第四章 71  メキア奪還戦



「イヴァ、聖女勇者の様子は?」


 十字架から助け出した少女の容態を見ているイヴァに問いかける。


「うーん、かなり生命力を吸われてたみたいなのさー。あの触手付きのスライムは…えーと…ドレイン・スライムとかいう魔界の生物? だった様な気がするのさー。神格からエネルギーを吸われて衰弱してるみたいなのさー。意識も戻らないのさー」


 鑑定してみたが、衰弱に昏睡状態。そしてやはり名前はジャンヌか…。レベルは125…いや、神格があったとしてもこれは低過ぎるだろ?! これで魔王討伐なんて何年かかるんだ? 先に世界が滅びるだろ!? ユグドラシル・ドロップ世界樹の雫を飲ませようにも意識がないし…、人工呼吸的に口移しで飲ませるとかはアヤのヘイトを荒稼ぎする様なもんだしな。


「じゃあ魔法で回復させるか。このレベルならヒーラ体力・HP大回復で体力は充分だし…。イヴァは魔法は使えないのか?」


「ボクは初級程度しか使えないのさー」


 首を振り振りしてお手上げの様に手を上げる。


「そうか、まあ剣聖だし、あれだけ剣技に特化してたら仕方ないよな。じゃあ俺がやろう」


 仰向けに倒れている彼女に手をかざす。


 カッ!!!


「ヒーラ! キュアルガ状態異常完全回復! そしてこれは念の為だ。キャンセレーション解呪きょく!」


 パアアアアーーーー!!!


 状態異常も体力も完全に回復させた。勇者がゆっくりと目を開ける。透き通る様に綺麗な碧眼だな。


「はっ?! 私は? 確かあの偽物にやられて、うっ…!」


「はいはい、落ち着け。君が聖女勇者のジャンヌでいいんだな?」


 声をかけると、此方と目が合った。


「ああっ!! アリア様! 漸く見つけました!」


 いきなり抱き着かれる。俺の見た目がアリアと似てるから間違えたのかな?


「ちょっと人違いなんで放してもらえるかなあ?」


「いいえ! この神格は間違いなくアストラリア様! どうして何の連絡もくれなかったんですか!?」


 まだ混乱してるなあ…。取り敢えず話ができないので、ぐいっとしがみ付いた腕を引き離す。


「俺はアリアの神格を引き継いだ人間。名前はカーズ、Sランク冒険者だよ。神格者の君なら、特異点と言った方が理解しやすいだろうか? 容姿が似ているのはアリアの神格の影響だ。それに俺は男だしな」


 じぃーーーーっと此方を見ながら、ペタペタと全身を触って確かめてくる。アリアがいじってるとか、へっぽこ呼ばわりしてたし、この子もどこか変な子なのかも知れないな。


「確かに…、目の色も毛先の色も違いますね。髪もアリア様より短いし……声も違う…。でも神衣カムイを纏っていてもわかるくらいの、そのけしからんお胸は何なんですか? どう見ても女性…? ですよね……?」


 はっ、しまった! さっきロリババアをぶっ飛ばした時のまんまだった。あーもう面倒臭いなー! また抜けてたよ。魔力を制御して、男性体へと戻る。


「はい、戻ったよ。アリアの神格のせいで変な体質になっちゃったんだよ。混乱させてごめん」


「ニャハハー、カーズはおっちょこちょいなのさー」


「うるさいぞ猫耳」


「いえ、こちらこそ早とちりをして申し訳ありません。カーズさんですね。私はジャンヌです、もうご存じだったみたいですが…」


 ライトブルーのロングヘアをハーフアップにした髪型。額に金のサークレット。青銀色に輝く神秘的な鎧。腰から下は白い膝丈のスカートに後ろは長いコートの様な作りの装備。膝から足先までも青銀のアーマーブーツ、踵に羽のデザインだ。これは明らかにアリアのお手製だな。


「あの…、こちらの猫獣人の方は?」


「ボクはイヴァリース。元魔神だったらしいのさー。でもカーズが剣の呪いを解いてくれたから、今は良い子なのさー。イヴァって呼んで欲しいのさー」


 薄い胸を張るイヴァ。どこにドヤる要素があった? 自分で良い子とか、痛い子みたいだからやめれ。


「ま、魔神…?!」


「こら、余計なことは言わんでいい。じゃあ俺もジャンヌって呼ばせて貰うよ、一応ある程度のことは知っているが、ここにいた経緯を教えてくれないか? 因みにアリアは向こうで偽物を演じていた堕天神と闘ってる。一応多重神気結界は張っているけど、危ないから近づくなよ」


