二十三話 『カナと父親』

普通の家庭に憧れていた。



喧嘩はしても基本的には仲良しで、

お互いに尊重し合い、何時も一緒に居て楽しくて時には優しく、時には厳しく、愛して育ててくれる家庭に憧れていた。



でも、現実は非常だ。カナの父親である……石田京介はカナのことに興味がない。カナがどんなに良い成績を取っても褒めてくれたことは一度もないし、授業参観でさえ一回も来たことがなかった。



勿論、仕事が忙しいのもあるだろう。それは仕方のないことだ……と思う。だけど一回だけ。一回だけ我儘を言おうと決めた。



それで父親を止められたらいい。断れても良かった。父親が一瞬でも戸惑ってくれたのなら。それでいい。その一瞬だけで充分だった。



しかし。



「俺は忙しい。要件ならあいつに言え」



と、一蹴された。その頃からカナは父親のことが嫌いになったし、父親も娘のことをどうとも思っていないのだなと感じた。




△▼△▼




そして今。カナと京介はお互いを睨み合い、対峙していた。



原因は言うまでもなく、父親に何も言わずに婚約破棄をしたからだ。父親は激怒している。当たり前だ。会社にとっての利益のある……俗に言う『政略結婚』を拒否したのだから。



しかし、そんなものカナにとっては知ったことではない。それにカナには好きな人がいる。



松崎透。カナの想い人であり、カナに無償の愛をくれる人だ。しかし、透はカナのことを恋愛対象として見ていないし、妹のようにしか扱わない。それでも構わないと思った。



でも人間というのは欲が出てくるもので、もっと自分に愛情を注いで欲しい、『妹』なんかじゃなく『女』として見て欲しいと思うようになった。



そしてその思いは次第にエスカレートしていき、婚約者がいるのにも関わらず、土壇場で婚約破棄をして透と結婚しようとするまでに至った。



しかし、それは透にとって迷惑な行為であることも知っていたし、カナと春人だけが得する結果になってしまうことも分かっていた。



でも、止められなかった。もう我慢の限界に達していたのだ。それに透なら許してくれるだろうと甘えてしまっていた部分もあった。



そんな時に透に「結婚する気はない」と目の前ではっきりと言われてしまった。カナはその言葉を受け止めきれなかった上に今は透はそこにおらず、父親が目の前にいる始末だ。



不機嫌を隠そうともしない父親にカナはいっそのこと……!という気持ちになった。それが故にカナは口を開く。



「私は絶対にもう鈴木春人は結婚なんてしない。それは向こうも同じ。私達は同意の上よ。てゆうか、あんな会場で言ったのだもの。もう覆せないわ。例え、お父様達が何かを言ったとしても」



実際そうだ。あんなに沢山の人達の前で婚約破棄をしたのに今更撤回なんて出来るはずがない。しかも、本人達の同意の元な上、既に会場には沢山の証人もいるのだ。

それを理解したのか、父親は黙り込む。



「…………」



「…………」



お互いが黙り合い、気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのは父親の方だった。



「透君の気持ちはどうなる?透くんは成宮茜という女性を愛しているんだ。お前がどんなことを言っても、透くんの意思が変わることはないと思うぞ」



淡々と無表情のままそう告げた。無慈悲で尚且つ、無表情の父親の顔を見た瞬間、泣きたくなったし、怒りたくなった。



でも、カナはそれを飲み込んだ。今は父親の方が正しいと思っているし、自分が間違っていることも分かっているからだ。



「でも……俺はそういうのは嫌いじゃない」



「……え?」



父親の言葉の意味が理解出来なかった。何を、と言う前に父親は口を開く。



「略奪…というのはこの世にごまんとあるものだ」



「………略奪」



「つまり、成宮茜から透くんを奪えばいい。それだけの話だろう」



父親らしからぬ言葉にカナは理解が遅れた。だってカナの知っている父親と全く違うのだから。



いつも厳しくて威厳があって、人の意見なんて聞かないし、人のことを認めようともせずに娘を道具扱いし、挙句の果てには政略結婚をさせようとしていた人がこんなことを言うとは思わなかったのだ。



「……あの二人は応接室にいる。……行くか?」



カナが驚いている間に父親はそう言いながら立ち上がる。その言葉にカナは思わず頷いてしまった。




△▼△▼



――そして今に至る。



目の前では茜とカナが意気投合し、透はため息を吐きながら二人を見つめていた。



「うわ……でも、それは透くんが悪いよ。そんなことしたら勘違いするって」



「ですよね?無意識って怖いなぁ……」



「ほんとにねぇ……あ、私のときもさ……」



二人がどんどんヒットアップしていく会話に、透は一人置いてけぼりを喰らい、ポカーンとするしかない。ただ、2人はそんな透の様子に気付くことなく、透の話をし続ける。



「つまり、こういうことだ。話は変な展開に行っている気がするが、まあいいか……」



「まぁ、いいかじゃありませんよ!?俺には浮気だなんて不誠実な真似は……!」



「浮気……ってさ、公認されてなかったら最低だと思うけど公認されてたら良くない?」



「私なら絶対に嫌だけどなぁ。浮気なんて……でも……不思議よねぇ。カナちゃんなら浮気しても許せちゃうかも」



「とゆうことは、だ。二人は浮気を公認するってこと!?じ、冗談でしょ!?」



今までの二人は恋のライバル……カナが一方的に敵対視していたが、二人がこんな短時間で仲良くなるなんて想定外も想定外すぎて透は驚きを隠せない。



「うん。私は別にいい。カナちゃんなら、ね?短い時間だけど、透くんを思ってることは伝わったし?それに透くんのこと、好きみたいだし」



「私も!勝手にライバル意識してたけど茜先生と気が合ったしー、お兄ちゃんのこと本気で好きになったのも伝わってきたし。私、茜先生なら浮気されても許すよ」



淡々と、そう言いながらジリジリと透に近づく茜とカナ。その目は獲物を狙う肉食獣のように爛々としている。



「いやいや、待ってくれ!そ、そんなこと言ったら京介さんが……!」



「俺は別に構わん。会社も別の方法を探せば良いだけだしな」



「京介さん!娘がこんな風なのに興味無しは嘘ですよね!?俺は知ってますよ!カナのこと興味なさそうなフリをしているだけで本当はめっちゃ愛していることぐらい!」



「愛してない。仕事が忙しいんだ。今日はもう寝る。カナと成宮さんと透くんもそろそろ寝ろ」



照れ隠し、なのか、本心なのか分からないような言葉を残して、応接室から出ていく京介。



そして、残された三人は――。



「じゃ、茜先生に透さん!私の部屋に行きましょう!今日は本当に疲れてるんで手を出すのは無しの方向で」



「了解ー」



そんな不穏な会話に透はこれからの生活に不安を抱くのであった。

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