#12 今のは褒め言葉として

「それじゃあ早速現場へ向かおうか、桜田永時君。」

そう言った笛野宮フィブラは、運転席へと移動した。


「持ってるんですね、運転免許。」


「そりゃあ車があるんだから持ってるでしょうよ。私をなんだと思ってるんだ君は。」


笛野宮フィブラは無免許高校生には見当のつかないレバーを慣れた手つきで動かすと、車を発進させた。


「笛野宮フィブラさん」


「なんだい桜田永時君」


「フルネームで呼ぶと長いので、呼び方を変えてもらえませんか?」


「そうか。そうだね。じゃあ何と呼ばれたい?桜田永時君」


このままその声で『永時君』と呼ばれ続けたらきっと印象が、ただでさえ姿のそっくりな芽衣とだぶって頭がいかれると思った。だから。

「桜田でお願いします。僕も笛野宮フィブラさんのことは、これからは笛野宮さんと呼ぶので。」


「うーん、うん。あいわかった桜田君。私もこれからは桜田永時君のことを、桜田君と呼ぶことにしよう。」


それから少し経って、笛野宮さんは口を開いた。

「ねえ桜田君、私に聞きたいこととかある?なんでもいいよ!」


「聞きたいこと……そういえば笛野宮さんは、芽衣……笛野宮芽衣さんとはどんな関係だったんですか?」


「え?どんな関係って。どんな言い方さ。いや、従姉妹だよ。いとこ。歳は離れてるけどね。……てか、私の前だからって幼馴染のことさん付けする必要ないよ。芽衣ってスムーズに呼んでもらったほうが本人も喜ぶと思うけどなー。


他には……ないの?聞きたいこと。」


「……もしかして、話しかけない方がよかったですか?運転中に。」

僕はつい訊いた。


「え?なんで?そんなことないよ」


「いや、汗かいてるみたいだったので。すごく。」

笛野宮さんの髪や頬には、後部座席からでもわかるほど大きな玉の汗が垂れていた。


「真夏日だもんねえ。」


「南半球ではそうでしょうね。サンタも仕事を終えてトナカイとサーフィンしてる頃でしょう。」


「……暖房、消してもらえる?」


僕は暖房のスイッチを消した。


「暖房ってずっとつけてると気分悪くならない?サウナはそんなことないのに……まあ、消したら消したで寒くなってまたつけるんだけどさ」


「わかります。」


「だよねー。また寒くなってきたら言うから、その時はお願い。」


「はい。」


少しの間。


「他には?」


「他?」


「うん。あるでしょ?たとえばほら……好きな食べ物!とか。」


「笛野宮さん」


「なんだい?桜田君」


「好きな食べ物はなんですか?」


「…………………………とんかつ定食!」

笛野宮さんはためにためて言った。


「でしょうね。」


「次の質問!」


「次……あ、じゃあ」


「なんだい?なんだって答えちゃうよ」


「笛野宮さんは、何歳なんですか?」


「え?そんな、じ、そ、それ重要?」

笛野宮さんは噛みまくった。


「いや、芽衣と歳が離れてるって言ってましたけど、そうは見えないなと思って。」


「……え、そう?そっか。まあ、肉体年齢は17歳だからね。」


「何歳なんですか?」


「……いや、わかんない。数えてないし。多分300歳ぐらいじゃない?」


「30歳ですか。」


「…………………………なんか傷ついたよ、桜田君。今後人と話す時は口には気をつけたほうがいいよ。」


「でも安心しました。笛野宮さんと話していて、10年以上も歳の離れた人と話しているような感覚はないです。いや、僕は実を言うと、芽衣以外に仲の良い同級生はいなかったので、おかしな話なんですけど……」


少し、間が開いた。


「あ、いや、失礼でしたか!?その、良い意味で言ったんです!」

僕が慌てて付け足すと、笛野宮さんはふふっと声に出して笑った。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。私は桜田君と仲良くしたい。だから、もしそう感じてくれているならいいこと尽くめだ。その為に、今のは褒め言葉として受け取らせてもらうよ。」


「笛野宮さん」


「なんだい?」


「惑星スウィルって一体何ですか?」


僕は一番初めに訊こうと思ったことを、とうとう訊いた。


「……わかるだろう?お星サマだよ。」


「どこにあるんですか?」


「うーん、目と鼻の先?」

笛野宮さんは冗談めかした声色で言った。


「そうやってはぐらかされることを見越して、一番訊きたいことを最後に回したんです。」

僕は正直に言った。


「やけに正直だね。だったら尚のこと、私がわざわざはぐらかすということは、現時点で君が聞くには時期早々な情報で、ものすごく不都合な結果をもたらす可能性があるのだろうなと、想像してはくれないのかな。」


