第二章

第5話「入荷・1」

 板張りの床が冷たい。

 キーッと金属が軋み、ガチャッと鍵が閉められる音。

 体の芯まで伝わる冷たい音だった。


「今日から、お前を買ってくれる人が見つかるまでの間――商品番号203番――それがお前の名前だ」



 森が切り拓かれた雪山に只一つ佇んでいたトタン張りの建物――駿の話にあった人身売買の倉庫。

 その中には数本の通路が走っていて、それに沿う形でブースのように仕切られた部屋が沢山並んでいた。

 東の出入口から入って左側――つまり南側の通路に接する部屋の一つに宗二は連れられた。

「ここだ」と看守が指さしたのは、広さ六畳程の板張りの部屋だった。

 通路側以外の三面は白く塗られた壁に囲まれていて、天井からは電球がぶら下がっている。

 唯一通路に面した壁だけが抜けていて、一面に堅牢そうな鉄格子が嵌っている。

 部屋と呼称したが、実質的にはここは牢だ。


 ガチャ、キーッと鉄格子でできた扉が開かれ、宗二は不安定な足取りで中へ進む。

 和式の便器がぽつりと、仕切りもなく右の壁際に置かれていることに違和感を覚えたのが印象的だった。

 左側に目を向けると、そこにはサピエンスが使うには幾許か大き過ぎる二段ベッド。

 便器もベッドも汚れなく真っ白で、十分に清掃されているようだった。


「これから、基本的にはこの部屋で過ごしてもらう。週に二、三度――」

 

 後について部屋に入った看守――身長190cm程の筋肉質な体躯に黒髪黒目という、標準的なフォーティスの男性像を象ったような容貌の男は、宗二の縄を解きながら淡々とここでの生活や決まり事を説明する。

 一通り説明を終えた彼は、畳まれた服と蓋の付いた紙容器をカバンから取り出し、床に置いた。


「これが着替えと朝飯だ。この後すぐ健康診断があるからまた来る。それまでに着替えて飯食って待ってろ。わかったか」

「……わかったから、黙って消えてくれ」


 それまで一言も発さなかった宗二が遂に口を開く。

 だが、俯いたまま発せられた平坦な言葉からは、押し殺しても隠しきれない敵意が滲み出ていた。

 