 剣撃と魔法の爆発音が響き渡る部屋の奥では、アリアがアーシェスと、アヤにルティがミトゥムと闘いを繰り広げている為、出口の方まで距離を取ってある。


「ああっ、アリア様!!!」

 

 立ち上がり、いきなりアリアの下へと駆け出そうとしたジャンヌの腕を掴んで止める。こいつは…人の話を聞かない子だな。


「ニャハハ、人の言うことを聞かない子なのさー」


 言っちゃったよ…。


「危ないから近づくなって言ったろ。そのレベルじゃ衝撃の余波だけで消し炭になるぞ。頼むから話を聞かせてくれって」


「は、はいっ! すみません! すみません! 私なんかが勇者ですみません!!!」


 そこまで言ってないだろ…。自己肯定感が低い子だな。


「気が付いたらいつもいるアリア様の神域から、ここメキアの大聖堂前にいたんです。普通は記憶も真っ新な状態で人の子として生まれるのに、今回は突然神域から転生させられた様な感覚で…。私も何が何だかわからず、この見た目で勇者として祭り上げられて…。この内部に来てみると偽物のアリア様が人々に酷いことをしていたので、立ち向かったんですが…。一瞬で返り討ちに…」


 以前アリアが言っていたこの世界のシステムが設定通りに機能していないな。無理矢理の転生で勇者としての力が覚醒していないのかも知れない。アリアの神域に干渉した奴がいるな…。時間軸的にも実力的にもこんなことができるのは…ファーレ一択だろう。それにこれじゃあ寧ろ転移だ。まあいい、兎に角この子は保護だな。闘えるレベルじゃない。装備の補正値のが高いくらいだ。


「なるほどな…。武器はどうしたんだ? 奪われたのか?」


「いえ、神格の中にあります。神々の神器の様に。ですが…、強引に世界に喚び出されたせいか、具現化は出来ても私の力が低過ぎて…。上手く扱えませんでした。この世のあらゆる魔を祓う私の聖剣、ブライト・オブリージュ闇を照らす高潔なる勇気を振るう為の力が、今の私にはありません…」


 ふむふむ、神域にいるときの状態はこのくらいの能力しかないということか…。新たに生まれて経験を積んでからその力に目覚める。そして使命を果たしてからはまた元の状態にリセットされて神域に戻る…、恐らくそんな感じだろう。


「そうか…、どの道魔王の呪縛を解くにはジャンヌの力は必要になりそうだな。侵食が進んでいたら俺の創造魔法だけじゃ厳しいかも知れない。ここで君もPTに加える。相当のパワーレベリングになるだろうけど、一気に強化させてもらう。イヴァ、彼女を連れて下の階に避難してくれ。みんないるだろうしな。今の状態でここにいるのは危険だし…、正直足手まといになる。俺はこれから三人の援護に回る」


「えー、ボクもあいつらを斬ってやりたいのさー」


「文句言うな。お前も色々と力を失っているんだろ? 神衣を纏える程の神気が放てるならまだしもな…。彼女のことを守ってやってくれ、頼むよ」


「うーん、ならわかったのさー。じゃあ下に行くのさー。ジャンヌ一緒に行くのさー」


 イヴァがジタバタするジャンヌを無理矢理引き摺って、部屋から出て行った。これで被害者全員の避難も奴隷具からの解放も完了したな。後は残りのクソ共を蹴散らすだけだ。俺はいつでも飛び出せるように準備して、三人の闘いを見守ることにした。割って入ってぶっ飛ばしてやりたいが、邪魔すると怒られるからな。







 ギギィイイン!!! ガキィン!!!


「少しはやるようになったじゃないの、アリア。若いなりに研鑽を続けてきたようね」


 鍔迫り合いをしながらアーシェスが口を開く。


「カーズに出会ってから、私は人の成長の速さに心の在り方を学んできました。そして私自身も彼らと共に己自身を磨いてきたのです。且つての私だと思っているなら痛い目に遭いますよ!」


 ガガキキィイ!!


