第二章 27  神格と神気



「ぐっ、つっ……っ!」


 何だ、何を撃たれた?! どうやって俺の腕を飛ばした?? 兎に角回復だ、ヒーラをありったけ注ぎ込む。多少はマシだ、ていうか痛みで痺れてわからねえ。


「ほう、叫び声の一つも上げんとは。見上げたものだ」


 うるせー、くそ痛えよ! でも痛がったらテメーが喜ぶだけだろうがよ。チッ、後手に回ったのは失策だった。ならばこちらから攻める、攻撃こそ最大の防御だ!


「うおおおおおお!!!!!」


 ガイィィィィーーン!!!


「何だ、これは!? 結界?」


 パズズに繰り出した剣撃が奴に当たる前にビリビリとした伸縮する、はっきりとは見えない防御膜のような壁に阻まれる。何だこのATフィールドみたいなのは?


「神の体には内外問わず、常に神気が巡っている。それを崩さなければ本体に傷は付けられんぞ」


 神気? 何だそりゃ? 知ったことかよ!


「うるせー! ならそいつを砕いてやる!」


 剣に魔力を込める! 斬りつけたままのアストラリアソードがその防御壁へグググッと押し込まれていく。破る! もっと力を込めろ!!


「うおああああああああ!!!!」


 ピシッ…、ヒビが入った! だがまだだ、ならこいつを喰らえ!! 剣を持ったまま左手を振り被り、ドラゴングローブの拳を叩きつける!! ありったけの『硬さ』をイメージした土属性を込めた衝撃追加がダイヤモンドのブレスのように放出され、神気とやらの壁をバラバラに破壊した。


「眷属よ、貴様中々に戦闘の筋がいいな。その未熟さで私の神気の壁を砕くとは…。だが、まだ神の闘技というものを理解しておらん、いや知らないと言った方が正しいか?」


 何だか知らないがペラペラと話し始めた。時間を稼ぐには丁度いい。それにこいつを倒せなくとも一矢報いる情報が得られるかもしれない。聞いてやろうじゃないか。それに今の一撃で俺もかなりの力を使ったしな。


「よいか、人族は魔力やその身体能力といったものに依存してスキルや魔法、武技というものを使う。だが主に魔力というものは我ら神々が人類種に与えた概念そのものだ。それらを生み出した我らにとっては致命打とはならん」


 ……そりゃそうだな、自分達が与えたものだ。それじゃ神に対してそこまで効果がないってことだろう。


「じゃあどうしろってんだよ? 人間の俺らじゃどうやっても勝ち目がないって言いたいのかよ」


「ガハハ、普通の人間ならな。だが貴様はアストラリアから神格を授かっているだろう?」


 また意味の分からない言葉が出たな。でも魔人も口にしていたよな? 要はアリアが俺に移した因子のことか?


「アリアが言ってた因子とかいうやつか? それを神格って言ってるのか?」

「そうだ、理解が早いな眷属よ。神から血液を介して譲り受けた因子、それを神格という。神を神たらしめている核ともいえるものだ。それを生前の功績により与えられ、新たな神となる者もいる」

「眷属眷属うるせえよ、俺にはカーズって名前がある」

「そうか、ならその勇気を称えて名で呼んでやろう、カーズよ。お前の体にはアストラリアから授かった神格があるということだ。小さいがそれを譲り受けた者をその神の眷属と呼ぶのだよ」

「なるほど、要するにその神の召使い的な存在ってことか? だが俺はアリアの手下でも何でもない。対等に接してる、姉弟みたいなもんだ」

「ハハハ、それは単にお前たちの関わり方がそうなだけ。神格を授かった時点で広義で眷属というものに違いはない」

「そうかよ、で、その神格があるから何だってんだ? 俺はそんなものの存在感じたこともないぜ。どこにあるってんだよ?」

「そうか、折角だ無能なお前の師に代わり、私がついでに教えてやろう。それを使いこなせれば多少は戦いになるかも知れんぞ?」


 チッ、いちいち癪に障る言い方だ。だが力が増すのなら素直に耳を貸すのも悪くないかも知れないな。このままじゃ、万に一つの勝ち目もないことくらいわかる。


「じゃあ教えてくれよ、その御高説を」

「神格とは心の奥深く記憶の深層心理の奥底で輝いている。身体的な位置としては血液を介して授けられるという点で、心臓と同じだが更にその奥にあると言っていいだろう」


 俺の胸の奥底に神格とやらが? だがそれが分かったからといってどうなる?


