『出会ったのは運命? 〜後編〜』

あれから数日が経った。あの日以来、奈緒は光輝に連絡を取っていなかった。怖かったからだ。



もし、断られたら?拒絶されたら?そう考えるだけで怖くなったし、ここ数日間は寝られない夜が続いたほどだ。



しかし、もう限界だった。これ以上連絡をとらないのも、自分の気持ちを抑え込むのも。そんな日に――。



『今日会えないか?』



光輝から、そんなLINEが届いたのだ。

奈緒はそのメッセージを見てから呼吸を忘れていた。心臓が激しく脈打ち始める。まるで耳元で鳴っているかのように聞こえた。



(どうしよう……)



奈緒の心の中は不安や恐怖でいっぱいになっていた。今にも泣き出してしまいそうだ。だが、このままではいけないこともわかっていた。だから彼女は震える手で文字を打ち始めた。



△▼△▼



行き先はこの前と一緒の喫茶店だった。今日も相変わらずお客さんはいない。この前も奈緒と光輝とあの男ぐらいしか客がいなかった。



思わず心配になるほどの閑古鳥っぷりである。とゆうか、料理を運んだらすぐに奥に引っ込んでしまうような感じなのだ。本当に経営できているのかさえ疑問なレベルである。



ただ、今はそれがありがたかった。店内には二人しかいないため、落ち着いて話すことができる。それに、他の人に聞かれたくない話でもある。

二人は注文した飲み物が届くまで沈黙していた。そして店員がいなくなったところでようやく口を開いた。



「…告白の返事だけど」



急な本筋に入る言葉に奈緒は息を飲む。だってそれは、奈緒にとって一番聞きたくて、でも一番怖いことだから。断られても。奈緒は受け入れるつもりだ。



「俺も……鈴宮さんのこと好きだよ」



その瞬間、時間が止まったように思えた。だってあまりにもあっさりで。ロマンのかけらもなかった。鼓動の音だけが聞こえる。



頭も真っ白になった。何も考えられない。ただ一つわかることは、自分は振られたわけではないということだけだった。

 


「……はい。ありがとうございます……」



気がついた時にはそう答えていて。また、涙が出そうになった。嬉しくて。安心して。今まで我慢してきたものが溢れ出しそうになる。



「………付き合い、とか。初めてだしよくわからないけど……こんな俺でよかったらよろしくお願いします」



ペコリとお辞儀をする彼を見て、奈緒もまた慌てて同じようにする。

すると彼は顔を上げながら言った。

照れ臭そうな笑顔を浮かべている。

それがなんだか可愛くて愛おしいなと思った。



「――そんなこんなで私と光輝は付き合ったわけ」



「え~?光輝ってば可愛いじゃーん」



今思い出しても恥ずかしくなるくらい甘々な馴初めを話し終えるとカナはニヤリとした笑みを見せた。



きっと揶揄うネタができたと思っているんだろう。光輝はカナの使用人だからこれから仕事する度に弄られるに違いない。



心の中で光輝に謝罪しながら奈緒は苦笑いをしながらも、



「ほ、ほら!今度はカナちゃんの番だよ!」



そう言いながら、話を逸らすために話題を変えた――。




△▼△▼




――助けた理由なんて特になかった。

ただ目の前にいたからというだけ。それだけだったはずなのに。目の前でホテルに連れ込む男を見た時、体が勝手に動いてしまったのだ。



どうしてなのだろう。普段の篠宮光輝ならスルーしているはずだ。でも、彼女の死んだ魚のような目を見てしまった時。放っておけなくなってしまったのだ。

だってそれは――。



「(八ヶ月の前の俺と似ていたから)」



あの時の光輝は生きることに絶望していて、生きている意味がわからなくて。ただ毎日を無為に過ごしていた。まるで機械のように淡々と生きていた。



それを変えてくれたのが京介だった。京介は光輝の学費も払ってくれて、住む場所まで与えてくれていた。

そして何より光輝のことを大事にしてくれた。



実の親よりよくしてくれたと思う。

だからこそ今の自分があるし、こうして幸せな日々を送ることができている。だからあのときの彼女を見た瞬間――昔の自分を見ているようで放っておくことができなかったのだ。



そして助けた。それから彼女は自分に懐いてきてくれるようになった。

最初は気まぐれだった。仕事もあるし面倒くさいと思っていたけれど、いつの間にか彼女と過ごす時間が楽しくなっていた。



彼女が笑うたびに自分も自然と口角が上がるようになって。気づいた時にはもう好きになっていた。

だから彼女と告白された時は驚いたものだ。まさか奈緒が自分のことが好きとは思ってもいなかったからだ。



返事は勿論、OK。断る理由などあるはずがない。



そこから二人の交際が始まった。初めてのデートでは緊張したが楽しかった。手を繋いだときはドキドキした。キスをした時は幸せすぎて死ぬんじゃないかと思ったほどだ。



そして今、自分はとても満たされていた。



「光輝ー」



ふっと、声が聞こえた気がして後ろを振り向いた。そこには――、



「お嬢様?」



カナがいた。石田カナ。主人の娘であり恩を感じている少女だった。カナはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら近づいてくる。

一体何を企んでいるのか。光輝が警戒していると、



「光輝って本当に奈緒ちゃんのことが好きよね~。聞いたよ?奈緒ちゃんから。とてもカッコよく助けてもらったんですってね~」



「……っ!?お嬢様、そのことは……!!」



「いいじゃない別に。本当のことでしょ?」



揶揄われている。きっと、カナはしばらくこのネタで弄ってくるのだろう。光輝が頭を抱えながらも――。



「(……まぁ、いいか)」



こんなに楽しそうなカナを見るのは久しぶりだし。それにこの気持ちは嘘ではないのだし。

光輝は小さくため息を吐きながら、それでもどこか嬉しげに微笑むのであった。

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