「おい、口の聞き方には気をつけろ」

「だからだまっ……ごほッ!!」


 看守の警告を無視して口にした恨み言は途中で切れた。

 看守の拳が宗二の腹に打ち込まれて、一瞬呼吸が止まったからだ。

 遅れてやってきたみぞおちを殴打された時特有の痛みに、膝をついて蹲りながら咳き込む。


「商品だからって手加減されるとは思うな。次はない。売り物にならなくなるまでボコボコにするからな。身の程を弁えろ」


 冷酷な響きが淡々と降り注ぐ。

 踵を返し、足音を立てて部屋から退出する。

 キーッと金属が軋み、ガチャッと鍵が閉められる音。


「今日から、お前を買ってくれる人が見つかるまでの間――商品番号203番――それがお前の名前だ」


 それだけ残して、足音はペタペタと遠ざかっていった。


 宗二は腹を擦りながら、「くそ、いてぇ」と唸りつつゆっくりと息を吐き、床に腰を降ろす。

 裸足の裏と尻から、床の冷たさが伝わってくる。

 何かしらの暖房器具が使われているのだろう、倉庫内は通路も部屋も屋外より断然暖かい。

 なのに寒気が全身を走るのは何故だろう。


「きっと疲れてるだけか……」

「ねぇ、あんた」

「わッ――!?」


 驚きに肩を跳ねさせる。

 突然、自分の呟き以外の声が部屋の中から聞こえたからだ。

 弾かれたように声の方へ振り向くと、部屋の左奥、二段ベッドの上段のベッドに声の主は座っていた。

 今まで気づかなかっただけで、初めからそこに居たのだろう。


「そんなびっくりしなくても。はぁ……」


 弱々しい声だ。

 呆れたように額に手を当てるその人は、短く切られた濃藍色の髪を雑に下ろした女性のフォーティスだった。

 歳は二十歳手前くらいか。

 商品用のつなぎと着ていることを見るに、彼女も商品なのだろう。

 こちらに向ける藍色の瞳。目つきは鋭いが、如何せん力が籠もっておらず凛々しい印象は受けない。

 顔立ちもそうだ。

 整っている方だと思うが、そこに一切気を使っていないのだろう、とてもではないが美しいとは感じない。

 いや、ともかく、彼女の見た目云々の前に――


「なんで女」

「なんでって、ここが二人部屋だから。ここまで連れてこられる途中に他の部屋見なかったの? 他のところも皆二人部屋だったと思うけど」

「言われてみれば――」


 しっかりと注意はしていなかったが、他の部屋も一部屋に二人入っていた気がする。

 って、そういうことではないのだが……


「いや、まあ、良いか何でも……」


 宗二は疲れたように溜息を付く。

 合わせて重々しい空白が転がり込む。

 しかし、それはすぐに女の声で破られた。

 

