第2話 活動的な馬鹿より恐ろしいものはない
「ぱちんこや」というのは全国に約20000店舗ほど存在しており、その市場は20兆円というとてつもない市場だった。僕の会社は「ヤマト」という店舗を東日本を中心に25店舗展開している。
平日・土日・祝日・盆・正月・GWなど、売上は季節や曜日などで店舗ごとに集客のバラツキはある。
それらを加味して、当社の1店舗あたりの平均売上は1日で約2500万円。僕が働いている大久保店の場合は、全625台なので1台あたり4万円お客様が投資している事になる。×30日で月7億5000万円となり、年間×12月で90億円となる。それが25店舗存在するのである。×25店舗で年商2250億円。
20兆円市場の中で2250億円を叩き出しているので業界的には「中の上」か「上の下」といったところだろう。業界トップのマルダイなどは70店舗以上を全国に展開し、年商7000億円以上を叩き出している。近い将来1兆円の大台に乗るのだろう。
さらに異常なのはその「利益率」である。粗利益というものが、優良店で10%~15%。通常営業的には20%前後とされる。ひどい店舗になると30%~40%を超える会社も存在する。(いわゆる「ボッタクリ」である)
僕の会社では、年間平均「14.7%」を超えない営業を謳っているが、実際には「16%〜18%」で推移しているのが現状だ。
これは平均の数字なので、実際にはイベント日などは赤字を打って(0%〜▲5%)お客様に還元する事もあれば大型連休中はかなり渋め(20%〜30%)にする事もある。この数字を見て気付いた方は優秀である。赤字(出す)時は▲5%程度に対して、締める(出さない)時は20%〜30%と、比率が全く違うのだ。なぜなら、20%位利益を取った場合でも、明らかに出ていないのは分かってしまうが、すごく出ているお客様も僅かに存在する。
(厳密に言うと「存在してしまう」のだか、これは統計学的な話になる。「誰一人全く出ていない」と言うのは不可能で「遠隔操作」や「裏モノ」と呼ばれる方法になるのだが、これらはまた別の機会に話そう)
その出ているお客様を見た、他のお客様は「お金を突っ込む」のだ。
後はその負の連鎖の拡大・無限ループだ。1人の出ているお客様を見た10人がお金を突っ込み、9人が出ず(負ける)1人が出て(勝つ)。またその1人を見た別の10人が、、、、と。いわゆる「射倖心」を煽るのである。これが夕方になる頃には、超絶出ていなくても「出ている人」が少なからず存在する。見るお客様によっては「出てるような錯覚」に陥るのだ。「本当に出している時」と言うのは、その出ているのが10人中「1人」なのか「複数人」なのかという違いである。
対して「赤字を打って出す」時は、はっきり言って▲5%も出せば充分なのだ。±0%でさえ、もの凄く出ている様に見えるのだ。時には「出過ぎてしまう」事も有り、▲10%など出た日は「お祭り状態」である。店によっては赤字幅に耐えきれず、閉店時間前に急遽閉店する場合もある。
(ここでの数字は「利益率」である。業界的には「機械割数」と言う数字の方が一般的である。これは「交換率」に左右されるのだか、これも別の機会に話そう)
もちろん、締めて出さない営業を連日行えばお客様は離れて行くので「出す」日があるのだが、どうせ出すのであれば、平日の常連客に勝たせた方が「この店は出している」と言う話が近郊に広まるのである。
締める時は20〜30%。出す時は5%。いかに客側に不利な遊戯かがわかる。それでも世の中のギャンブルの中では、まだ「還元率」は良い方なのだが、、、、
基本方針は、常連客が集まる平日に「出して」休日に「締める」と言う営業形態である。
世の上場企業などの利益率が、5%~8%で推移しているのを考えれば、とてつもない数字である事がわかる。そしてギャンブルである以上、長期的に見てディーラー(店)に客が勝つ事は無い。(いわゆる「プロ」と呼ばれるものも存在するが、それもまた別の機会に語るとしよう)
当然そうなると「給料」というものも、かなり羽振りが良い。最下位のホールスタッフで、年収300万円弱と並みなのだが1階級昇格すれば最低でも年収は100万円以上は上がる。
「ヤマト」の場合、店舗はホールスタッフ(男女)・景品カウンタースタッフ(女性)・総務スタッフ(女性)の3部門からなる。
・一般スタッフ
・サブリーダー
・リーダー
・サブチーフ
各部門のトップがサブチーフであり、僕は現在ホールスタッフのこれに当たる。ちなみに年収は800万円位である。
そして
・チーフ
・サブマネージャー
・マネージャー
・エリアマネージャー
と続くわけだが、チーフ以上は3部門・店舗を統括する管理職である。チーフで年収1000万円、マネージャーに至っては年収1800万円ほどと言われる。エリアマネージャーになると年収2000万円を超えるらしいが、税金が高額らしく手取り的には「マネージャーとたいした変わらん」と言うが、あのレベルの人たちの「たいした」がどの程度かは微妙だ。
また、当社だけでなく、この業界の特徴として魅力的なのは「男女平等」「実力主義・年齢関係なし」という点で、20歳前半でも管理職が射程距離に入ってくるケースも多い。まだ数は少ないが女性サブマネージャーなども存在する。
上下関係が厳しい業界なのだが、うちは特に厳格で上司の命令は絶対的であり、それが間違いであっても従わなければならない。会社・店舗に損害が発生した場合などは、もちろん後からその上司にペナルティ(罰則)はあるのだが、その時命令された事に意見は言えるが受け入れられなくても、忠実に従わなければいけない。その関係は年齢も男女も関係なく、上司の命令は基本的に絶対なのだ。
