とある生物の告白
暗くて非規則に揺れる箱から、いつのまにか薄っすら明かりの差し込む大きな箱に移動していた。寝ている間に移動させられたのかもしれない。
ぼくはそこで、懐かしい匂いを感じた。
「ハンブン!?」
周囲を警戒しつつ、目の前で丸くなっている茶色と黒の塊に頭突きする。
ねぇ、起きてよ。
数回頭突きを繰り返していると、やっとハンブンが目を開けた。
「グレー……?」
「良かった、ハンブンは無事だったんだね」
嬉しくてハンブンを毛づくろいしてあげようとしたら強烈な顔面パンチをお見舞いされた。
「あ、あんたたちが余計な事をっ!」
なんだか前にも同じように引っ叩かれたような気がしたが、それどころじゃない。
「余計?何が?」
「あんたたちが暴れたせいでみんな死んじゃったんだから!」
薄暗い中でもハンブンの怒りの形相は凄まじかった。
「死……?え、なんで?」
戸惑って聞き返せばもう知らないとそっぽを向いて丸くなってしまう。
それでもしつこく何でと聞いているうちに、ようやくポロっと「出ようなんて言わなけば、ネズミもおチビも死なずに済んだかもしれない」と言ってくれたけど、それ以上は頑として何も言わなかった。
代わりに始終ハンブンは「あの部屋に帰りたいよぅ」とこぼしていた。「ここに食料も水もあるよ」と言っても「いや!!あの部屋の寝床で眠りたいの!」と補給を拒否する。
「この毛布、部屋のものと同じ匂いがするよ?」と言ってみても「場所が違うじゃない。だから、ここは危険なところなのよ」と取り合わない。
最初は食料にありつける事に少し希望を見ていたぼくも、段々これは違う気がして来た。クロの最期の姿がチラチラと見える。
「あぁ、そのうちあたしたちも殺される」
多分そうだろう。知った顔に会えないのは、もう世界は壊れて戻らないって事だろうから。
「あの部屋ならみんなが待ってる気がするのに」
それはなんとなくぼくも思った。あの部屋に帰れば、今まで通りの暮らしが約束されているような気がして。それでも、この薄暗い箱から出る気にはなれなかった。
なぜって、頭に尻尾のついたあいつが目で舐め回して品定めするように目の前にいたから。あいつ、そんなにぼくと喧嘩したいわけ?あんなやつの持ってくる食料を食べられるかってんだ。
しかもぼくらに向かって「Ariri」とか「Mazuba」とか変な鳴き声立てるし。あれは何だ?食事の合図……?いや、通りすがった時に存在感を見せつけるための合言葉……?
でもやっぱり食料くらい食べてやろう。上からハンブンの哀れみの視線を浴びたが、構うものか。飢え死にするより毒を食って死ぬ方が良い。
勇気を振り絞って口に含んだ久しぶりの硬い食料は、今までにないくらい美味しくて、ハンブンの分も食べてしまった。次に食べられるのがいつか分からないなら、少し多めに食べた方が良い。
そう思って食べていたら少しして、お腹が重くなって、苦しくなった。辛さから逃げたくて、箱のすみっこで丸くなろうと一番下まで降りる。そうしたら、何だか変な尻尾のあいつが慌てている声がした。
これはおかしい。隙間から何か見えるんじゃないかと近づくと、今度は知らない下僕の声のようなものが聞こえて、続いて「どしたんキナコ?」と知らない仲間の声がした。
もしかして、ぼくらの他に仲間がいるのか!?
チラリと光った希望にすがって耳をそば立ててみると、今度は「これ何だっけ?今日は黒くないねー」とのんきな声が聞こえてくる。下僕と頭尻尾は何かずっと騒いでいる。ちょっとうるさいかも。
もういいやと思って奥へ引っ込もうとしたら、のんきな声だったはずの仲間が慌てた声がした。
「何があったの?アイツ?アイツが痛くした?」
敵襲か!?
即座に一番狭い隙間に待避して耳で様子を探る。でも、頭尻尾と別の下僕がボソボソと騒ぐ声しか聞こえていない。
あれ?怖い事は起こっていない……?
そっと隙間から箱の外を見ると、頭尻尾がこっちを向いていた。ただその視線はいつも見たいな気持ち悪い視線じゃなくて、もう少し安心感のある目線に思えたんだ。
ここも悪くないかもしれない──そう思った瞬間、とんとご無沙汰だった便意がやってきた。
そうだ。今日からここは、ぼくの縄張りだ。
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