「ちっ、生意気な口を訊くようになったじゃないの?!」


 アリアが繰り出す神速の剣技がアーシェスを圧倒している。召喚ランクによるステータスの上方補正の影響もあるだろうが、あの手数は凄まじいな。確実にアーシェスの魔神衣ディアーボリスにも奴本体にもダメージが入っている。これなら心配は要らなそうだな。先にアヤとルティ組の方を見ておこう。







 カッ!!! ドゴオオオ!!!


 互いの魔法がぶつかり合う。だがそこまでの極大魔法を撃ち合っている訳ではないな…。この部屋の大きさからして余りにも強大な魔法は余波で自分もダメージを受けることになる。圧縮して高威力にした中級ランクの魔法の応酬みたいだな。


 ミトゥム…、こいつは10代後半くらいの少女の見た目だ。肩までの長さのエメラルドグリーンの様な色合いの髪にキツい目つきのオレンジの瞳。体の側面が露出した黒い法衣の様な装備。側面は鎖で繋いである。頭にも小さな黒い神官の帽子、その帽子から背中までを覆うヴェールの様な半透明な布地が付いている。両肩の上部から背後には、金色の巨大な鎧の手の形をしたオブジェが浮かんでいる。あれが魔力ブースターの役割をしているのか…。法衣の前後の裾は足元まであり、高いヒールの付いた黒い蛇が巻き付いたデザインの履物だ。ゲームで言うところの暗黒魔導士って感じだな…。


「もうー、切りがないなあー。精霊魔法・ダイヤモンド・ウォール!!!」


 ビキキッ、ピキィイイイン!


 ルティが霊素エーテルを利用した魔法を唱えると、透明な輝く薄い膜みたいな壁が展開された。


「そんな薄っぺらいもので何ができる! ハッ!!!」


 カッ!! ビシャアアアアン!!!


 ミトゥムが放ったライトニング・サンダーボルトがその壁に反射される!


 バチィッ!!!


 跳ね返った魔法がミトゥムの右手のロッドを弾き飛ばした!


「くっ、馬鹿な?!」


 右腕を押さえるミトゥム、受けた電撃が体にも走ったのだろう。


「ルティ、ありがとう!」


「ええよー。でもこのままやとずっと魔法のぶつけ合いになるで。アヤ、ウチを武器として振るうんや! 一撃で蹴りをつけたらええ!」


「…でも…っ…」


 躊躇しているな。精霊武器を扱う練習をする間もなかったし、アヤはキッチリと身につけてから使うタイプだ。博打の様な一か八かは好まない。まだ扱いが難しいことを理解しているんだろう。だがこのままだとルティが言う通り、延々と魔法合戦が続くだけだ。


「アヤ! ルティの言う通りだ、いざとなったらニルヴァーナを貸す。チャレンジしてみるんだ!」


「虫けらの人間如きが精霊武器を振るえる訳がないだろう。シタの馬鹿は油断が過ぎたせいで愚かにも消されたみたいだが…。私は違う! 裏切者のフルーレティ諸共無に帰るがいい!」


 両手を合わせ魔法の合成を行い始めるミトゥム。あれは…、聖魔融合か?! さすがにあれはマズイ。


「アンタらの仲間になった覚えなんてないでー。勝手にウチを縛り付けよって、よー言うわ! アヤ、早く! 聖魔融合やとダイヤモンド・ウォールも持たん!」


「…うん、わかった。ルティ、手を!」


 ギュッ!


 両手でルティの両手を掴むアヤ。


「魔力を霊力に変換……、これは?! 先程よりも互いの霊力の循環が強く感じ取れる?!」


「一度ウチを手にして武器として振るったんや。アヤとウチの間の霊力の波長が同調シンクロし易くなってるんやろな。これなら大丈夫や、ほないくでー!!!」


「来て、ルティ! 私の手の中に!」


 カッ!!! ゴオオオオゥッ!!! ジャキィイイイン!!!


 透き通るような白銀に輝く刀身、柄に白と黒の鳥の翼のデザインが施されたレイピアが、アヤの手の中に顕現される! これは確かに一度目よりも大きな力を感じるな…。一度の同調で互いの霊力の回路パスの様なものが繋がり易くなったということだろう。 


 チャキッ!


