5-4

「なんかつい気にしちゃうときっていつもどうしてる?」

「仕事で?」

「も、あるけど、もっとこう、全般的に。我ながら気にしいだなあ、と思うような、そういうの」

「うーん。俺なんか、酒飲んで友達と雑談してると解消するんだけど」

「それで問題解決?」

「いや、気を紛らわせてるだけだよ。でも、自分なりにそうしてるとだんだん目盛りが上がるというかそれとも下がるというのか……要するに耐性がつくようになるかな」

「おれも酒飲みてえ」

「だから高校生は大変なんだよな。早く大人になりな」

「じゃ、もっとなんか、解決方法っぽいのはないの? 実践的っていうか」

「うーん、そうだな……足りないぐらいがちょうどいい、ってことも世の中にはあるというか」

「?」

「六十パーセントぐらいの気持ちで挑むわけだよ。完璧にやろうとしない。というより、完璧にやれるほどお前はできるのか、って考えてみな。そしたら、そんなに考え込まなくて済むようになるから」

「なるほど……ただちょっと難しいかも」

「やってみな。ていうかお前の場合、例えば学校に気になる人がいるってだけで、他のことも気にはなっても毎日やっていけるだろ」

「そちらは恋は?」

「恋はご無沙汰だね。あるいは、いまそういうのいらないってことなんだろうけど––––」


「真ん中バースデー?」

 昼休み。今日は教室で食事を取っている。別に昨日の反省を活かしているわけではないのだが、それにしてもなかなか大変だったので、昨日の今日ということもあり安全に進もうとした結果だった。

「うん、そう」購買部のパンを齧りながら光は言った。「来週、君尋さんとおれの真ん中バースデーだから、だから土曜日にプレゼント買いに行こうと思って。よかったら二人も行かない?」

「うん、行こう」と、千歳は即答した。「君もいいよね」

「予備校が」

「萬屋くん」

「行きます」

「よし」

 と、そこで翼が、え〜、と声を上げた。

「あたしは? あたしらはどうなるの?」

「なかなか予定が揃わないね。皆さま土曜日それぞれ用事があるんでしょ」

 光の質問に、翼は唸った。

「う〜ん。それはそうなんだけどね〜。でも光くんの同居人のことがあたしとしては気になる」BL愛好家として、ゲイ男性の二人暮らし、というシチュエーションになかなかときめきを感じているようだった。「日曜日は?」

「日曜日はおれがダメなんだよ」

「あーあ、残念。またこのメンバーでお出かけできると思ったのに」

 気づいたらこの七人のメンバーは週末たびたびどこかに出かけている仲になっていた。もっとも七人全員、ということはいまのところなかったが、いまではもうみんな自分たちのことを友人だと捉えている。

 諦めた翼は、ふう、とため息を吐く。

「じゃま、お三方行ってくるといいよ」

「そうね」と、千歳。「また今度どっか行こうねー」

「それでどこ行くんだ。津山さんはなにが好きなんだ」結局予備校を諦めるしかなさそうだったので和洋は意を決した。「リサーチ済みなんだろう」

「腕時計以外はなんでもいいみたいなんだけど」

 千歳は訝しんだ。

「腕時計以外? 腕時計しないの君尋さん?」

「お父さんから昔もらった誕生日プレゼントをずっとつけてて。もう日々故障してるからほとんど腕輪なんだけど、どうしても他のはしたくないんだって」

「大切なものなんだね」

「どうなんだろ。あんまり好きじゃないみたいだけど」

 よくわからないが、こんなことは君尋に直接聞かなければわからないことだった。千歳は深追いせず、意気揚々と言った。

「よし、じゃあ、土曜日ね!」

「おうっ」


 そして土曜日がやってきた。駅前で集合した三人はてくてく街を歩いている。週末の街は人が祭りがあるかのように集まっている。

「うーんいいね小説は。一瞬で場面転換ができる」

「でも物語的にはもう三日も経ってるんだよ。それを思うとなんだかもったいない気持ち」

「もちろんこの三日間もいろいろなことがあったわけだけど、この第五話を描くに当たってそこまで重要なエピソードじゃなかったわけですよ」

「まあ、そうね。つまりその辺のことは読者が好きなように空想してくださーいってことよね」

「そうそう。もうおれたちのキャラ設定とかはもう把握してもらえてると思うから、二次創作とかあったらぜひ読んでみたいね」

「そこまで愛されたいね〜」

「あのさ、そんなことよりなにを買いに来たんだ」もやもやした感情をもやもやしたままに和洋は二人に問いかけた。「自分の仕事に集中しろ」

「うーん。おれとしてはいつも悩んでるんだよね。消え物にしたり実用的なものにしたりとかいろいろ考えてはいるんだけど」

 光の回答に千歳が突っ込む。

「消え物って、お酒とか?」

「いや、お酒は二十歳未満は買えない世の中なので、だからつまみ関係、だったり、コーヒーだったりお菓子だったり」

「ふんふん。実用的なものっていうと?」

「財布とか〜スマホケースとか〜」

 ふんふんとうなずく千歳は、ふと思いついたように言った。

「君尋さんの趣味は? 趣味とかある?」

「趣味、ねえ……。ハイボールが趣味みたいな人だからなあ」

「うまく誤魔化して買えないかしら」

「それをするとあらすじ欄に注意事項書かなきゃいけないでしょ。そりゃま書くだけですけど」

「だって別にあたしたちが飲むわけじゃないでしょ」

「どこで引っ掛かるかわかんないでしょ」

「あのさ二人とも! だから自分の仕事に集中しようよ!」

 そんなこんなで三人は街中のいろいろな店を回った。なにがいいか、どんなものがいいか、それを三人はそれぞれに迷った。途中、昼食にハンバーガーを食べ、雑談をし、気がついたらカラオケに行く流れになり、当然和洋は渋ったが二人のテンションに逆らえるはずもなく今日も和洋は空気も読まず洋楽を歌った。三時間ほどカラオケボックスにおり、店を出たころは午後四時になっていた。だがまだまだ高校生にとってはゴールデンタイムである。再び街を散策し、店を回り、しかしそれでもどうしてもいいものが見つからなかった。

