第47話 君の手は俺より小さい
「お風呂借りますね?」
「行ってらっしゃい」
「凪くんはまた私の後ですか? そんなに私の残り湯を堪能したいんですか? 堪能してどうするんですか?」
「まくし立てて人を変態みたいにいうな!!」
「答えになってません!!」
「まあ……飲み干すくらいはするかな」
「凪くんの……変態」
恥ずかしいのなら、最初からからかうなよ……。
思わず自分の手で顔を覆ってしまうほど、真白の顔は赤くなっていた。ご丁寧に、俺を変態と決めつけることも忘れずに。
変態を悪口みたいに言うのは、昆虫に失礼だから、やめてほしい。
「一緒に入りませんか?」
「両親のいる家で俺の性癖を暴露しないで!?」
「あら、お風呂で何をしようとしてるんですか♡」
「何もしようとしてないよ!!」
「ちゃんと体は洗ってくださいね!?」
「極端すぎやしませんか!? 真白さん!!」
えへへ、とはにかんで、俺のシャツを持ったまま、真白は軽い足取りで風呂場に向かう。
最初から泊まるつもりなら、家から寝間着持ってくりゃよかったのに、真白は『パシャマは重い!』と、頑なに俺の言うことを聞いてくれなかった。
結果的にクローゼットからシャツを引っ張り出して、寝間着として渡す羽目になったのだが、なぜ外行き用の着替えは持参してきたのかな!?
真白が俺と目を合わせようとすると、自然と上目遣いになる身長差なだけに、俺のシャツは真白が着るには大きすぎる。
あとは、風呂上がりにシャツとパンツだけで
「上がりました♡」
「見事にフラグに応えるな!!」
「なんのことですか?」
「ズボンも履けってことだよ!!」
「シャツにズボンは変じゃないですか!?」
「今すぐサラリーマン全員に謝ってこい!!」
俺の嫌な予感が的中したというか、俺が立てたフラグを真白が期待通りに回収したというか、今の真白はぶかぶかの俺のシャツだけを身につけて、すらりとした新雪のような白い脚を
見慣れたからといって、決して慣れるものではない。真白という女の子において、このふたつの言葉は決して交わることはないのだ。
幸い、両親は明日仕事が早いから、先に入浴を済ませて、二人の寝室に戻ってる。それは俺と真白への気遣いとも思えた。
俺と真白も明日学校があるのだが、多分、仕事はそれよりもっと大変なのだろう。いずれ俺も真白との家庭を守るために、お父さんと同じように働いているのかな。
そう思うと、胸が熱くなった……。
「凪くん、紅茶飲みたくなってきました」
「キッチンにあるから、勝手に入れていいよ」
「ねえ、一緒に入れよう?」
俺の手を引いて、ソファーから立たせる真白。
改めて見ると、彼女の手はやはり小さかった。
真白の手は俺より小さい。
そんな彼女が、いつも俺にひまわりのような笑顔を向けてくる。それが健気に感じられて、俺の心を圧倒する。
まるで、風が草原を吹き抜けるような、心を優しく撫でられるようなくすぐったさが、真白といるとよく感じてしまう。
敢えて名前を付けると、幸福という言葉が一番ふさわしいのかもしれない……。
「ゆっくり注いでね」
「凪くんこそ、ゆっくり飲んでね?」
「大丈夫、紅茶にがっつくつもりはない」
「私にはがっつくのに?」
「今すぐ現実逃避したくなるような話はやめろ!!」
「逃げちゃだめ……私の現実をハッピーエンドにしてくれるでしょう?」
またもや、真白との身長差を恨めしく思ってしまった。
水気を少し含んだ瞳は輝いて見えて、とても直視できないくらいだ。
いつぞやの俺の言葉は、真白もちゃんと覚えてくれている。
それが分かると、心に温もりが染み渡るような感覚がした。
優しくも温かく、くすぐったくも心地いい。
俺がコップを二つ出して、中にティーパックを入れると、真白はポットでお湯を注いだ。
彼女の家でもよくやっていることだが、やはりこうすると、真白とはもう結婚しているような錯覚に
とすると、ほんとに真白と結婚した時に取っておきたいことも考えておかないとね。
そうでもしないと、新婚生活が色褪せってしまうくらいには、俺は毎日真白にどきどきしていて、幸せの天秤が傾きすぎている。
「凪くんはお風呂入らないんですか? お風呂入らないなら今日は私に触っちゃだめですよ?」
「俺のスケジュールに干渉しておいてその言い草は横暴すぎるだろう!!」
「そんなに私に触りたいんですか♡」
「……別に」
「私魅力のない女の子だと思われたんですか!?」
「照れ隠しだよ!! 察して!!」
「結局隠せていないじゃないですか♡」
「あっ……」
目を細めて、真白は悪魔のようなにんまりとした笑顔を浮かべた。
今日はほんとに一日中真白に振り回されっぱなしだな……。
なのになぜ、こんなに楽しくて心が温まるようなふわふわした気持ちになるんだろう。
真白はいつも不思議で、添い寝を持ちかけてきたと思ったら、不安そうな表情を浮かべたり、からかってきたと思ったら、瞳をふにゃりとさせてひまわりのような笑顔を向けてくる。
最近は悪魔のような笑顔も増えたが、それも本質的にひまわりのような笑顔と変わらず、『あなたを離さない』という意志を感じる。
だから、俺は栗花落真白という女の子を信じることが出来て、彼女に飽きることはなかった。きっと、これからもずっと。
「何考えてるんですか?」
「真白と結婚してからやりたいこと」
「そ、それは……プロポーズですか?」
「まだだよ」
「……凪くんは、いつもいじわるぅ」
いじわるって言われても、今はまだ言えない。
二人並んで立っているキッチンはきっと、外から見たら一つの家に見えるだろう。
そこには幸せそうな笑顔を浮かべている男の子と女の子がいるんだから。
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