なので僕は、上司はもちろん部下の年上の男女にも、敬語で誠意を持って接するのだが他店では20代の役職者が40代の一般スタッフを恫喝することも珍しくは無い。ちなみに上司に話し掛ける時は必ず「職位」で呼ばなければいけないのもルールだ。
僕などは30歳くらい迄に管理職になれれば良いかなと、割とゆるい考えだ。伊達彩華なども今のご時世、女性の中では「高給取り」に分類されるようである。そのプライドが彼女の性格に出ているのだろうか、、、、
スタッフは全部署、リーダーまでは制服貸与。男性は青い小洒落た上下の服装で、女性は同デザインで下はキュロットになる。サブチーフ以上になると男性は黒いスラックス、紺色のネクタイ、白のYシャツと、いわゆる業界で「シロワイ」「ワイシャツ」と呼ばれる幹部である。実際にはチーフ以上はホールに出る事は、ほとんど無いので何色のスーツ・ネクタイ・Yシャツでも良いのが現状だ。僕は黒のスーツを何着も持っている。当然、自腹である。
女性もサブチーフ以上は同様である。伊達彩華の服装が基本形だが、他店ではパンツスーツ姿のサブチーフ以上の役職者を見かけるので、割と自由度は高いようだ。ちなみに一年半程前に、彼女の制服姿を一度だけ東北の店舗で見た事がある。確かリーダー研修の時で、遠巻きだったので彼女は気付いていないだろう。
とは言えこういう業界なので、社会的地位は低い。その反動か高額な買物をする上層部は多いし、勧めてくる事もしばしば有る。チーフ・サブマネージャー以上になると、車は標準でベンツ。靴や時計など、装飾品もブランド品で着飾る。僕はそういうモノに全く興味がわかず、最新のパソコンや家庭用電化製品などに走ってしまうので、よく他店舗のマネージャーなどには「いつまで安モノ着けてる」という皮肉を言われる。うるさい。
そしてこの業界は、色々な過去をもつ人が面接に来て、働いている。「前科」「執行猶予」「借金地獄」「謎の夫婦」「家出した女性」など様々いるが、不思議と1年以内に辞めてしまう。それも突然来なくなる。「もうそろそろサブリーダーだねぇ」などと話している矢先に。他に良いところを見つけたのか分からないが、シフト出勤制である以上突然いなくなるのは毎回苦労する。慣れてしまったが。
僕の場合は20歳の情報系専門学生時代に「ぱちんこ」の魅力に取り憑かれ、「この業界は伸びる!」という根拠のない確信があり、学校卒業後に即この業界へ入る事を決めていた。この「ヤマト」という会社を選んだ理由は
・平日でも稼働率が高い~客がいつも混んでいる
・休みが月6回以上
・経営者が●●●
この程度の理由なのだが、現在まではうまくいっている。面接は正装で緊張しながら赴いた。「ジャージでピアス、金髪寝ぐせ」の同世代の男性が面接を一緒に受けたのだが、ロクに履歴書なども見ずに「あ、そのピアスは外せよ。あと髪は黒くな」という軽い感じで、二人とも採用。それで良かったの?!大丈夫かここ?という衝撃があったが、その男性は1ヵ月後にはもういなかった。最初の勤務地は飯田橋の本店だった。
他にもいわゆる「ヤクザ」から足を洗った人などもいるのだが、この人たちは、いざ働くと長い人もいる。実際当社の上層部・本社役員などにも何人かいるらしい話も有名だ。現に中田サブマネージャーなどは、当社設立初期メンバーらしいのだが、いつかの飲み会の時に
「俺なぁ、、、、北海道で人斬って逃げてきたんだぁ、、、、」
という話を本人から聞いた事がある。
「そ、そうですか、、、、」
どう答えてよいか分からなかったし、深くは聞かなかったが、そういう事なのだろうと思っている。「人情の人」で部下の面倒見が良く、とにかく良い人だが怒ると異常に恐いし。でもそういう人たちは住民票などはどうなっているのだろうか?会社に入社時提出義務があるのだが、昔だから必要なかったのだろうか。何にしてもこの業界は「人生再起不能・ワケあり」の人が割と短期で人並かそれ以上に高給取りになれるチャンスが有る、魅力的な業界のようだ。
どんな世界にも「ひいき」「コネ」「癒着」というものは存在し、残念ながら「実力主義」を謳っている当社でもそれは存在する。女性が顕著なのは言うまでもなく、俗にいう「枕営業」上司に身体を使って出世するパターンはたまに聞く。基本「社内恋愛禁止」がこの業界のルールなのだが、そう簡単に男女の仲はコントロールできるものでもない。前にいた飯田橋店では、僕がリーダーの時「マネージャーの女」という噂のサブリーダーがいて非常に気を使いやりずらかった。日がたち、もうほとんど誰もが知るレベルになった頃、彼女曰く「それも実力のうち」なのだとか。
その女性は間もなく退職し、マネージャーはサブマネージャーへ降格になり、東北の店舗へ転勤となった。かくいう僕も女性スタッフからそういった「おさそい」(誘惑)は多々有ったのだが、それもまた別の機会に話そう。
「全フロア 全スタッフ、配置完了しました。」
8時55分。山本リーダーから司令室へインカム(無線)連絡が入る。外には月曜日の平日から90人あまりのお客様が並んでいる。ここ大久保店はお客様の半数以上が「黒い目の外国人」である。
今日はいったいどんなトラブルが待っているのか?何も起こらないのが一番なのだが、そんな事を考えるとだいたいロクな日ではないのだ、、、、
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