「想像はしましたけど、想像できなかったという体で訊いています。ものすごく、恥をしのんで。」


「………………ずっとずっと遠い。」


笛野宮さんは言った。


「少なくとも46億年。燃え盛る恒星だけが燦燦と輝く殆どが真っ暗な宇宙の中にこの水に覆われた惑星が生まれてから、文明を築いたホモ・サピエンスが青白い光を放つ薄い板きれを俯きながら覗き込む今日こんにちまで。それだけの時間をすべてなげうって歩き続けて、ようやく辿り着けるかもしれない場所にスウィルはある。」


「それでもやつらは、この地球にやって来た。」


「そうだね、そうなんだよ!」

笛野宮さんは言った。


「9月初頭、トラックに轢かれたはずの男子高校生の遺体が行方知れずになった事件は憶えてる?」


「……ああ、そういえばありましたね。」


「車上カメラに事故の瞬間は明瞭に映ってる、目撃者もいる。にも関わらず、車と衝突して倒れ込んだ被害者の身体は忽然と姿を消した。車の持ち主は混乱しながらもその場から車を少したりとも動かすことなく救急車を呼び警察に通報したが、被害者の身体はおろかタイヤにも車体にも血すらついていない。」


「でも被害者の親族は行方不明届を出してるから、事故自体が勘違いって線はないんですよね。」


「桜田君、私が病院で君に惑星スウィルのことを”異世界”と称したことを憶えているかい?」


そういえば確かに、笛野宮さんはあの日、病室の前で僕の車椅子を引き留めて『異世界からやってきた怪物たちだって』と言った。


「はい。」


「これさ、まるでトラックに轢かれて異世界転生したみたいだよね。」

笛野宮さんは突拍子のないことを言った。


「ふざけないでもらえますか。」


「ふざけたつもりはないよ。」

彼女は毅然とした様子で答えると、続けた。


「私は情報を聞いてすぐに、フェノメナルフィブラを採取しに事故現場に向かった。特に人間の死体からは、その人が体内に保有していた膨大な量の粒子が空気中に一気に放出されるからね。そこで、確かにフェノメナルフィブラは採取できた。誰かが死んだのは間違いなかったみたいだ。しかし、通常の交通事故現場や遺体から放出されるそれとは状態が大きく異なっていたんた。だから、9月の私がそれを保管する判断をしておいてよかったよ。


怪物に壊された東京の瓦礫のそれと、限りなく近かった。」


笛野宮さんは続けた。


「車に轢かれたはずの人間が消える……似たような事件は歴史上何度も起こってるんだよ。勿論21世紀に入ってからも、何度も。遠く離れた場所にあるはずの惑星スウィルから怪物たちが地球にやって来られたのは、それらの行方不明事件の原因と関係がある。


……それが私の仮説だ。」


今まで運転しながら話していた笛野宮さんは、ついにこちらへ振り返った。


「無論、私は決して惑星スウィルの土を実際に踏んだとかではないわけで、不確定な推測を、曖昧な仮説をあんまり明け透けに伝えるものじゃないなと思って、最初、はぐらかした。正直言って、私もあんまりわかってないってことだよ。」

笛野宮さんは申し訳なさそうに言った。


「いえ、聞かせていただきありがとうございます。」


「……そうか。……ところで、目的地に着いたよ。」


笛野宮さんはそう言うと電動ロックを外した。


僕は扉を開け、キャンピングカーから降りた。


あたりを見回すとそこは山の中腹で、ビニールハウスがいくつも立ち並んでいた。


「ここは……?」


「果樹園だよ。今月頭から、三度にわたって犯人不明の食い荒らし被害を受けているとのことだ。」


「その情報って、どうやって知ったんですか?結構SNSで上がってる目撃情報とか調べてるんですけど、初めて聞いたので……」


「冬といえば苺狩りの時期。そろそろ苺が食べたいなーと思って、花床の海をネットサーフィンしていたところ……ホームページのお知らせに書いてあった。」

笛野宮さんは、決め台詞でも言うかのようにシリアスに言った。


「プライベートで来るつもりだったんですね。」


「うん。それじゃあまずは、関係者に話を聞きに行こうか。」

笛野宮さんは歩き出した。

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