第3話 サラダ2種類目、メダカ

 次に語るは種族としては一番長く、多くこの水槽にいたであろうメダカたちだ。

 実を言うとこの章を最後に書いている。本気で忘れていた。卵を孵したりもしたのに。恐らく彼らはヒメダカだったと思う。暖かな陽光を思わせる色の体がひゅんひゅんとそれなりのスピードで縦横無尽に水槽の中を泳ぎ回ったかと思えば急停止してホバリングする奇々怪界な挙動は見ていて飽きない。印象的なのは彼らのお腹だった。テラテラと光る、ほどよく張った腹を見ると十分肥えていればメダカでも食い出がありそうだと思うのだからどこまでいっても己の中では魚は食べるものなのだなと自嘲する。が、それはあくまで現在のひねくれた私の意見であり、当時の私は健康的なことを喜んでいたはずだ。

……上記の感情を言葉にできるほどはっきり知覚していなかった当時の自分がペットの肥えた腹に対するポジティブな気持ち="健康でよかった"なのでは?と解釈しただけかもしれないが。

なんだか薄ら寒くなってきてしまったので話題を変えよう。


 最初の方にした卵を孵した話にするとしよう。腹に透明の卵をたくさんつけたメダカがいた。彼女の腹から卵を落としたり、卵のついた水草は同じ水槽の上部の方に設置した小さな囲いの中に移動させた。そのままにしているとメダカ本人ですら卵を食べてしまうらしいのだ。

 そうして孵化したちびちび共は食べるものが他の餌と違った。確か茹で卵の黄身を与えたのではなかったか。それが私は存外に嬉しく楽しい記憶だった。魚には魚の餌があるのは当然だが、それは人間からみればとても美味しそうではない。美食を共有できないことは私にとってそこそこ悲しいことらしい。これを書いていて自覚した。

 だから私は祖父母宅で暮らすネコの隣で同じ様に床にジャコを盛った皿を置き、手を使わず這いつくばって食べてみたのか。

 話を戻そう。このちびちび共は大したロケット野郎で大人しくすることを知らぬ好奇心の塊であった。どの生き物も子供というのはそういうものらしい。その上、計算が甘かったのか囲いの穴から抜け出す個体も現れた。このままではごった煮サラダボウルジャングルを生き抜いてきた歴戦の猛者に狩られてしまう。早急に策を練らねばならなくなった……どうしたのだったか。新しく囲いを買った記憶はないのだ。改めて過去の記憶に思いを馳せたが、生まれたチビ助をバケツなり他の水槽なりに移して大きくなるまで隔離という手法をとって解決したような気がしてきた。囲いから出てしまったやつは運で生き延びろという無情なサバイバルではなかったことを祈りたい。


彼らはこの水槽の最後の利用者だった。たくさん生まれてたくさん死んでいった忙しない彼らだが最後はゆっくりと水に溶けるように去っていった。

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