第12話 はゆるとはるなちゃん②

 私が初めて漂意に成功したのは中学一年の夏、通っていた個別指導塾での出来事だったというのは既にお話しした通りです。


 その当時、同じ塾に通っていた同級生の中で、私のいちばんのお友達だったのが、ほかでもない財前はるなという女の子です。


 よく言えば明朗快活めいろうかいかつ、ちょっと悪く言えばやんちゃな性格だけれど、実は頭脳明晰で中高一貫の進学校に通い、人一倍張りのある声を武器に古今東西老若男女との良好な関係をあまねく築き上げている、なんとも魅力的な子なのです。彼女の溢れんばかりの社交性は人見知りゆえ塾の共用スペースの隅で縮こまって読書をするしかなかった私をも巻き込み、やがてどういうわけか渡くんのことまで巻き込みました。比較的孤独を好む渡くんははるなちゃんとはどうも相容れないようですが、私としては、こうして私が塾を辞めてからも関係を継続してくれているというのは、ありがたいことです。


「その声、はゆりんごじゃん。誘拐されたんじゃないの? どゆこと?」


 迷子になったように困惑するはるなちゃんに、私は経緯を説明しました。説明するたびに自分の状況を客観的に把握して大変心が痛むので、できることなら話したくないのだけれど、仕方のないことです。


 どうせ驚かれて心配されるだけ――私はほとんど自暴自棄になっていました。

 けれど、受漂者じゅひょうしゃの反応は私の想定とは少し異なりました。


「えっ、ちょっと待って! 昨日?」


 話し終えるのも待たずして、はるなちゃんは拍子抜けしたような声を上げたのです。


「昨日って、私、はゆりんごのこと見かけたよ?」


 それを聞いて、今度は私のほうが拍子抜けしてしまいました。


『それは本当ですか?』

「うん。ほら、あのハイテクなおみくじが置いてある神社……」


 はるなちゃんいわく、私にとってはまさに身体が奪われた直後の昨日のお昼過ぎ、廿楽織つづらおり神社の鳥居をくぐって出てくる私を見かけたというのです。追って声をかけようかと思ったけれど見失い、塾の時間も迫っていたため諦めてしまったとのこと。


「一旦整理しよう。じゃあ、私が見たはゆりんごは、実は既に、はゆりんごじゃなかった……ってこと?」

『ええ……。とはいえ、はるなちゃんは奪われて間もない私の身体を見ていることになります』


 不思議なものです。朝は春江はるえおばあちゃん、今ははるなちゃん、こうも続けて目撃情報が得られるだなんて。いくら部屋中を荒らして探しても出てこなかったリモコンが、思いがけないところから発掘された時みたいな気持ちです。


『はるなちゃん。ひとまず私は、廿楽織神社に向かわなければならない気がします』

「お! じゃあ私に乗ってく? って、もう乗ってるか!」


 はるなちゃんは無邪気に笑って、その場で小さく跳ねました。ツインテールが一拍遅れて揺れ、頬を撫でていきました。

 渡くんと紅愛ちゃんにも事情を話すと、


「これが本当の、自分探しの旅ってわけか……。僕は安楽椅子探偵に徹するけど、なにかわかったら伝えるよ」

「映ちゃん、頑張ってね! 私たちも協力できることはなんでもするから!」


 二人はそれぞれ励ましの言葉をかけてくれました。いいお友達を持てて嬉しい限りです。私の目の届かないところで渡くんを紅愛ちゃんと二人きりにしてしまうのだけが少し不安だけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る