こんな世界にありふれた、俺と彼女の話
亜瑠真白
俺の話 第一話
俺はボタンを押した。
「あ……えーと、
そこまで言って俺は一息ついた。佳奈に言葉をかけられるのはこれが最後なんだ。言いたいことは全部、伝えないと。
「佳奈は俺にはもったいないくらいの強くてかっこいい彼女だったよ。初めて会った時だって、そうだよね。小学生の時、俺が公園で近所の中学生に絡まれて泣いてたら、佳奈が来てその中学生を追い払ってくれた。『弱いものいじめするな!』って言ってさ。すごくかっこよかった。でも、中学生がいなくなったら俺のところに飛びついてきて、怖かったって言って泣くんだからびっくりしたよ。そりゃ、俺と同い年なんだから、中学生は怖いよね。それから俺たちは仲良くなって、よく遊ぶようになったね。その時に佳奈の夢を聞いたんだ。佳奈らしくて、かっこいい夢だと思った」
「でも、しばらくすると佳奈の親の転勤が決まって、俺たちは離れ離れになった。最初の頃は手紙を書いたりしてたけど、段々と送るペースが遅くなって、中学に上がる頃には出さなくなってた。佳奈とはもう一生会えないって思っていたんだ。でもさ、大学進学で地元を離れて、たまたま参加した映画研究会の新歓に佳奈がいるんだから、本当にびっくりしたよ。佳奈はすごく綺麗になってた。カメラは興味があったし、佳奈とまた話したいと思って映研に入ったけど、佳奈は演者で俺は裏方。スポットライトを浴びてキラキラと輝く佳奈はあの頃とは別人みたいで、俺は声もかけられなかった」
「そのまま半年以上が過ぎて、忘年会の時、一人ずつ来年の抱負を言うってなってさ。佳奈が『将来の夢はヒーローになることなので、そのために来年も精進します。』って言ったんだ。みんなは呑みすぎたんじゃないかって笑ってたけど、俺は知ってた。小学生の頃に聞いた夢と同じだったから。そもそも俺たちまだ未成年でノンアルだったしね。佳奈は変わっていなかった。そのことが嬉しくて俺はその帰り、佳奈に声をかけたんだ。それからしばらくして俺たちは付き合うようになったね」
「知ってる? 佳奈は『映研の眠り姫』って呼ばれてたんだよ。佳奈は目を引くほどの美人だったし、よく部室で寝てたからね。でもみんなは知らないんだ。本当はおしゃれな洋画よりも特撮が好きなこと。佳奈がいつも寝不足なのは夜中まで特撮を見ているからで、本当はそういう映画を撮りたくて映研に入ったこと。『ばかじゃないの』っていうのが口癖で、ちょっと口が悪いこと。姫なんてか弱い言葉よりも騎士の方が似合う、かっこいい女の子だってこと。そのことを俺だけが知っているんだって、嬉しかった」
「佳奈と一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。ずっと一緒にいたかったし、一緒にいられると思ってた……」
大学3年の冬だった。今でもよく覚えている。俺は家でみかんを食べながら、映画雑誌を眺めていた。そしたら急に地面が揺れた。地震かと思ってテレビをつけると、そこに映っていたのは見たこともないものだった。全長約50m。全身が白い毛皮に覆われ、鋭い爪と鞭のような尾をもつ。それは海から出現し、二足歩行で街を破壊して進んでいる、とテレビのアナウンサーが言っていた。地震かと思ったのは、それが海から上陸した時の衝撃だった。
しばらく暴れるとそれは海に帰っていった。実際上陸していたのはものの数分だったという。しかし、その数分で海沿いの街を5つ壊滅した。人類が誕生してから最大の厄災。それは白熊に似ていることから、「Polar bear nightmare」、その頭文字を取って「PBN」と呼ばれた。
PBNは日本各地の海岸から時折現れ、海沿いの街を破壊するようになった。その時にPBNが複数個体存在することも判明した。
政府はまず、PBNの駆除を試みた。しかし、自衛隊や警察が所持している最新鋭の装置をもってしても、PBNのしっぽの先端を切断することしか出来なかった。PBNの駆除が難しいと判断すると、政府は地下に巨大なシェルターを建設した。PBNの被害を受ける可能性が高い、海から30km圏内に住む人たちはPBNの接近警報が発令されるとシェルターに避難するという生活がしばらく続いた。警報の間隔が2週間おきから1週間おき、3日おきと近づいてくると人々は地上の家を放棄し、シェルターの中だけで暮らすようになった。また、遠い親戚を頼って海の遠い地域へ疎開することも珍しくなかった。
そのころにはライフラインも途切れ始め、電話は繋がらず、水や食料は配給頼り。政府や警察といった組織も力を失った。それに伴って治安は悪化し、人気のなくなった地上では空き家を狙った盗みが横行した。
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