「うん、さっきよりも負荷が少ない…。霊力への変換もスムーズになってる」


「一度同調に成功すれば、それだけウチらの間の霊力の回路は大きくなるんよ! さあ、あのボケナスをぶっ飛ばしてやるんや!」


「うん! いくよ、ルティ!」


「もう遅い! 消滅しろ! 聖魔合体魔法! ディヴァイン・ダークネス・バースト!!!」


 ゴオオオオゥッ!!!


 ミトゥムの前方へかざした両掌から黒と白のマーブル模様の輝きの合体魔法が放たれ、ダイヤモンド・ウォールがその副次効果で突き破られる!


「アストラリア流細剣スキル」


 スパアアーッン!! シュゥゥゥー……


「ブレイク・スペル・アブゾーブ吸収


「なにィッ!!? 聖魔融合を!!?」


 合体魔法を斬り裂き、その魔力までも吸収した。通常なら斬って無効化させるだけだが、今のはアヤのオリジナルだろうな。更に吸収した魔力を霊力に変換して取り込んだ。鑑定で力の循環をずっと視ているが、さすがと言える。まだ二回目だというのに2つの力を使いこなしている…、まさに天才だ。


「おのれ…虫けら如きが私の魔法を消し去るなど…あってたまるか!!! ならば私の最大の極大魔法を撃ってやろう…。来い、ガンナロッド! 今こそ受けろ、天使が放つ真の魔法を!!!」


 ロッドがミトゥムの手に収まり、全身から魔力の渦が立ち昇る! こんな密室の様な場所でそんな魔力量の一撃を撃たれるのはさすがにマズイ! スペル・イーターを展開し、アヤの前に出ようとすると、アヤが俺の方を振り向いた。


「カーズ、大丈夫。見ててね」


 ズルいな…、そんなことを言われたら信じるしかないじゃないか。


「闘ってわかったけど、あなた達天使はあくまで武器。先程から主が押されているせいで神気の供給も弱まっている。どの道神気に神衣を纏った私には勝てないことを思い知らせてあげる」


「黙れ! さあ見るがいい! 大宇宙が砕け散る様を! コズミック・エクスプロージョン大宇宙よ灰燼に帰せ!!!」


「舞え! 私の神気よ! そして目の前の悪を消し去れ! アストラリア流細剣スキル!」


 離れた距離から突き出したレイピアの剣先から、霊力と神気の閃光がレーザー砲の様に放たれる!


 ドゴオオオオオオオーーーー!!!


スターライト・ストライク降り注げ星々の輝き!!!」


 ミトゥムが撃った、恐らく火属性の爆発魔法を飲み込んで、放たれた閃光が駆け抜ける!


「馬鹿なあああっ?!! 私の最大魔法が跡形もなく?! ぐ、う…、ぎゃああああああああああ!!!!」


 パアーーンッ!!!


 レーザーの様な剣閃に飲まれて神鉄の壁との挟み撃ちになったミトゥムは、その壁に自らの影跡を残して消滅した。多少威力は劣るが、レイピアでのアストラリア・エクスキューションみたいな一撃だ。奥義は直接刺突を撃ち込むタイプだったが、今のは遠距離から剣閃を発射する技ということか。細剣系はRPGだと結構不遇な武器だが、アストラリア流のスキルはどの武器でもエゲつないな…。


「ふぅー、ありがとう、ルティ」


 ボンッ!


 ルティが元の人型に戻る。


「やったやん、アヤー! 闘いの極限状態で霊力の扱いに完全に覚醒したんやなー」


 なるほど…、確かに追い込まれると普段できないことが出来たりすることがある。ある意味人類の未知の可能性的な部分だ。あの一瞬にアヤの中でそういう現象が起きたということか…。だがまあ、取り敢えずは無事で良かった。


「アヤ、ルティお疲れ。頑張ったな。後はあの堕天神だけだが、二人共多少消耗しているはずだ。アリアの援護は俺がやる。下の階でみんなと合流して、被害者の手当てとかを頼むよ」


 二人の頭をよしよしと撫でてやると、嬉しそうに目を細める。まるでアヤに妹が出来たみたいだな。


「うん、わかった。気を付けて、アリアさんをよろしくね」


「ほな後でなー」




 二人が去った後、残りは一体。この事態を招いたクソ女神だけだ。アリアの闘いを見届けよう。








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さあ後は堕天神のみ!


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