「あんた、ちゃんと商品として売られてここから出たいなら、看守に突っかかるのはもうやめな」


 先程までの、力がなく何処か投げやりな調子とは違った。

 硬さのある、真剣味が伝わる声だった。

 宗二は「そう」とだけ素っ気なく返して鉄格子の方に向き直る。


「あんた、本当にわかってるの?」


 だがその反応が何やら気に入らなかったらしく、女は執拗に食い下がる。

 それを黙殺し、宗二は朝飯が入っているらしい紙容器に手を伸ばす。


「あんた――」

「わかってるから。よーぉくわかってるから。もう……、静かにしてくれ」


 呆れとも、疲れとも、苛立ちともつかぬ沈んだ響き。

 女は言い返そうと息を吸ったものの、何処か苦しそうに聞こえるその声に、口を噤んで息のみを吐き出す。

 示し合わせたように宗二も溜息を付いた。

 二人共押し黙り、先程とは比べ物にならない程重苦しい沈黙がのしかかる。

 その詰まったような空気に女が息を潜める中、宗二は不釣り合いにも平然とした挙動で紙容器を手に持って開けてみる。


「おにぎりか……」


 海苔に巻かれたおにぎりが二つ入っていた。

 おもむろに一つ取り出して、パクっと齧る。

 咀嚼して舌の上で転がしてから飲み込む。

 だが、宗二は何かが腑に落ちず、おにぎりをじっと見つめて眉を顰めた。

 違和感の正体は――


「味が、しない……」


 赤々した梅の入ったおにぎりは、何の味もしなかった。





 着替えを済ませて少ししたら、先程と同じ黒髪黒目の看守が部屋にやってきた。

 健康診断とやらは別部屋で行うらしく、自部屋から引っ張り出された宗二は看守の後を追って、倉庫の西側に併設されている建物へと移動した。

 移動中に気がついたことは、商品用の服と看守用の服は、それぞれ色が異なるだけでどちらも同じデザインだということだ。

 前者はクリーム色、後者は紺色の作業服風のつなぎだ。

 ちなみに看守を含め、人身売買組織の職員は皆左腕に赤色の腕章を付けている。

 という話を看守から聞きつつ、自分のつなぎを手で探っていた宗二は、腰周りを一周するファスナーを発見した。


「ところで、この腰の辺りについてるチャックは何のためなんだ」

「ああ、これか? これはトイレに行ったときに使うものだ。これを開ければつなぎの上下を切り離せて、わざわざ服を脱がずとも排泄出来るからな」

「なるほど」


 振り向きすらせず、相変わらず抑揚のない声で簡素に説明され、宗二も同じ調子で返す。

 そこで無味乾燥な会話は終了するはずだった。

 そのまま宗二がまっすぐに歩いていれば。

 何の前触れもなかった。

 突然目の前が真っ暗になったかと思うと、ぐたっと足の力が抜ける。

 自力で体を支えていられなくなった宗二はよろめき、たたらを踏みながら横に倒れ込んだ。

 ガタンと大きな音が響く。

 看守は弾かれたように振り向いて見ると、苦しげに掌で両目を押さえている宗二が、通路に面した部屋の鉄格子にもたれ掛かっていた。


「おい、大丈夫か!」と駆け寄る看守の声には、初めて感情が乗っていると感じた。

 不安を露わにする看守に、宗二は鉄格子に体を預けたままおもむろに手を額にずらし、目を薄く開ける。


「立ち眩みを起こしただけだ。もう大丈夫だから行こう」

「……そうか」


 耳鳴りのする重い頭。

 ぐるぐると回る視界の中、こちらを窺う看守の乾いた瞳が揺れているように見えたのは、きっと立ち眩みの所為だろう。


 足元をふらつかせながら向かった先、併設された西側の建物――職員棟と呼ばれるそこは病院を思わせる場所だった。

 廊下も部屋も、壁面も床も天井も漂白されたように白く、使われている照明も青白い。

 無機質、という表現が似合う場所だ。

 通りがかる職員の中には、医者のように白衣を着ている者もいた。

 病院という印象に反さず、そこにある一室で行った健康診断は、身長体重・視力聴力の測定、血液検査など、どれもありがちなものだった。

 それらを終えた後、検尿のために行ったトイレでのこと。

 洗面台で手を洗った際、そこに設置された鏡で、宗二は故郷の我が家にいた時以来初めて自分の顔を見た。


「……ひでぇ顔」


 それ以外の感想は浮かばなかった。

 それ程、酷い状態だった。

 血の気を失ったように青白い肌はガサガサに乾いていて、目の下にはくっきりとクマが浮かんでいる。

 なのに目だけは不気味にカッと開いていて、まるでゾンビの目をくり抜いて、そこに生きている人の目玉を詰めたかのようだ。

 たったの一日で頬も痩せこけていて、”不健康”や”やつれている”などという次元ではない。

 同部屋の女の外見には辛辣な評価をしたが、自分の方も大概酷い顔をしていた。

 検尿のカップを届けた後は、すぐに自部屋に返された。

 部屋に戻った宗二は、重すぎる体を床に降ろし、と記憶に残っているのはそこまで。

 やはり、肉体的にも精神的にもとうに疲労が限界を超えていたようで、気づいたら意識は夢の彼方へ飛んでいた。




 ◆




「うっ、うっ……。宗一郎、そういちろぉ……」


 嗚咽。すすり泣き。

 泣き崩れる母。

 丸まった背中。震える肩。

 その手には封筒と手紙。


『これだけしか、持ち帰ることが出来ませんでした。――南政府軍三等陸曹 澤田』


 封筒に同封されていたものを取り出す。

 それは迷彩柄の布切れ。

 乾いた血と汚れた灰にまみれたそれに刺繍された文字。


『常田宗一郎』

「ぁ、あぁ……」


 嗚咽。すすり泣き。

 ぽつりぽつりと、雪解け水が滴る。

 刻まれた名が滲んだ。


 バタンと扉を開け、外に駆け出す。

 間に合え。間に合え。

 夜闇に滲む村灯り。まだ人通りは絶えていない。

 走る。走る。

 段々と人が減っていく。

 村が夜闇に沈んでいく。

 それでも走り続ける。

 間に合え。間に合え。


 母さんが、待ってる。


 肺が冬夜の空気に凍る。

 顔が冬夜の空気に凍る。

 息が冬夜の空気に凍る。

 家々、木々の合間を縫って。

 長く長く、短い時間を走り続け、到着した。


「”百万亭”」

 

 バタンと音を響かせて扉を開く。

 