「あーん、なんにしようかなあ……」と、光はスマホを見た。「バイトの時間がやってきてしまう」

「ていうかお前ら二人ともマジでプレゼント買いに来たの? 俺には遊びに来たとしか思えない」呆れたように和洋は言った。「もう五時だろ。北原のバイトは六時からだろ。今日はもう無理なんじゃないのか」

「え〜。そんなこと言わないで」

 和洋は腕時計を見た。

「あと三十分ぐらいで決めなきゃまずいんじゃないのか。遅刻するわけにはいかないだろ」

「むう〜……時は金なり……」

「結局マックに一時間でカラオケに三時間だろ。時間の無駄遣いはマジもったいない」

「時間が足りない……どうすればいいんだ……」

「時間か……」

 千歳は、光と和洋が時間の話をしていることで、ふとあるプレゼントを考えついた。

 そして言ってみた。

「時計は?」

「時計はダメ」

 即答する光に、ふふ、と千歳は笑う。

「ダメな時計は腕時計でしょ?」

「ん?」


 ––––やがて、三人は時計ショップに入った。

「うーん。腕時計は避けなきゃいけなかったから時計屋さんは完全無視してたぜ」

「腕時計じゃなくても時計はいっぱいあるもの」店内のたくさんの時計を見ながら千歳は嬉しそうに言った。「懐中時計とか、ネックレス型とかね」

「ふんふん。いいねそのどっちも」

「でも結構いいお値段するぞ」

「おれ、割とお金持ちだもーん。さて、じゃあどんなのにするか」

 と、店内を見回っていたら、光はやはり懐中時計とネックレス型時計に目を奪われた。

「このどっちかにする〜」

「どっちだ」

「ちょっと待って」

「待てるのかよ。遅刻したらどうするんだ」「小説には独特な時間の流れが……」

「お前結構しつこいな」

「それはともかく悩みたいのだ」

 そして––––しばらく考えたのち、光は決意した。

「こっち!」

「お、ネックレス型?」千歳の瞳はキラキラしている。「それはなぜ?」

「懐中時計だったらスマホ取り出すのとあんまり変わんないかなって。こっちはこっちで捨てがたいんだけどね! でも今回のところはこっちのネックレス型にする!」と、光は店主を呼んだ。「すみませーん」

 そうして、君尋への真ん中バースデーのプレゼントを買う、という今日のミッションを終え、やがて光は仕事へと向かうため二人と別れ、急いで駅へと駆け出していった。

「さて、じゃ、あたしらはどうするか」街をてくてく歩き帰路に着いていた千歳は和洋に問いかける。「ごはんでも食べる?」

 デート? と言いそうになってしまった和洋は自分を止めた。そして、そういう軽さがないから自分は弱いんだな、と思う。

「じゃ、飯にするかー」

「奢ってあげようか」

 千歳の突然の提案に、和洋は怪訝な顔をした。

「なんで?」

「いつも予備校サボらせてるもの」

「いや、事前に連絡入れてるから別にサボってるわけじゃないけど……」

「ま、たまには」

 であるのであれば、奢られないわけにはいかない。

「よし、じゃ、行くか」

 そして二人はどこかいいレストランはないかと街を歩く。そしてしばらく歩いていると、前方からやってきた君尋と二人は遭遇した。

「あれ? 君尋さん」

「あれっ、千歳ちゃんと会長くん」二人を発見した君尋は小走りでやってきた。「デートかい?」

「違います。買い物に来ました」

 そう即座に否定した千歳に、和洋は心の中でがっくりする。

 君尋は問いかけた。

「二人で?」

「はい」と、気を取り直して和洋。「用があったので」

「奇遇だね。俺も買い物に来たんだ」と、君尋は右手に持った紙袋を掲げた。「光と真ん中バースデーなんだ。だからあいつにプレゼントを」

 なるほど、だから今日たまたま遭遇したのか、と、二人は納得した。

「光はいないの?」

「光くん、バイトがあるからってさっき行っちゃいました」

 君尋としては、なぜ光たち三人が街をぶらついていたのか、その理由は自分とまるで同じ理由からではないか、と思ったが、それは言わず、にっこり微笑んだ。

「そうか。あいつも頑張るな」

「いつも一生懸命ですよ」

「一生懸命なのはいいけど、がむしゃらにはなるなって言ってるんだけどね」

「一生懸命とがむしゃらって違うんですか?」

「俺の中ではね。ところで二人はこれから帰るの?」

「あ、ちょっとごはん食べて帰ろうかと」

「そうか」

 と、君尋はなぜか話している千歳ではなく和洋の方を見た。千歳も和洋もその視線を怪訝に思う。が、すぐ君尋は二人に言った。

「俺も行っていいかい?」

「え?」

「よかったら俺、奢ろうか?」

 にこにこしながらそう言う君尋に、千歳は天真爛漫な笑顔でうなずき、千歳とのごはんデートが……とやや落ち込む和洋、という図式だった。

 そして三人は近くのファミレスに、入る。

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