PHASE03 郷愁が断ち切る
#9 君の振るうその武器の名は
病院の一階までやってきた僕は、辺りを見回した。
「どこだよ……!」
笛野宮フィブラの姿は見当たらない。
透明な自動ドアの向こうの駐車場で、子供走る姿が見えた気がした。
僕は少し急いで、自動ドアの前まで歩いた。
少し立ち止まった。自動ドアは開かない。
「……?え、ああ、そうか。」
ドアの下部にある手動ロックを、松葉杖の先端でなんとか外す。
扉を手で開け、駐車場に向かう。
幾つかの自動車は、上から隕石でも落ちてきたかのように潰されている。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
またあの雄叫び。
僕は車の陰に身を隠す。
おそるおそる見ると、病院の一階くらいの背丈の巨人が闊歩していた。
体色は石膏のように白く、顔の半分くらいを占める大きな単眼をギョロギョロと動かしている。自身の
潰されている車を再度見て、あの化け物に叩き潰されてこうなったのだと改めて理解し、より一層肝が冷えた。
子供を探さないと。
僕が立ち上がろうとすると、足首を何かに掴まれた。
「っ!?」
僕は驚いて、つい声を出しかけた。
幸いにも一つ目の化け物は気付いていない様子だった。
見ると、潰れて車体が地面すれすれになった車の下から腕が伸びていて、右手で僕の足首を掴んでいた。
化け物の様子を慎重に確認してから向き合いしゃがむと、左手に握ったスマホを僕のギプスにトントンと叩き付けた。
早く救急車、呼ばないと。
僕が自身のスマホを取り出そうとすると、その左手はスマホを更に僕のギプスに叩き付けた。
痛い!
すると今度は車の車体に、血に濡れた指を押し当て、動かし始めた。
「十1 Σ < _キ」
わけのわからない……文字を書き始めた。
ふざけて書き殴られたでたらめな落書きではなく、横書きの文字であることはその筆致から確かだと思った。
僕は車体に反射した自身の顰めっ面を見て、自己嫌悪し、より一層眉間の皺を濃くした。
しかしそのおかげで、気が付いた。
ん?……あっ、鏡文字か。
けてっも、もってけか。
すると腕だけの筆者は、僕の心の声にそうだと言うかのように文尾をトントンと叩くと、スマホを僕に向けた。
「……わかりました」
僕はそう小声で伝える。
そして石板みたいなスマホカバーのついたその人のスマホをつい受け取っていた。
画面に触れるが何も反応しない。電源ボタンを押すが反応しない。長押しも無駄。……充電切れか。
「お母さーんどこー」
子供の声がした。
なんで喋ってんだよでかい声で!と思った。
でも、ああ、お母さんとはぐれて不安だったんだな、と思った。
……母さん。
化け物は声に気付き、子供のいる方へ向かって走って行く。
僕はすぐさまポケットから自身のスマホを取り出して、受け取ったスマホを代わりにしまった。
隣の車体の上に這い上がると、松葉杖で車体をガンガンと叩き付けながら急いでスマホの連絡先を確認、笛野宮フィブラに電話をかけた。
「こっちだ化け物!!」
喉が痛いくらい大声で叫んだ。
巨体は立ち止まり、バスケットボールほどある一つ目がぎろりとこちらを向いた。
そいつは僕の方に向かって走り出すが、電話は未だに呼び出し音を鳴らしていた。
なんでっ、出ないんだよ!!
僕は苛立ち焦りながら、松葉杖を車体に叩き付け続けていた。
その時ぷつっと音が鳴った。
「永時くん!」
「繋がった!」
「今から例のUSBを投げる!今すぐ松葉杖を前に投げつけて右手を真横に突き出して!」
僕は言われるがままに松葉杖を化け物に投げつける。化け物は驚き立ち止まり、咄嗟に眼を守るように防御姿勢をとった。
僕はそのまま右手を真横に突き出すと、手に確かな感触。握りしめる。
「よし、来た!」
「それをさっきみたいにスマホに挿し」
そこまで聞いたところで、前面に強い衝撃。
直後背中にも、何かが強くぶつかった。
何が起こったかはなんとなくわかった。
ばかでかい木槌で殴りつけられたのだろう。そして背中が壁に激突した。
顔が、腕が、足が、身体全体が焼けるように痛い。
頭から血が垂れてくるのがわかる。
ああ、全身複雑骨折してんだろうな……。
尋常でない痛みを堪えながら、どうにか目線を前にやる。
大きな彫像みたいな化け物がだんだん近づいてくるのが、ぼやけた視覚と聴覚でも辛うじてわかる。
「クソッ……スマホ、落としちゃった……でも」
僕は右手に例のUSBを握っていた。
「これだけは、死守……した」
……だからって、なんだっていうんだ。
もう、だめかな。
「………………いや」
スマホ……あるじゃないか。
僕はほとんど感覚がない手で、ポケットからスマホを取り出した。
車の下で潰れていた人から受け取った、動かないスマホ。
僕は口角を上げた。
痙攣する両手を近づけ、スマホの充電口に端子を差し込む。
「……………」
何も、起こらなかった。
「…………………………」
そりゃ、そうだよな。
これが現実。
僕なんかには、やっぱり何もできなかったんだ。
そう思った時だった。
白い何者かが、化け物と僕の間に立った。
化け物の方も白いのに、視界はとっくにぼやけてきてあやふやなのに、僕には認識できてしまった。
なんで。
なんでなんだ。
気づかなければよかった。
笛野宮フィブラは、僕に背を向けて、守るように両手を広げた。
その姿は、僕に芽衣のことを思い出させた。
僕は……嫌だ。
あなたみたいな人に、また僕のことなんかを守って死なせるのなんて……嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!!!!!!!!!