「で、それをどうしろってんだよ? 俺には何も感じないぞ? どうそれを使えってんだよ」


 無駄話だったか……、そんなもの全く感じ取れない。


「ふむ、なるほどな……。カーズよ、お前は記憶を封じられているのか。どうやら時が来れば徐々に解放されるように細工されているようだな。しかも地球からの転生者とは…。ほうほう、何やら数奇な運命の下に生まれたようだな。ガハハ、天界もおもしろいことを考え付いたものよ」

「どういうことだ? 確かに俺は不都合な記憶は封じてもらっている。前世では色々あってね、だがたかが一人の人間のそれが何だってんだ? アンタら神にとっては一人の人間なんて取るに足らない存在に過ぎないだろ?」


 何のことかさっぱりだ。


「グフフ、まあいい。ならば神格を感じ取れるようにしてやろう!」


 カッ!!!


 パズズの目が金色に光る!


 パキッ……、パキパキィ……、パキーン、パキンパキィン!!


 何だこの音は? 俺の記憶の封印が外れる音か? 同時に俺の脳裏に前世の記憶がフラッシュバックし始める!


 ヨーロッパ、中世の様な街並み、中心街にある時計塔。そうだ、俺は少年時代をそこで過ごした。親子三人で幸せに暮らしていたんだ。プロクラブの下部組織のチームでプレーしていて、キャプテンをしていて将来を約束されていたんだ。

 でも父さんが通り魔に殺されて、母さんと仕方なく日本に帰国した。チームからは何度も引き止められた。衣食住を保証すると。それに俺のことを預かってくれると言ってくれた隣人の母親。隣人、誰だ……、ずっと「行かないで」と泣いて引き止めてくれた人……。誰だ?! それだけが分からない。いつも一緒にいたはずがするのに……。

 それに俺は母さんを一人にすることが出来なかった。だから日本に帰ったんだ。だがショックで衰弱して後を追うように……。俺は日本の土のピッチに慣れずに大怪我をして、夢も失った。荒んで喧嘩に明け暮れるようになった、そして……、何だ、どうなったんだ?!


「ぐあああああああああああ!!!!!」


 膨大な量の記憶が一気に流れ込む。脳が割れそうだ、心にも目に見えないヒビがビシビシと入るような感覚がする。そうか、こうしたことの積み重ねで俺はおかしくなったのか? いや、それだけじゃない! もっと何か致命的なことがあったはずだ! だがその記憶だけは思い出せない……。


「ハアハア、ハア……、無理矢理人の記憶を抉じ開けやがって、脳や心が壊れたかと思ったぜ」


 恐らく前世の自分なら壊れていただろう。だが精神耐性SSの御陰でどうやら変な後遺症の様なものはないようだ。危なかったぜ。ふらふらとなんとか立ち上がる。


「全てを解放して神格の使い方を教えてやろうと思ったのだがな。どうやらまだ厳重にかけられた封印があるようだな……。アストラリアめ小癪な真似を。まあよかろう……、折角だ、神の闘技は教えておいてやろう」


 こいつ、何千年も閉じ込められてたせいか、お喋りしたいのかよ? なら時間稼ぎだ、付き合ってやろう。


「そうだな、折角の御高説だ。聞かせてくれよ」

「神格というのは神を神たらしめる印。そこからは膨大なエネルギーが生まれるのだ。その神格を燃やせば燃やすほど溢れるエネルギー、それを神気という。その神気を操り、対象の物質を構成する最小単位、原子を構成する陽子ようしを破壊する。それが神の闘技、闘いというものだ」


 なるほど……、それはえげつない。あらゆるものを構成する最小単位レベルで破壊するってのか。滅茶苦茶だ。察するに最初に俺の右手を飛ばした一撃は神気を放ったってことだな。視えないはずだ。存在が感じられないんだしな。


「だがカーズよ、アストラリアの最後の封印のせいで神格の存在を感じられないお前にはそれを使った闘技は不可能だ。そんな封印をしたあ奴を恨むのだな」

「は? 恨まねーよ。そんなもん使えたら俺みたいな奴はすぐ調子に乗るに決まってる。使えなくて結構だよ。それにさっき致命打にはならないとは言っただけで、魔法やスキルが無効って訳じゃないってことだろ。現にアリアの義骸にダメージを与えたのも魔法だったわけだしな。ならそれで充分だよ、じゃあ御高説に感謝してこっからは俺のターンだ!」


 残った左手でアストラリアソードを構える。これは謂わば神風の如き特攻だ、奴の気分一つで俺は死ぬ。俺には神気が視えないんだしな。だけどな、俺は負けるのが大っ嫌いなんだよ。最期まで足掻かせてもらう。