「かあ、さん……」


 ソファに仰向けで寝る母。


 ――その胸には、血に濡れたナイフが深々と突き立てられていた。


 必死に手を伸ばし、世界が傾いて、歪んで、闇へと吸い込まれて遠ざかっていく母に手を伸ばし――



「母さん――ッ!!!」


 叫びながら、天井に向かって手を伸ばしていた。

 ハッと息を吸って我に返る。

 心臓が暴れている。汗で服が全身に纏わりついている。

 胸が詰まったように苦しくて、肺全体を使って荒々しい息を繰り返す。

 天井には暖色に灯された電球。

 背中には冷たくて硬い感触。

 体の中は、寒いのか熱いのかわからなかった。


「夢、か……」


 冷え切った両手で火照った顔を挟み、目が覚めたことを改めて自覚する。

 だが依然として体は重だるく、意識はぼーっと浮き沈みしている。

 まるで風邪を引いてしまったかのようだ。


「あんた、ずっとうなされてたよ」


 不意に何処か籠もった女の声が聞こえ、自部屋の床で寝てしまったことを思い出した。

 鈍い上半身を無理矢理起こし、声の方に目を向けた宗二は、思わず金縛りにでもあったように固まった。


「ぁ――」


 部屋の右奥、仕切りもなくポツリと置かれた和式の便器。

 その上に、女が滑らかな臀部を露出して跨っていた。

 当然、一線の薄黄色い液体をその間から流しながら。

 彼女が壁の方を向いていて、こちらには背を向けているとはいえ、衝撃の光景に表情を変える余裕すらなかった。

 

