#35 模型、重力、モーニングスター

三階へと上がる。

壁際には、鉄筋みたいなものが斜めにたくさん設置され、床にはビルとかにあるようなマットが一面敷き詰められている。


鉄筋の隙間から青空が見える。

下の方を覗くと町並みはなく、どこまでも青空でまるで地面がない世界みたいだった。


きっと幻覚の空なのだろう。


そして部屋の中央。

一階と二階にあったのと同じ、大きな太い柱があるにはあるが、真ん中がすぱっと切り抜かれており、柱の体を成していない。


そしてその空白の部分には代わりに小さな街の模型が飾られていた。


そこには見覚えのある赤い……東京タワー。


「なんで……故郷が……」

レイジが言った。


すると次の瞬間、大きな雄叫びが聞こえた。


見ると、黒い影が大きな風船のように膨らんでいっていた。


そしてすぐに、その黒い影は黒竜へと変化した。


黒竜は模型に噛み付いた。

東京の模型はバリバリに噛み砕かれて、残骸がボロボロと零れ落ちた。


僕はそれを見て、頭に血が上り飛びかかりそうだった。

でもこんなの、罠で悪趣味な幻覚を見せているに違いないと、自分を落ち着けた。


しかしレイジはそうはいかなかった。

叫び声を上げて、黒竜に蹴りを入れようとする。


僕は咄嗟にレイジにタックルして動きを止めた。

「一人で突っ走るな!連携して倒すんだ、僕たちで!」


「……!」

レイジははっとして、頷いた。


黒竜は口からわずかに炎を漏らしていた。

「当該PMをヒバキと呼称。今まで通り連携して、対処にあたる。」


「はい!」

「ああ」

「うん。」


人にとってはだだっ広いこの塔も、ドラゴンからすれば個室トイレくらいのサイズだろう。


僕はドラゴンが手で引っ掻こうとしてきたところを軽々と避ける。


レイジとユウリが正面で撹乱しているうちに、僕はドラゴンの後ろに回って尻尾を切り落とした。


するとドラゴンは、いとも簡単にばたりと倒れた。


動かなくなったドラゴンは、腐ったように変色すると、大量の落ち葉へと変化した。


それとともに、またもや黒い影は上の階へと上がっていった。


模型の残骸も落ち葉に変わっていた。


「……」

黒竜は、芽衣を食べたやつとそっくりだったが、本人じゃなくて、きっと幻覚なんだろうな。


僕は落ち葉を見て思った。


レイジとユウリの恩人、芽衣、そしてドラゴン……僕たちにとって大切な、あるいは忌々しい、そんな記憶を抜き取って、幻覚を見せているのかもしれない。


「エイジ」

レイジが言った。


「こんな悪趣味な幻覚、他の誰かに見せられないよな!放置してたら、あとで別の人が知らずに登った時、悲しい思いをするかもしれない。だからちゃんと最上階まで倒し切ろう!」

僕は言った。


「……ああ。そうだな。」


僕たちは四階へと上がった。


四階は木造らしい見た目で、中央の柱もあった。

桜の花びらが床、そして壁にも張り付いていた。


しかし僕はすぐさまフェノウェポンを構えた。菅笠を被った侍のような人が、柱の前にぼうっと立っていたから。


ぼろきれを羽織っているが、右腕はすっからかんだ。左手には鉄パイプを握っている。


次の瞬間、侍は飛びかかってきた。

笛野宮さんの前に僕は立ち、その鉄パイプを鎌の持ち手でかちあわせる。


力が強い。片手なのに押し返されそうだ。

しかしそいつに、レイジが蹴りを入れた。


人型のフェノメノンはよろける。

隙ができたと思った次の瞬間、突然右に体が引っ張られた。背中を思い切り床にぶつけた。痛い。


上を向くと、侍は僕に鉄パイプを振り下ろさんとしていた。


すぐさまフェノウェポンを構える。


至近距離にきたフェノメノンの顔を見て、僕は驚愕した。


片目はないが……目の前にあったそいつの顔は、僕の顔そっくりだった。


そう思った途端、フェノメノンはその場を離れた。飛んできていたユウリが壁に着地した。

それを避けたようだった。


次の瞬間、また体が右側に引っ張られて、背中をぶつけた。

桜の花弁が舞うのが見える。


「これ、部屋が回転していやがる……!」

レイジが言った。


僕らがさっき下から上がってきたはずの階段が、逆さ向きになっていた。


「当該PMを以降ハナダと呼称、対処にあたる。ユウリちゃん行けそうだね?」

笛野宮さんはさっきぶつけた自身の腰をさすりながら言った。


「うん。飛べるから、よく見て向きさえ間違えなければ対応は可能。」


「二人は向きの変化に注意しつつ、ハナダと対峙して撹乱。同士討ちの可能性を避けるため、片方は退いて様子見、向きが変わるごとに攻撃役を交代して。

ユウリちゃんは部屋の向きに囚われず壁や天井を移動することで逆にハナダの視界に自身を捉えさせない。そして然るべき時に奇襲。これで行こう。」


「はい!」

「おう!」

「うん!」


僕が鎌を鉄パイプと何度もかちあわせ、弾き合う。

そして向きが変わるタイミングで後ろへ退くとともに、ラボ靴のわずかにフェノメナルフィブラを噴出する能力で、ちゃんとまっすぐに着地。


今度はレイジがハナダに格闘を仕掛ける。


そしてもう一度向きが回転し、僕に攻撃役が映ったタイミングで、動き回っていたユウリが上から強襲。ツメをハナダの背に突き刺した。


その勢いで、ハナダから菅笠が外れて転がった。

みんなその顔を見て一瞬だけ驚いたが、幻覚なのだと理解したので、長々と騒ぐことはなかった。


ハナダは項垂れると、大量の桜の花弁に変化した。

そしてまたもや黒い影が出てきたと思うと、上に登っていった。


僕たちは五階へと上がった。


そこはプラネタリウムのようだった。

上空が、どこまでも続く夜空のようで。

しかしユウリが飛んで確かめると、途中でちゃんと天井があるようだった。


地面は土で敷き詰められており、プラネタリウムの座席のように見えるそれは石の墓標だった。


土がジャリっと蠢く音がした。

次の瞬間、大きな音と土煙を立てて、何かが勢いよく飛び上がった。


そこにいたのは、土まみれの法衣を着た聖職者。顔は骸骨が剥き出しで、蝙蝠のような黒い羽が生えていた。


ジャランジャランという鎖の音。

風圧で砂煙を巻き上げて、何かが飛んでくる。


それは僕のすぐ横にあった墓標に激突すると、瞬く間に粉々にした。

モーニングスターだ。


風圧。もう一個飛んでくる。僕は咄嗟にフェノウェポンを前に出した。

激突。

振動が腕の中で反響する。


弛んだ鎖。それをレイジが掴み、引っ張る。引っ張られてきたフェノメノンに、レイジは頭蓋骨に拳の一撃を見舞う。間髪入れずに腹に蹴りを入れ、吹っ飛ばす。

それでもフェノメノンはモーニングスターを離さなかった。


「当該PMは以降、ホシミと呼称!」

笛野宮さんは素早く言った。


ホシミは、さっき確かめたときは通れなかったはずの、上空の星空へと飛び上がった。

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