「いくぞ!!! うおおおおお!!!」



 ・


 ・


 ・



「くそっ……!」


 今使える全てのソードスキルと、高威力の魔法、創造魔法に魔法剣、奥の手の聖魔融合。あらゆる攻撃が奴の薄皮一枚に傷をつけられるかどうかという程度だった。パズズが恐らくは手加減して撫でる程度で放ってくる神気を纏った打撃や斬撃、魔法を何度となく被弾したせいで、オリハルコンで出来たバトルドレスも体もボロボロだ。同様にオリハルコン製のアストラリアソードもヒビ割れや亀裂が走り、使い物にならない。

 息はいつから乱れているのかもわからない。額からは汗と血が混ざって流れてくるし、魔眼の使い過ぎで目からは血が止まらない。玉座の間は崩壊状態だ。


 一体どれだけの時間が経った? わからない……、右手は最早感覚すらない。


「ハア、ハア……、まだだ……」


 壊れたソードを置き、女神刀を抜きながら立ち上がる。手も足も出ないってのはこういうことを言うんだろうな。全く、転生したばかりだってのに。何で俺は神なんざと闘ってるんだよ。超常的な力を得て調子に乗ってたのか? 

 いいや、わかってたはずだ……。この世界では地球よりも命の価値が遥かに軽いと。力が無ければ街から出ただけで、魔物に遭っただけで死ぬ。でも魔人だって大したことはなかった。人外の力を手にして、それなりに訓練もして、何とでもなると思っていたんだ。


 覚悟が……軽すぎた……。


 次の瞬間にはあっさり死ぬってことを、自分の身に置き換えて考えられていなかった。どこかまだVRゲームの延長線上の様な感覚でいたんだ。平和な世の中で生きてきた平和ボケは心底染み付いてるっていうことだな。


 一体何度地面を舐めさせられた? 何度壁にめり込むほど吹っ飛ばされた? 奴のツメも牙も、このオリハルコン製の装備を紙切れの様に切り裂く。

 俺が立ち上がるのはただの意地だ。根本的な負けず嫌いな本能とも呼べるものが、勝ち目などなくとも退くことを許さない。本能のみが立ち上がらせる。もう血を流し過ぎて、意識も混濁してきたというのに……。体も魔力不足で女性体へと傾いている……。


「そろそろ気は済んだか、カーズよ。お前の闘志は見事だが、勝ち目のないそれは蛮勇だと理解しているはずであろう? お前ほどの戦士をこのまま甚振るのは気が進まん、最早苦しませるのも哀れだ。次で葬ってやろう。私の眷属として欲しいところだが……、お前が素直に応じる訳もあるまい。それにお前の誇りを傷つけることになるだろう」


 そうか、次でトドメってことか。だが俺には最早何もない。目も霞んできて奴がぼやけて見える。だが時間は稼いだ、アリアはきっと報告出来ただろうさ。無駄じゃなかったはずだ…。


「来い……。せめて最後くらいは、返してやるよ……!」


 女神刀で嵐鏡閃らんきょうせん、要はテンペスト・カウンターの構えを取る。


「最期まで見事な闘志よ。ではさらばだカーズよ! 心置きなく涅槃ねはんへ旅立つがいい!!」

「くっ……」


 ダメだ、神気が感じ取れないんだ。どこに攻撃が来るのか最期まで分からなかったか……。


 ドンッ!!!


「え……?」


 何だ? 横から突き飛ばされたのか? 踏ん張りの利かない体で地面に倒れ込みながら、霞んだ目で見上げる。俺のいた場所に割り込んできたアーヤに突き飛ばされたことがわかった。そしてその彼女の胸を視えない衝撃が貫いたということも。


「良かった……、カーズ、助け、られて……」


 胸を射抜かれたアーヤが静かに倒れる。何でだ? なぜここにいるんだよ! 逃げろって言っただろ!? 何で、何で君が俺を庇ったりするんだよ! 守るって、守るって言ったじゃないか……。


「あ、あああ、あ……、ああ……」


 声にならない言葉が口を吐く。俺のせいだ……。また君を守れなかった……。


あやああああああああ!!!!!!!!」


 パ、キイイイイイィイィンッ……!



 一番最奥の記憶の封印が壊れる音がした……。



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外れた記憶、どうなる!

 続きが気になる方はどうぞ次の物語へ、♥やコメント、お星様を頂けると喜びます。執筆のモチベーションアップにもつながります! 

一話ごとの文字数が多いので、その回一話でがっつり進むように構成しております。

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