「――――」


 やがて水音が止まり、女は股を軽く拭いて、つなぎのズボンにあたる部分を引っ張り上げてから慣れた手付きでチャックを閉める。

 レバーを踏み、ジャーと水が流れる。

 不思議と緩慢に時が流れる中、宗二は放心状態で漫然と一連の動作を見つめていた。

 女は身を翻し、ベッドに戻ろうと部屋を横断しながらこちらを一瞥する。

 見ていたことが気づかれた。

 モラルに欠けたことをされたのだから、今から女が憤慨するのは当然。

 無駄に不興を買うのも面倒だし謝罪したほうが良いだろうかとぼんやり思いつつも、体は凍て付いたように動かなかった。

 ところが驚くことに、女は怒らなかった。

 彼女は足を止め、不思議そうに首を傾げる。

 顔には、まさに疑問符が浮かんでいた。


「あんた、何をずっと呆けてるの? そこは普通にやりと下卑た笑みで鼻息を荒くするところだよ」


 呆れたような、というより投げやりな声だった。

 どんな感情が乗っているのか、元より乗っているのかすらわかりにくい声だ。

 ただ、宗二はそもそも指摘された内容の意味がわからず、「は……?」と間抜けにも口を半開きにする。


「はぁ……。もういいわ」


 彼女は捨てるように言って二段ベッドの梯子を登る。


「いやいや、トイレを見られてなんで平気な顔してられるんだ」


 ようやく思考と喉と口が氷解した宗二は、流石にそう聞かずにはいられなかった。

 すると、女はベッドにどっかりと座り込んでから無表情を浮かべた顔を壁の方に背ける。


「もう慣れたから」


 何もかもを捨てたような言い方だった。

 部屋が一段と冷え込んだ気がした。

 空気が粘着質な沈黙に沈んでいく。

 まるで体の内側までもに重い沈黙が纏わりついたかのようだ。

 息苦しかった。

 宗二も目を逸らし、とにかく呼吸がしたくてスーッと深く息を吸う。


「本当に、訳わからねぇ」

「――夜飯だぞ」


 つくづく思い知らされてきたことを改めてボヤく宗二の呟きは、今日初めて聞いたにも関わらず、随分と聞き慣れてしまった平坦な声に掻き消された。

 振り向くと、トレーを持った黒髪黒目の看守が鉄格子の前に立っていた。

 彼はこちらを視認すると、表情をピクリとも動かさず尋ねる。


「203番、起きたのか」

「ああ」

「多少は顔色がましになったみたいだな」

「は? そう見えるならお前の目は……」


 ――節穴だな。

 口にしようとして、しかしギリギリのところで踏み留まった。

 しかし、お陰で腹を渦巻く熱い不快感のやり場を失ってしまい、やはり言えばよかったとも思った。


「どうした」

「何でもねぇ」と苛立ちをかなぐり捨てるように吐くが、看守は気にした様子もなく言葉を続ける。


「そうか。これ、夜飯だ。87番、お前の分も置いておくからな」

「はい」


 87番――そう呼ばれ、同部屋の女は返事した。

 きっとそれが彼女の商品番号なのだろう。

 看守はトレーから紙容器を二つ取ると、一つを宗二に手渡し、もう一つを部屋内の板張りの床に置いた。

 ちなみに、通路の床は、宗二が建築に詳しくないから材質は不明だが、表面は亜麻色に塗装されてツルツルとしている。

 そして倉庫内は通路でも部屋内でも、基本的には皆裸足だ。理由はわからない。

 看守は翌日の予定を大雑把に伝えると、早急に踵を返した。


「おい看守。ちょっと寒すぎるから、毛布かつなぎの上に羽織れるもの貰えないか」

「了解した」


 鉄格子越しに大きな背中に尋ねると、思いの外あっさりと了承が得られた。

 ペタペタと足音が遠ざかっていく。

 宗二は紙容器を片手で持ったまま床を這って移動し、二段ベッドの下段に腰を乗せる。

 容器の蓋を開けてみると、白飯とソースの掛かっている魚のフライ、キャベツとミニトマトのサラダが入っていた。

 蓋に貼り付けてあった箸を剥がし、それでフライを挟んで口元まで運んでから、優しく鼻で息を吸う。

 やはりか。

 揚げ物の匂いも、ソースの匂いもしない。

 一口齧る。

 サクッとした食感。

 しかし味はしない。

 幾度か咀嚼、唾液に包まれた味のないそれを飲み込み、大きく溜息を付いた。

 味がしないというのは、それだけで気分が滅入ってしまうものだ。

 今度はトマトを口にする。

 噛んだらプチッと割れて、ゼリー状の実とつぶつぶとした種の食感が舌を撫でる。

 だが、それだけ。

 物足りない。

 なんだか食欲がなくなってしまい、紙容器をベッドのシーツの上に置いた。


「この部屋って、時計ないのか」


 その時ふと気になったことを女に尋ねる。

 すると、ごそりとシーツが擦れ合う音と共にベッドが少し揺れた。

 

「あるよ。はい」

 

 女がそう言うと、上段のベッドから上下ひっくり返った掛け時計がニョキッと顔を出した。

 時計の針が差すのは……七時十五分。

 逆さの時計を読むのに少し時間が掛かってしまった。


「それ、何処にあった」

「私のベッドの中」

「そりゃ、今まで時計を見なかった訳だ」

「うん。毎回私に聞くのもめんどくさいでしょ。後で壁に掛けておくよ」

「ああ」

 

 ぎこちないながらも、初めてまともに噛み合った会話。

 しかし、互いにこれ以上続けるつもりもない。

 それを示すように、時計の丸い輪郭が引っ込んでいった。

 宗二は軋む体を年寄りのようにゆっくりとベッドに倒し、そっと天に向かって手を伸ばす。

 二段ベッドの枠組みの材料は木材だ。

 上段のベッドの下には、それを支えるように板が簀子すのこ状に張ってあり、それがちょうど下段側に露出している。

 そのため、宗二がベッドに寝転んで見上げると、整然と並んだ木板が視界いっぱいに広がるのだ。

 伸ばした指先で、木板の表面を滑らかに伸びる木目を丁寧になぞる。

 優しく、我が子を愛でるように撫でる。

 

「さてと、どうやってこの監獄から逃げ出そうか。……へっくしゅん!」








 時計は結局、鉄格子と向かいの壁の、ベッドと便器の中間の高い位置に掛けられた。


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