#6 焼けるような夕暮れ
「おっそ……」
夕暮れの教室で、僕はついそんな独り言を漏らした。
夕暮れというと橙色を連想しそうなものだけれど、外は明度の低い青色だった。すぐにでも雨が降りそうな曇り空。
ノイキャンイヤホンをつけながら机に項垂れ、スマホの画面をスクロールする。
なんとなく、あれからもう何か月も更新していなかったクソラノベレビューのチャンネルを見る。最新の動画に、同じようなコメントがいくつも付いていた。
〇消された?w
〇あた岡「ぼくちんちんの作品に誹謗中傷したッ!ゆるさないもんねッムキーッ!削除削除削除!!!」
〇ここもとうとう終わりか。本当に業界の闇だな。否定意見を受け入れられないきもきもいしぇかい系(笑)作家なんか4ん4まえ4
〇更新まだですか?待っています。薄汚い出版社なんかに負けないでください。
「……んー」
僕はコメントを打つ欄をタップした。……が、何も打たずに指を離して、そのまま机に仰向けになった。
「はあ~~~………どうしようもこうしようもなあ」
時計を見ると、時刻はもはや18時を指していた。
「様子……見に行ってみよう……かな!」
なんか変なテンションになってしまって、わざとらしく大きな独り言を言った。
まあ教室には僕ひとりなんだし、少しくらいはめを外したことを言ってもいいだろう。だって文字通り、独り言なんだから。
どの道、そろそろ終わった頃だろう。僕は図書委員である芽衣のいるであろう図書室に向かうため、身体を起こした。
席を整え、換気のために開け放っていた窓を締め、荷物を持って扉を開け、教室を出て、扉を締め、鍵を締め、そして廊下を歩き出した。
三歩程歩くと、みしみしと建物が軋む音が聞こえた。
「もう老朽……」
その時背後から爆音が聴こえた。
慌てて振り返ると、廊下が窓から何か巨大なものに貫かれて崩れていた。煙が舞っていた。
その巨大な何かは、生々しい質感の真っ黒な鱗の塊のようで、直感的に生き物みたいだと思った。でも具体的に何の生き物なのかは、一瞬では判断がつかなかった。
僕はそのまま、一目散に走って逃げた。
何だあれ!?これ、夢!?
階段を降りようとしたその時、今度は目の前の踊り場の壁が、黒い塊に粉々にされた。
幸い階段自体は崩れていないので、僕は仕方なく階段を駆け上がった。
僕は背中に寒気を感じた。死ぬ気がした。だって、階段を上り切った先は屋上だから。
普通の学校は大体、アニメのように屋上が解放されていたりしない。”普通の学校は大体”ってのは僕の勝手な偏見だけど、少なくとも、うちの学校の屋上は普段から鍵がかかっている。
でもほかに逃げ道はなかった。とにかく必死で上り切り、屋上についた。
そしたら屋上の扉は既に壊れ外れかけていて、押したら簡単に向こうへ倒れた。僕は口角を上げた。ほっとしたのか、おそろしかったのか、自分でもわからなかった。
だけど周囲を見渡したら、それは紛れもなく後者に変わった。
僕はすぐさまイヤホンを耳から外した。
そうして聞こえてきたのは、聴いたことのない騒音だった。
「なんだ……これ…」
変なものが、遠くの空を飛んでいた。それも、たくさん。
戦闘機にしては、いびつだった。
大きな何かが建物を壊していた。
動物園から逃げ出したトラやライオンと見なすには、巨大すぎた。
街に、家に、ビルに、煙が上がっていた。燃えていた。
「なんだこれ……なん、何?は?あ、芽衣がっ」
芽衣は、大丈夫だろうか。
そう思った時、背後からうぎゃああああああという雄叫びが聴こえてきた。
つい振り向くと、屋上の小屋の上に人影があった。
人影はそのまま僕の方に飛び降りてきたので、驚いた僕は咄嗟に横に小走った。
それは地面に着地した。
「は?」
震え声が出た。
棍棒を持った、ところどこにボディペイントのある緑色の肌の子供。目は窪んでいて、耳は尖っている。
また「ぎゃああああああ」と叫びながらこちらに突進してきたのでつい避けると、屋上の柵にぶつかった。
「ううー、ああッ、ああッ!」
