第4話

「なんで端山くんと別れちゃったの?」



聞くつもりも無かったのに、本当は興味がないのに、緩い蛇口のように溢れる。急いで取り繕うとも思ったが、声に出たものは、単孔類のようには取り戻せない。止まれただけ不幸中の幸い。いえ、火災中の打ち水と言うべきでしょうか。


「好きだから別れたんだよ。」


笑顔で答える昌信の横顔から真意を汲み取ろうとするも、分からない。本当にそう思っているようにも、どうも読み取れないのだ。

昔から人の顔色を窺って生きてきた私には裏表のない、昌信の側はそわそわし居心地が悪かった。

もっと裏があればいいのだ。そうすれば悩まずに済む。裏も表もないから、無い裏を探して彷徨ってしまう。迷子になるのだ。私の知らない姿を探し、私の知ってる姿を見ては失望する。


理解が及ばない。やはり、違うのだ。他の人とはなんとも違うのだ。まるで自分を世界の"普通"だとするのはあまりにも傲慢だ。だが、そう思わずには居られない。


彼女の真意を汲める程、私は彼女のことを知らないと言う事実。そして私が彼女の一番の友人だと、そうでなければならないと。大衆の中での一番は途中で現れ一番美味しいところだけ取っていく小狡い魔物に奪われたが、それ以外の一番は私であるのだと。

そう鳴り叫んで止まない私の鼓動がこの先の言葉を紡ごうとしない。喉を開いてはいるのに音が、息が、振動が伝わらないのだ。

知る必要のないことは溢れるのに、本当に知りたいことには、私の蛇口はいつも間に合わない。全てが終わり更地になった頃に、他人の口から知るのだ。


「どう言う意味かわからないって顔してるね」


そう悪戯っぽく、ケタケタと面白そうに彼女は笑った。

「私はね、恋人は自分にしてはいけないんだと思うんだよね。どう説明するのが一番良いのかな。うーん」


「もしね、恋人から"別れよう"と切り出された時、昌信はなんて言う?」


そんなもの、付き合ったことが無いからわからない。なんてことを言っても彼女は納得しないだろう。

無くても考えて、捻り出せ。考えることとは気合いだ。根気よく粘って出した回答は誰の言葉にも左右されない、それが"自分"なのだ。とそう、言う人だ。


付き合ったことがないのなら、他の誰かのことを考えるべきだ。そう考えて思いつくのはやはり、彼女しか居ない、彼女は私の全てなのだから。


「無難に、"別れたくない"とかじゃない?」


"別れたくない"、"離れたくない"そう言うにはあまりにも女々しくむず痒い。だから無難に、と保証を入れてみた。そんな現状が既に女々しいのだと言うことは誰も攻めまい。


「それが昌信の答えか。なるほど、なるほど。私の答えはね。"わかった"と。」


拍子抜けしてしまう。彼女ならもっと突拍子もない、どうもよく分からないことを言うものだと思ったから。


「まぁ、"わかった"とは素直に言えないかもしれないけど、取り敢えず、すぱっと別れる!」

「そんな切れ味のいいナイフのような言い方をされても意味わからないし」

「あはは、そうかもね。じゃあ解説してあげよう。」

そう言うがはやく、黒板にすらすらと彼女はチョークを走らせた。




私はね、それは嫌なので


「私はもし、相手から"別れよう"と言われて別れられないぐらい好きになってると思ったら、自分から別れを切り出す。だってそれは"愛"じゃなくて"エゴ"だから。本当に好きだったら相手のことを思い遣って離れられるんだよ。」

「でも、自分から別れられるなら"愛"なんじゃないの?」

「違うよ、自分から離れるのと相手から離れるのじゃニュアンスが微妙に違うの。相手からは嫌なのに、自分が傷つきたくないから、先に別れを切り出した。そう言えばわかるかな?これは、相手への思い遣りではなくて自己愛でしょ。相手に依存することは、自分と相手の境目がわからなくなって、自分への愛を相手への愛だと思い込んでるんだよ。」


まるで自分が刺されているかのようだ

「恋人でなくても、誰かに依存して自分の全てにすることは、相手だけじゃなく自分も蝕む呪いだから。」

「呪いだから…ということで!互いに影響を及ぼしあいながら進化することを!なんというのでしょう

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