第67話 続・水族館
クラゲの展示区域からさらに水族館の奥に進むと、今度は色鮮やかな熱帯魚の水槽が散りばめられていた。
薄暗い館内と、照明によって照らされた水槽は絶妙なコントラストを奏でている。
家族連れの客が多いためか、子供のはしゃぎ声がしきりに聞こえてくる。
それを意に介していないように、熱帯魚たちは悠々自適に泳いでいた。
「この魚、雪葉ちゃんみたい」
「ふふっ、神秘的というわけだね!」
乙羽の指さす方には、一匹の黄色い小魚が忙しなく動いている。
周りには水色の魚が多く、とりわけ目立っていた。
ほかの魚に合わせるのではなく、自分の軌道を描いているその小魚は俺の目にも水無瀬に見えた。
ただ、熱帯魚自身は神秘的とは思うけど、水無瀬にはそれが当てはまらないのは本人には言わないでおこう。
「凪くん」
「どうしたの? 真白」
真白に呼ばれて彼女のほうを振り向く。
そこには緊張していた女の子はもういない。今の真白の目は輝いて見えた。
「魚ってこんなにもたくさんの色があるんですね」
「知らなかった?」
「ううん、知ってた……でも、見るのが初めてで……」
「またいつか水族館に来ようか」
「はい……!」
俺の提案がよほど嬉しかったのか、真白は繋いだ手にさらに力を入れた。
それを同等の力で握り返すと、真白は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「私、気づいたんです」
「うん?」
またしばらく水槽を眺めていると、真白はゆっくり口を開いた。
「凪くんって、今水槽の明かりが消えたらどうなると思いますか?」
「うーん、大変なことになるかな」
「もう……そういうことじゃないんです」
真白の言おうとしていることが分からず、彼女の言葉を待つ。
「目の前の魚たちは、色褪せると思いますか?」
「たとえ見えなくても、そのままなんじゃないかな」
「はい、それが私が凪くんを好きになった理由ですよ?」
はっとした。
この一瞬、真白の言葉の意味が分かった。
たとえ、水槽の照明が消えても、魚の色は消えることはない。
当たり前のことだ。
熱帯魚たちは確かにそこにいて、色鮮やかで美しいままだ。
どんなに暗かろうが、ちゃんとそこに存在する。それは光があってもなくても変わらない。
多分、真白にとってそれは俺にも当てはまるのだろう。
渚紗を失って塞ぎ込んでいた時の俺は、照明の明かりが消えた熱帯魚だった。
きっと、真白以外の人からしたら、何の変哲もないただの魚だったのだろう。
でも、真白だからこそ、俺の色を覚えててくれて、俺を見つけてくれて、俺が鮮やかなままだって信じてくれた。
そして、好きになってくれた。
「たぶん、それは俺が真白を好きになった理由でもあると思うよ」
「うん?」
真白は首を傾げて俺の言葉の続きを待ったが、恥ずかしくて視線を水槽に戻した。
つがいの二匹の
きっと、俺と真白が惹かれあったのは、俺と彼女が似ているからだと思う。
噛み合っていないようで噛み合っている会話も、俺と彼女が似ているから成立しているのだろう。
だからきっと、俺が彼女を好きになった理由も、彼女が俺を好きになった理由も同じだと、ふとどこかでそう思った。
俺が真白に一目惚れしたのも、きっと彼女が俺にとっての熱帯魚だって気づいたのだろう。
無機質で無表情でも、俺は真白になにかを感じ取っていた。
それはきっと、彼女が魅力的で優しい女の子だって直感で気づいたからだと思う。
運命があるのだとすれば、きっとこういう形をしているだろう。
光のない世界でも、ちゃんと見つけてくれる人を運命の人と呼ぶのではないだろうか。
「にしても、綺麗だね」
「あっ、逃げましたね」
お互いを見合って、ふふっと笑ってしまう。
真白が俺を好きになったきっかけも経緯も、俺はいまだに知らない。
でも、今までの彼女の言動を見て、高校の入学式の日よりも前に、彼女は俺を知っていたのだろう。
いつか、彼女の人生をハッピーエンドにした時、答え合わせをするつもりだ。
だから、今は俺にも秘密にさせてほしい。
「あっ! 二人またイチャイチャしてるぅ!」
後ろから水無瀬の声がして、振り向くと彼女は腰に拳を当てていた。
「ちゃんと子供の世話もしてよ、先輩!」
「いつからお前が俺の子供になったんだよ!」
そう返すと、真白は満開のひまわりのような笑顔を浮かべた。
「葉月ちゃんもなんか言っちゃって!」
「そうだね……ほんとにお似合いの二人だと思います」
「わたしは抗議しろって言ってるんだよぉ!」
乙羽は水無瀬と違って素直だった。
「はいはい、次はイルカショーにでも行くか」
「「「えっ?」」」
「あっ……」
気づいたら、水無瀬の頭に手を置いていた。
あまりにも渚紗に似ているから、つい……。
「真白、これは違くて……うん? 真白?」
「これで許してあげます」
慌てて下ろした俺の手を掴んで、真白は自分の頭の上に置いた。
真白の表情は不思議なものだった。
嫉妬も確かにあると思うが、どこか懐かしむようなほっとしたような顔だった。
そんな顔をされたら申し訳なくなり、お詫びも込めて真白の頭を優しく撫でてみた。
すると、真白は長年の夢が叶ったような笑顔を浮かべてまた嬉しそうに笑った。
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