子供は地団駄を踏むと、棍棒を柵に叩き付けた。
何度も叩き付けると、柵はみるみる歪んだ。
どう見ても木製の棍棒で、鉄でできた柵が歪まされて……なんだこれ。
実際には木製じゃないのかもしれない。あるいはいくつかある、鉄より硬い種類の木なのかもしれないけど……
「なんだよこれぇ、夢だよな……!?」
改めて周りをよく見ると、柵はところどころ既に歪まされ、ほとんど壊されている箇所もあった。
僕は閃くと、すぐさまその、壊れた柵まで向かった。
するとやつは気がついて、また僕に突進してきた。
そいつが足をばたつかせて、一歩一歩こちらに近づいてくるごとに、僕の心臓はどくんどくんと動悸した。
そいつが僕の少し前で飛び上がり、棍棒を振りかぶったと同時に、僕は素早く横にずれた。
やつはその勢いのまま、地面に落下した。
壊れた柵の端っこに手をかけおそるおそる下を覗くと、緑色の飛沫がコンクリートの道に飛び散っていた。
僕は後ずさりして、尻餅をついた。
そして慌てて周りを見るが、同じような人影は少なくともこの屋上にはいなかった。
「………………」
ひとまずは安全が確保できたので、何度も深呼吸をして、落ち着いて、頬を引っ張った。
痛いのか痛くないのかわからなかった。アドレナリンのせいだ。まあたとえ痛かったとしても夢の中でないと言い切れるわけではないとはわかっているが。
「いや……芽衣、芽衣を探さないと。そのために下の階に戻らないと。」
そう、自分で言っていて、僕の頭には冷ややかな予感がよぎっていた。
委員会の会議がやけに遅かったのはもしかしたら………芽衣は、もう…………
僕は涙が出そうになるのを堪えるために、ぎゅっと力を入れて目を瞑った。
「永時くん危ない!!」
「芽衣!?」
僕は目を開けて振り返った。
それからは一瞬だった。
芽衣は、確かに目の前にいた。
だけど僕らの全身には、既に大きな影がかかっていた。僕の真上に黒い……大きな顎が迫っていた。トカゲ?ワニ?いや、こんなに大きなわけがない。ドラゴン、そう言うしかなかった。
僕は立ち上がった。逃げないと。だけど明らかに間に合わなさそうだった。
次の瞬間、僕は芽衣に思いっきり突き飛ばされた。
壊れた柵の隙間から、突き落とされた。
仰向けに落下する最中に、芽衣の躰が真っ黒な大顎に飲み込まれるのが見えた。
頭に強い衝撃が走った。
「芽衣!!」
僕はがばっと起き上がり、途端に強い吐気に襲われた。
「グェホゲホッ!うエえぇっずっ!オエエエ」
嘔吐。吐瀉物の吐き出された先は青い……病衣。
強烈な吐き気。頭もガンガン痛い。思考が混乱する。
途端に口を抑える。
酸味。
喉が焼けるような味と臭い。
吐瀉物で汚れた手を見る。
前を見る。
「ゲホッこ…ッウェおこは病し……ンゥーウ病室、か ……ンうゥんぐオェ」
ここは……病室か。
喉が尋常でない痛さで、まともに喋ることができない。
「高垣さんどうされましたー?」
「隣りの兄ちゃんが起きて吐いてるから、はい、お願いね」
声の方を見ると、病衣を着た老人がナースコールで喋っていた。
「ただいま伺いますねー」
ブチッ!とナースコールが切れる音がした。
老人の患者はテレビを見ていた。
ー・ー・ー
『あれから一週間経ちましたが、依然として原因は掴めていない様子です。状況を再度まとめます。東京都市部を中心に謎の未確認生物が突如として大量に出現し、甚大な被害を与えました。建物はほとんど倒壊しており、現在の情報ですと身元が確認出来ている方で死者数220万人を超えているとのことです。自衛隊による行方不明者の捜索も続いておりますが、生存者は一人としておらずただ死者数が増えるばかりです。私も、なんとコメントしたらいいか……』(女性リポーターが不安げに状況を伝えた。)
