第32話 はゆる、漂意の真実を語る②
「映、待つんだ」
文明の利器を頼りに楓縁館までの道のりを調べていたところ、日向太さんが声をかけてきました。
「なにも、真っ先に楓縁館を目指す必要はない」
「どうしてです?」
「君の目的はあくまで、自分の身体を持った犯人を追い詰めることだろう? つまり、楓縁館よりもまず、身体を目指して歩くべきだ」
そう言われても、少なくとも紅愛ちゃんのスマートフォンアプリでは、目的地として私の身体を設定することはできそうにないのです。そう思って途方に暮れていると、
「マグリットに、なにかいい考えがあるらしい」
日向太さんが少し得意げに言いました。
今のところのびしろくんの担当マネージャーとなっている渡くんは、ぽかんとしつつもキャリーバッグを地面に置いて、おずおずとファスナーを開きました。久しぶりに外の空気を吸ったのびしろくんは満足そうに鳴くと、私たちのほうに向き直って礼儀正しく座りました。
「さっきの紙を貸してくれ」
日向太さんが私に言いました。言いながら紅愛ちゃんのお洋服のポケットを指し示してくれなかったら、さっきの紙というのが新聞紙の破片のことであると、私はいつまでも気づかなかったでしょう。
日向太さんは灰色の紙片を受け取ると、やにわにのびしろくんの鼻先に持っていきました。
「嗅覚が鋭いといえば犬を思い浮かべるだろうが、実は猫だって、人間の数万から数十万倍は鼻が利く。彼らは俺たちよりも遥かに、世界を匂いで捉えている」
のびしろくんは首を伸ばして、日向太さんの手元をすんすんと嗅いでいます。
「この新聞に
やがて、のびしろくんは思い出したようにぷいと振り返ると、私たちに構わずすたすたと歩き出しました。
「あっ、おい! どこ行くんだよ?」
「待って待って! そっち、私の地図だと楓縁館の真逆の方向だよ!?」
渡くんと紅愛ちゃんが、のびしろくんの背中に向けて叫びました。
「だから言っただろう。マグリットは俺や地図なんかよりよっぽど信頼できると」
そんなことを言われた記憶は私にはありませんでしたが、のびしろくんが信頼できるのは確固たる事実です。私たちは彼に従うことにしました。
高架下をくぐり、川を越え、信号をいくつも渡って、私たちはずんずん進みます。私の視界には紅愛ちゃんのスマートフォンの画面がありますが、楓縁館の所在地を示すアイコンがどんどん遠ざかっていきます。
そして、楓縁館との距離に比例して、心臓の鼓動が少しずつ早まっていくのを、私は感じました。この道は、この道の先には――
その時、のびしろくんがぴたりと足を止めました。
はたして、そこは広大な霊園の目の前でした。
渡くんが「ここは……?」と首を傾げ、日向太さんが腕を組み、紅愛ちゃんの地図の画面から楓縁館が完全に姿を消してしまった今、私はたった一人、胸が押し潰されそうな心地でした。
「よりにもよってお墓なんて、なんか不吉だね……。映ちゃんの身体を盗んだ悪い人が、ここに――」
「紅愛ちゃん」
私は思わず、声を上げていました。
「私……ここには、入りたくないです」
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