「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
僕は叫んでいた。ぐちゃぐちゃの骨、ボロボロの身体を、意思だけで動かしていた。平常時ならきっと、こんなはことできない。死の間際だからこそできるに過ぎない、半狂乱の、火事場の馬鹿力。
巨体は腕を振り上げている。
彼女の顔面に向かって下されんとする大木槌。
目を引ん剝いて立ち上がった僕は笛野宮フィブラの前に立つと、木槌に向かって血管が煮え滾り引きちぎれるほどの怒りを込めた拳を繰り出した。
人間の……いや僕なんかの拳、あんな化け物に勝てるわけがない。でも、そんなことはどうでもよかった。僕はただ嫌がった。苦しんだ。
ただ、怒った。
木槌と激突する瞬間。激しく眩い閃光が走った。
辺りが光に包まれて、そして、視界が戻った。
木槌は、僕の体を叩き潰してはいなかった。
木槌を抑えていたのは、禍々しくも光り輝く、鮮血のように真っ赤な刃の、”鎌”だった。
その鎌は、必死の力を込めた僕の手に握られていた。
「ぐううううううう、あああッ!!!」
僕は自分自身聞いたことがないような、獣じみた叫び声を上げながら、木槌を押し返した。
その勢いで、一つ目の巨大な化け物は後ろに倒れこんだ。
「な……なんだこれ」
僕は困惑した。別に、質問したわけじゃなかった。
でも鎌は答えるかのように、ぷしゅーっと煙を噴き出し、今度は赤紫色に光出した。
「フェノウェポンだよ。」
笛野宮フィブラは答えた。
「人間のような生物は、脳から微弱な電気信号を発することで、神経を通じて肉体を動かしている。そんな電気信号を体内ではなく体外へ出力できたら?と私は考えた。」
一つ目の化け物は片膝を立て、今にも起きあがろうとしていた。
「スマートフォンのような実在デバイスを媒体とした、形而上の脳神経・フェノメナルニューロンを体外に形成、意識を基に実体を生み出す技術、及び体外に出力された電気信号とそれに付随して空気中に放出される粒子・フェノメナルフィブラによって形成する特殊兵器。」
巨大な木槌を振り上げ、僕に向かって走りながら殴り掛かってくる。
「意思で生まれ、」
僕は鎌を構え、木槌に向かって下から上に強い意志を持って振り上げる。
「意思で殺す武器、」
斜めに切断された木槌は、ずり落ち地面に落下。
「それが
僕は振り返りながら、すれ違い背後にきた化け物の胴体を、力を込めて切り裂いた。
「君の振るうその武器の名は、PHENO-WEPON01
白い動脈血が、乳酸菌ソーダみたいに噴き出した。
化け物は崩れ落ちかけた上半身を自身の腕で支えると、下半身と接合した。
それはまるで、作りかけの粘土細工のようだった。
「僕はお前がどうして暴れるのか知らないし、わからない。もしかしたら不当な理由で住処を追われたり、飢えないために食べ物を求めてやってきたのかもしれない。」
叫ぶ化け物。迫る粘土質の両腕。僕は、切り返し断った。
「……だとしても!」
鎌を大きく振り上げると、持ち手は伸び、刃はより禍々しく巨大に変貌していた。
「お前が人を殺すなら、」
化け物は突進してくる。
「お前が街を壊すなら、」
横に振り抜き、両脚を切り落とした。
「僕はお前らを、殺す!」
僕は
真白な化け物の粘土質の血肉は、真っ二つに切り裂かれ、あたりに飛び散った。
「……はあっ、はあっ……はあっ…………」
僕は肩で息を切らしながら数秒間そのままだったが、相手が動かないことを確認すると、後退った。
何も聞こえない。化け物の雄たけびも、泣き叫ぶ子供の声も。
「永時くん!」
今までに何回も聞いたことのあるような声。
おそるおそる振り向くと、そこには笛野宮フィブラがいた。
彼女は僕に向かって、親指を立てた。
僕はつい、親指を立て返していた。
ああ、そうか。今度は、守れた……。
そう思ってなんだかほっとした途端、力が抜けて、そのまま前に倒れ込んだ。
地面が見えて、ぶつかる前に意識を失った。
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