社会で「倫理、政治・経済」を選んでいる受験生は珍しいと思った。


 少し前までは理科を3科目必須にする医学部もあり、センター試験より前の共通一次試験の頃は理系でも社会が2科目選択だったりしたらしいので今の制度も時代によって変遷していくのだろう。


 珠樹君の成績は惨憺さんたんたる状況、とまでは言わないが……



「珠樹君、正直に言うけど」

「……お願いします」


 そう言って頭を下げた珠樹君に僕は、



「これ、医学部目指していい成績じゃないと思うよ」


 静かに事実を告げた。



「はっきり言って貰えて、逆にありがたいです……」


 珠樹君はそう言ったもののやはりと言うべきか落ち込んでしまった。


 外野の人間に過ぎない僕も流石にどうしたものか、と考えざるを得なかった。




 カナやんに報酬でつられて協力し、彼氏のふりをして親戚一同の食事会に参加していた僕は色々あってレストランの近くの公園に珠樹君を連れ出していた。



 レストランに入った僕は一緒に来たカナやんとその両親、珠樹君とそのお父さんに加えて先に来ていたカナやんの父方の祖父母とも会うことになった。


 お祖父じいさんとお祖母ばあさんは強めのリアクションで僕を歓迎し、珠樹君は例によってふてくされた感じになっていた。



 それから食事会は和気あいあいと進んだのだが親戚同士の内輪の話になると部外者の僕と高校生の珠樹君は話に付いていけなくなり、僕らは余った者同士で何気なく喋るようになった。


 彼は昨月で高校の剣道部を引退し、僕は剣道部を辞めたばかりなので剣道の話題でそこそこ盛り上がった。


 思う所もあったので、僕は皆さんに挨拶した上で珠樹君を外に連れ出してみた。



 最初は僕に警戒を隠さなかった珠樹君も話してみると意外なほどに打ち解けて、僕を「憧れの従姉いとこの彼氏」と信じている珠樹君は様々な身の上相談をしてくれた。


 カナやんから話を聞いた時点ではちょっと変な子なのかと思っていたが、彼は彼なりにまっすぐ生きていてその中で人生の辛苦を味わっているようだった。

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