『ありがとうございます大丈夫ですよリポーター、一度こちらに画面移してもらって……はい。えー、依然として情報が錯綜しています。自衛隊が救助に入ってから、謎の未確認生物が事件当日と比べてめっきり姿を消したという情報も入っている中で、フェイク映像やデマなんじゃないかという意見もネットではかなり噴出しています。事件、事故……なのか、災害なのか、断定できない状況ではありますが、この件について現状お二人はどうお考えでしょうか。』(男性アナウンサーがその場にいる二人に訊いた。一人は頭頂部のはげた白髪の、専門家然とした老年男性コメンテーター。もう一人は真面目な格好こそしているものの、あまり賢いイメージのなかったモデル上がりの若い女性タレントだった。)
『いやでも監視カメラに映ってるとか、救助に入った自衛隊の隊員が目撃してるとかもありますからねえ。でもまあ普通じゃ考えられないよね。ドラゴンとかゴブリンとかってのは。』(老年男性コメンテーターは半笑いで言った。)
『私はそれは、あくまで空想上の生き物に似ているからなんとなく信じられないなと思ってしまうだけで、現実の生き物の、今まで見つかってなかった別の種類ってことなんじゃないですか?って思います。』(若年女性タレントは拙い口調だが淡々とした声色で言った。)
『なんですか。じゃああーたは、信じるっていうんですかあんな映像を。あんなのインターネットで作られたフェイク映像ですよ。これだから最近の若い、それも女なんか、ただでさえ頭が悪い生き物なんだから。』(老年男性コメンテーターは少し怒りながら言った。)
『ちょっと、今のはよくなかったんじゃないですか。炎上しますよ。』(若年女性タレントは怒気を込めるわけでもなくさっきと変わらぬ声色で言った。)
『炎上?なんですかそれははっはっは、勝手にすればいいよ。』(老年男性コメンテーターは開き直った感じで言った。)
『そもそも正確にはネットのフェイク映像ではなく、公的機関が接収した監視カメラ映像についての話をしているんです。もちろんネットの情報に関しては、デマに踊らされないように十分に精査すべきっていうのは私も同意見です。ですから勝手に話をすり替えないでください。』(若年女性タレントはきゅるきゅるした声質はともかく真面目な内容を話した。)
『じゃあ、それがフェイクだよ!』(老年男性コメンテーターは机をバンと叩くと立ち上がって言った。)
『じゃあ、とは?』(食い入るように男性アナウンサーが訊いた。)
『じゃあというのは……自衛隊の隊員も公的機関も嘘なんだよっていう話をしてるんだ。いいか覚えておけよ世間知らずの小娘!もみ消しも虚偽の発表も当たり前なんだよ!そういう歴史なんだ!おい!なんだ離せ!儂は教授だぞ!お前らみたいな地位も知恵もない間抜けとは格が違うんだ!娘を返せ!東京にいたんだ!大学生だったんだぞ!』(途中で画面が”しばらくお待ちください”と書かれたものに変わりBGMが流れたが、声はそのままだった。)
『……視聴していただいている皆様、お見苦しいものをお見せしてしまい大変申し訳ございません。不安な状況ですが、皆様は、我々は、どうか落ち着いて乗り切っていきましょう。えー、気を取り直しまして、ただいま情報が入りました。先ほど身元が判明している死者数は220万人超とお伝えしましたが、現時点で正確には225万3388人とのことです。繰り返します。身元が判明している死者数は現時刻で225万3388人です。身元の照合は役所、インターネット上の専用窓口、以下の電話番号から受け付けとなっております。いずれも混み合っていることが予想されますが、どうか落ち着いてのご対応をお願いいたします。』(男性アナウンサーが神妙な面持ちで言った。)
ー・ー・ー
「……芽衣」
焼けるように痛い喉から、かすれた声が出た。
瞳が嫌に熱い。
涙。
僕は手でそれを拭おうとする。
「おうおいおいおいおいちょっと待てお兄ちゃん、そんな手で拭いたら目んたまにバイキン入るやろ。もう少しで看護師さん来るからそれまでの辛抱や。な?……そんなこと言うてたらほら来た。」
「ああああ大丈夫ですかあはい袋どうぞ今拭きますねー」
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